あの時の神輿より。

ときこちゃんぐ

担がれた音楽家と、担がれない神様

 ふらりと立ち寄った屋台で、ちょっと高額なたこ焼きを買いながら、ふと疑問を抱いた。

 この祭りを楽しんでいる人達は、ここに祭られている神様の事を、少しでも知っているのだろうか、と。

 屋台でたこ焼きを売っている親父さんも、友達と走り回っている子供たちも、手をつないで頬を赤らめあっているあのカップルも、誰一人として、この祭りの本当の主役の事を知っている者はいない。いないけど、祭りはいつも通り、何の問題もなく回り続けている。そんな独特の空気が流れている気がした。

 なんだかそれが、心地よい気分だった。

 誰もここの神様を……担ぐ神輿を知らないのに、平和で、幸せそうに、祭りを楽しんでいる。

 神輿なんてものは、担ぐ側も、担がれる側も……結局のところ疲れるだけだ。ならば最初から神輿なんてないほうがいい。なくても幸せなら、それが一番いい。


 俺は音楽家として活動している。

 とはいっても、路上で演奏するとか、ライブハウスで積極的に活動したり……なんてことはしない。俺の主な表現先は、動画投稿サイトだ。

 自作の楽曲をサイトにアップロードして、誰かわからない数人がちょっと聞いてくれて、評価を下してくれる。たまに「素敵な曲ですね」とコメントがついて、小躍りしたりする。そんな活動を、俺は気に入っていた。

 ……だけど、そんな生活は突然、様変わりした。

 俺の投稿した音楽が、たまたま、超有名なインフルエンサーのお眼鏡にかなったらしい。「ウチの動画で、君の音楽を使わせてくれないか?」ある日突然、オファーのメールが一通届いた。驚いたが、それよりも有名な人に求められた事が嬉しくてたまらなかった。

 俺はもちろん、喜んで承諾した。

 有名人は翌日、さっそく俺の曲を使って動画を投稿した。

 するとどうだ。その動画には、とんでもない数の再生数が付いた。動画を評価する声も、滝のように聞こえてきたし、何より「曲がいい」とのコメントが大量についた。その評価の波は、一気に俺の他の曲にも波及していき……気づけば俺は、とんでもない数のファンに担がれる、神輿になっていた。


……だけど、もう正直、疲れてしまっていた。

神輿は、意外と担がれる側も疲弊するのだということを、最近理解するはめになった。顔もわからない、素性もわからないファンの期待に応え続けるのが辛い事なのだと、骨身に染みた。


本当は今日も、家にこもって作業を続けなければならないはずだった。

だけどあまりにも息が詰まって、なんだか吐き気がしてきて、仕方がないからふらりと外へ出た。するとたまたま、近所から祭囃子が聞こえてきたので、ふらりと寄ったのだ。


俺は境内に腰かけた。

さっき買った少し高いたこ焼きは、なんだか味がしない。子供の頃、母さんに買ってもらった祭りのたこ焼きは、もっとおいしかったはずだったのに。


横に食べかけのたこ焼きを置き、明日の事を考える。憂鬱になる。今作業をしていないという罪悪感と、作業から逃げたいという欲求がぶつかり合って、心をめちゃくちゃにかき乱す。

もういっそ、活動をやめてしまったほうが楽だろうか。

そう考えがよぎった時、隣からすっと、白い手が伸びてきた。手は、俺のたこ焼きの方にゆらゆらと動き出すと……無遠慮に、容器の端をつかんだ。

子供のイタズラだろうか? それとも、酔っぱらいの仕業? なんにせよ、突然人のたこ焼きを盗ろうとする、ろくでもない奴であることは、確かだろう。

そう思って振り返る。


 そこに居たのは、ぼさぼさの長い黒髪を後ろでくくった、女性だった。

 赤色のアサガオが描かれた浴衣を着ていて、そこから少しだけ露出している肌はやけに白い。ちょっと大人びて見えるのだが、対して身体の方はやせ細っている。不健康そう、という言葉がしっくりと当てはまった。


「あの……?」


 何て言えばいいのか、困りに困って、ようやく出た言葉がこれだった。

 女性は俺の視線に気づくと、ピタリとその動きを止めた。しかしたこ焼きの容器をつかむ手には、更に力が入ったようで、端が少しへこんでいる。


「俺の……たこ焼き、なんですけど」


 所有権の主張をしてみる。

 女性はその言葉に、はっとした顔をした。……かと思うと、青ざめた顔をして、次は赤らめて、最後にはなんとも言えない、口角を上げた表情になった。信号機のように表情を変える人だなと思った。


「貢ぎものかと」

「は?」

「わた、私に対する貢ぎものかと思ったもので」


 何を言い出したのだろう。

 ひょっとしてこの人は、この境内に住み着いている浮浪者か何かで、誰かからの献上品で食いつないで、生きているのだろうか。いやそれにしても、貢物なんて言い方はどうなのだろうか。どちらかというと、施しものではないか。


