第3話 何度も言うけどクレーマーじゃねぇよ!!

「中井さん、どうも。小池です」


『コイケ?』


 様を付けろ! 様を!!


『どちらのコイケでしょうか?』


 様ぁぁぁぁあああ――――――!!!


 デスクに置いたスマホを勢いよく鷲掴みにして、スピーカーを通常の通話に切り替えた。

 どうやら僕を本気で怒らせたな。


 歯を食いしばり気味でこう切り出した。

「先ほどお電話した小池です。あなたに急に電話を切られた、小池啓介です」


『あああああ!!!! あのコイケですか。コイデじゃなくコイケでしたか。大変おっおも、申し訳ごじゃいましぇん、です』


「なんで勝手に電話切ったんですか? お話の途中でしたよね」


『それは、その……、単なる、コンピューターの操作ミスでし――』

 嘘をつけるような器用な人間ではなさそうなので、本物のポンコツであるという事でオーケー?


「中井さん、下のお名前はなんですか?」


『へ? へ?? いきなり下ネタ? そっ、そちらは対応できません!!』


 ちゃんと喋れるじゃない。下ネタじゃないけど。


「フルネームを訊いています、中井ナニさんとおっしゃいます?」


『あははははーっ、なんだそっち?』


 あははははーじゃねぇだろ! それ以外に何があるんだ? 


『中井奏楽そらでございます』


 そら? 意外にもかわいい名前!


「中井そらさん。本名ですか?」


『はい、もちろんでごじゃいます。奏でるに楽しいと書いてそらでごじゃいます』


「では、中井奏楽さん。あなたのお仕事ぶりを本社に報告しますね」


『ほげっ???』


「言葉遣いはできていない。客からの電話を操作ミスで切っちゃう。コミュニケーションはきちんと取れない。そんなオペレーターはジュレ製薬さんにとって害悪でしかないでしょう。あなたクビになっちゃうかもしれませんね」


『ひぇっ。それだけはご勘弁ねがいたい』

「ダメです」

『お願いします。それだけはそれだけは、やめてください』

「ダメです!!」

『どうして?』

「だからー、害悪だからです」

『どうしても?』

「どうしてもです!!」


『鬼ーーーー!!!!』

「はいはい、いいですよ。鬼でも悪魔でも。僕は 僕の正義で行動します。あなたの存在は会社にとってもユーザー様にとっても有害です」


『ひっ、ひっ、――』


 中井の声が涙声に変わった。


『ひどいよぉーーーーーーーーーーーー。ヒドイ! ひどすぎる。害悪だとぉーーーー!!!??? 有害はないよーーーー、小池ーーーーーーーー!! 大体小池はお客さまじゃないだろーーーーーーーが! ただのクレーマーだろうがーーーーー!!!。しょんな事じだらーーー、みんなに迷惑がかかるんだよーーーー。やめろーーー、やめてぐだじゃーーーーい――』


 クレーマーじゃねぇよ!!!

 想像以上に過剰な反応。

 スマホが振動するほどの叫び声に、僕は思わずスマホを耳から遠ざけた。


 さすがに会社に報告されるのは嫌だったか。そんな事されたらどうなるかという事ぐらいはわかっているようだ。

 大声で泣きわめかれれば他のオペレーターに迷惑がかかると言う事は分からないみたいだが。


「わかったわかった」


『ひっ?』


「保身ではなく、他の社員に迷惑かけたくないという中井さんの気持ちはわかりました」


『ヒック』


「なので、百歩ゆずって会社に報告はしません」


『ホント?』


「はい。ただし条件があります」


『ひぃーーっ!』


「今から電話番号を言います。僕の番号です。仕事終わりで構いませんので、そこにお電話いただけますか?」


『ひっ。ナンパ?』

「ちがーーーう!!! 僕があなたに正しい接客を教えてあげます。何時になっても構いませんので、今から言う番号に非通知でいいので電話をください。それが条件です」

 中井のしゃくりあげる音だけがしばし続き、ぐずんと鼻をすする音がした。


『はいっ。かじごまりまじだ』


「はい。よくできました。では、電話番号を言いますね。メモできますか?」


『はい』


「080-〇×〇〇ー××〇〇」


 僕の正義は誰かをおとしめる事ではない。悪を成敗するのではなく、改善してより良い社会にするために貢献する事なのだ。

 中井だって、きちんと仕事ができるようになった方がいいに決まっている。


 ジュレ製薬はこのハクビーという美容液が、違法広告のばら撒きによって急激に売り上げを伸ばしている。そのせいでコールセンターもパンク状態なのは目に見えている。

 客からの電話がつながらないという最悪の事態を防ぐため、人員を増やしたのだろう。

 教育不足のオペレーターでも使わざるを得ない。社員やオペレーターもある意味被害者だ。

 僕が中井を立派なオペレーターに育ててやる。



 午後7時を過ぎた頃。

 非通知からの着信。すぐに中井だと判断し通話をタッチした。


「小池です」


『もしもし、中井でごじゃいます』


「こんばんは」


『こんばんは』


「ちゃんと約束まもれましたね」


『はい!!』


「まぁ、肩の力抜いて。先ず、今は仕事ではないので、中井でがざいますって無理に言わなくていいから、こういう場合は中井です、でいいですよ」


『はい、ありがとうございます』

「ちゃんと受け答えできるじゃない」


『へ? へい。ありがとうございます』


 ようやく肩の力が抜けたらしい。声に落ち着きを感じた。

 

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