第43話 復活とこれから


この場所には数多くの娘の死体がある。

 だが、その全てがユリアナによって精気を吸い取られ、ミイラのようになってしまっていて、魂の器として最適とは言えない。


 しかし、光の加護で守られているソフィの体だけは違う。

 亡くなってからどれくらいの時間が経っているのかは分からないが、まるで今息を引き取ったばかりのような状態の良さなのだ。

このまま眠りから覚めて起き上がったとしてもおかしくない。

 事態が切迫している以上、これを使わない手はないだろう。


「ソフィの体を使わせてもらう」

「それは……ちょっと気が引けちゃうな……」

「どうしてだ?」

「だって、ジルクの……昔の仲間だった人でしょ……?」

「器にする体はできるだけ新鮮なものじゃないといけない」

「新鮮……」

「そうなると、ソフィの体は打って付けだ。それに今のお前には他を探している猶予はないはずだ」

「……」


 リゼルは迷っている様子だった。

 そこで俺は周囲にある娘達の死体に目を向けながら言う。


「それとも他の死体にするか? それも出来ないわけじゃないと思うぞ。ただ、見た目がゾンビみたいになってしまうかもしれないな」

「そ、それだけは絶対に嫌っ!」

「じゃあ?」

「……」


 彼女は静かに頷いた。

 これで条件は整った……が、最後にリゼルに対して断っておかなければならないことがある。


「ただし、肉体を得たとしても彼女の体は毒に冒されていて満足に動かない。なので、これはあくまで緊急的な措置……次の器が見つかるまでの繋ぎだ。それを承知できるなら、やろうと思う」

「分かった」


返答を受けると、揃って棺の側へと近付く。

立てかけられた素朴な木棺の中でソフィは安らかに眠っていた。

そこで俺は意識を集中させる。


「心の準備はいいか? いくぞ」

「うん」


 骸腕を彼女に向けてかざす。

 その手の中には、彼女の拠り所である水晶石が握られていた。

 俺は意識の中で唱える。


 ――全付与シーリングマスターを発動。

リゼルの魂をソフィの肉体へ……。


 途端、リゼルの体が光の粒となって放散し、拠り所に繋がる霊糸も消え去る。

空中に広がった光の粒子は一筋の流れとなって、伏しているソフィの体へと吸い込まれてゆく。

 それで煌めきを放っていたソフィの金髪は、リゼルの赤い髪色が上塗りされたように鮮やかなピンク色へと染まっていった。


 上手く行ったか?


 不安に思っていると、ソフィ――もとい、リゼルは、ゆっくりと瞼を開ける。

そこには、やはりリゼルのものと同じ瑠璃色の瞳が輝いていた。


 表情も穏やかなソフィの雰囲気から、どことなく清らかで引き締まった顔立ちに変化している。


 肉体は同じでも、中に入る魂が違うとこうも表情が違うものか……。


 俺は彼女の肉体を縛り付けていた縄を解いてやると、その体を受け止める体勢になる。

 その矢先、驚くべきことが起こった。


 新しい体を得たリゼルは、当たり前のように自分の足で立ち、感覚を確かめているのか手を動かしたり、自分の体を触ったりしていたのだ。

 そうこうしているうちに実感が湧いてきたのか、感動が表情に在り在りと表れる。


「感じる……感じるよ! 触った感覚がちゃんとある! 坑道の中の湿った匂いも感じる! すごい……すごいよ!」


 彼女は久し振りの生きている感覚を噛み締め、俺にその喜びを伝えてくる。


「それは何よりだが……お前、どうやって立ったんだ?」

「え……?」


 リゼルは言われてみて初めて気付いたのか、ぼんやりと自分の足を見つめていた。


 ソフィはユリアナに盛られた毒の影響で四肢の自由が利かなくなっていたはずだ。

 しかし、目の前の彼女はしっかりと自分の足で立っている。

 なぜ、そんな事が起こったのか?


 考えられる理由は、リゼルの死因となった毒がソフィに盛られたものと同種のものだった可能性だ。

魂に記憶された毒の因子が百年という長い時をかけ、リゼルの中で解析され、耐性となり、果ては解毒作用を働かせた……?

投与された毒が現物として存在する毒ではなく、呪毒に近いものだったら尚更その可能性が高い。


 なんにせよ、これは降って湧いた幸運だった。

 そんなはずはないのだが、そこになんとなくソフィの思いを感じたような気がした。


「問題は無さそうか?」

「うん、平気!」

「そうか……。ただ、その姿はあくまで仮のものだからな。不具合が起きないとも限らない。その点は頭に入れておいてくれ」

「うん……」


 少し沈みかけた彼女に言葉を添える。


「だが、そのスキルに持続時間の制限は無い。俺が付与を取り止めるまではその体でいられるはずだ」

「! やったー! ふふん♪ 生きてるって素晴らしいっ! ふふふんっ♪」


 リゼルは嬉しさのあまり踊り続けていた。

 その姿でそんな事をやられると、妙に変な感覚に陥る。


 ソフィはそんなに無邪気に喜んだりする性格じゃなかったからな……。

 それに当人ではないとはいえ、ユリアナの面影も感じて、なんだか複雑な気分だ。

 この感覚にもいつかは慣れるんだろうか……。


「おい、聞いてるのか?」


 嬉しいのは分かるが、さすがに浮かれすぎてやしないか?

 そう思って声を掛けた時だった。


「ジルクーっ!」

「っ!?」


 突然、彼女が抱きついてきたのだ。


「ちょっ、何を……」

「うふふ……あったかーい。ちゃんとジルクを感じるよ」

「……」


 彼女は尚も体を密着させてくる。


 全身に感じる温もりと柔らかい感触。

 そして鼻先をくすぐる赤髪。

それで俺もリゼルがこの世に存在していることを実感した。


「ありがとね」


 彼女は俺の肩に顎を乗せ、耳元で囁いた。


「俺は……俺が出来ることをやったまでだ……」

「ううん、ここまでしてくれる人なんて……そうはいないよ」

「そうか?」

「もーう、そういう所は素直じゃないんだからっ」


 そこで彼女は身を反らし、俺の顔を見つめてくる。

 額と額が触れるほどの近さだ。


 だが彼女は何も言わず、ただ俺の瞳を覗いてくる。

 それは実際には短い時間だったのだろうが、俺にはやたらと長く感じだ。


沈黙がもどかしい。

 そんな時、彼女が消え入るような声で呼んだ。


「ジルク……」


 そう呟いた彼女の頬は、どことなく火照っているようにも見えた。

 俺はその状況に堪え切れず――、


「ていうか、そろそろ離れたらどうだ?」

「……」


 そこでリゼルの唇が不満そうに尖ったのが分かった。

 そして――、


「もう少し、このままで」

「は?? なんでだよ」

「百数年ぶりの感覚なんだよ? ちょっとは付き合ってくれてもいいじゃない」

「別に俺じゃなくてもいいだろ」

「ジルク以外に知り合いなんていないでしょ」

「じゃ、じゃあ……あとどれくらい?」

「あと一時間くらい」

「はあ!? じょ……冗談だろ?」

「本気」

「えー……」


 俺とリゼルは坑道の暗闇の中で、しばらくの間、抱き合うのだった。



                              〈一章・了〉

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無能な俺は死体を漁る ~仲間に裏切られた死霊使い、英霊から生前のスキルを奪い取り最強へと至る~ 藤谷ある @ryo_hasumura

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