「すみません、物違いです。これは貢ぎ物ではないです。お邪魔しました」


 矢継ぎ早に言葉を投げかける。早くこの場を離れないと、なんだか面倒ごとに巻き込まれる悪寒を感じたのだ。

 言いながら、俺はたこ焼きの容器を手に取り、引っ張る。

 ……びくともしない。

 その不健康そうな身体のどこから、この力が湧いているのだろうか。


「あの、離してくれます? 俺のなんですけど」

「待って!!」


 食い気味に、女性の声がかぶさる。


「私は、神です。この祭りの。この祭りの主役。だから、たこ焼きを食べる権利があります」


 やっぱり変な人だった。これ以上関わりあいになりたくない。次は何をしでかすかわからないからだ。ともすれば、突然襲ってきて、有り金をすべて強奪しにかかってくるかもしれない。ここ最近は、社会も物騒なのだから。

俺はため息をついて、たこ焼きの容器に力を込めた。本気で力をこめれば、たこ焼きを奪取して逃げることができるはずだ。


「待って!!!!」


 さっきよりも、更に大きな声で引き留められた。

 今度はなんだ。


「このたこ焼きをくれたら、奇跡を見せます! 神の奇跡!」


 そう言う女性は、たこ焼きをつかむ手を離してまで、胸を張った。だが、そんな自信満々な態度とは裏腹に、少し目が潤んでいる。もう少ししたら、泣き出しそうな程に。

 ……罪悪感が沸き上がる。

 そもそも、たこ焼きに固執する理由があるわけでもない。確かにタダであげるのはなんだかしゃくではあるが、妄言を吐きつつ、泣き出しそうな女性を前に意地を張るほど、俺の頭は頑固にできていない。


「……わかりました。じゃあ、あげますから」


 たこ焼きを女性に押し付けると、暗い表情が一転して、ひまわりが咲いたかのような笑顔になった。やっぱり、表情が豊かだ。

その笑顔に一瞬見とれてしまって、逃げ遅れてしまった。たこ焼きを渡したら、即座にこの場を離れようと思っていたのに。不覚だった。

 女性が、突然、パンと両手を合わせる。


「では、お礼に神の奇跡をお見せしましょう」


 見ると、もう容器の中のたこ焼きは、一つ残らずなくなっていた。いったいどのタイミングで平らげたのか。

 しかし、こうなってしまえば、俺も腹をくくるしかない。ここで逃げてもいいが、泣き出されても困る。そんな雰囲気がある。

それに、ここまで自信満々に言い張るのだ、逆にその奇跡とやらが気になってきてしまった。

 曲がりなりにも、神を自称しているのである。

 俺が想像もつかない奇跡を、見せてくれるのかもしれない。

 もしかしたら、それがインスピレーションにつながるかも……とまで考えて、首を振った。こんな時まで音楽の事を考えたくない。


「ではよく見ていなさい。瞬間移動を見せます」

「瞬間移動……?!」


 驚いた。

まさか本当に、しっかりとした、奇跡を見せてくれるのだろうか。


「まずこの右手の平に乗っている五百円玉が……」


 そう言って女性……自称神様は、右手を握りこむ。


「はい。左手に移りました」


 神様は俺に向かって、左手を開き五百円玉を見せつけた。同時に右手の平も開き、何もない事を俺に確認させた。


「瞬間移動しました」

「……しょっぱい!!!」


 俺は思わず、自分でも驚くほどの大声で突っ込みを入れてしまった。だが、それも仕方ない事だと思う。だって、あまりにもあんまりなのだから。


「っていうか五百円玉持ってたのかよ!! じゃあ自分でたこ焼き買えよ!!」


 五百円玉を指さしながら、再度の突っ込みを入れる。……その時だった。自称神様がニヤリと笑う。悪戯をした、子供っぽい笑みだ。


「あなたのお財布を見てごらんなさい」


 ぎょっとして財布を開き、小銭を入れているポケットを探る。

 確かたこ焼きを買うとき、俺は千円札を渡して買ったはずだ。たこ焼きの値段は五百円、つまり小銭ポケットには五百円が入っているはずなのだ。

 はずなのだが……ない。

 神様の方を見る。神様は俺の方を見ながら舌をぺろっと出して、五百円玉をちらつかせていた。

 まさか本当に瞬間移動させたのか?俺の財布の中から五百円玉を。

 すごい。

 ……いや、確かにすごいが。


「それでも普通にしょっぱいよ」

「えぇ!?」ショックを受けて、神様は肩を跳ねさせた。

「なんか手品とかで出来そうな気がする。昔見た気がする」

「えぇ……」ショックを受けて、神様はしょんぼりと肩を落とした。


 正直、奇跡なんかより、ころころと変わる、神様の感情表現の方が、見ていて楽しいと思えてきた。


「だって神様の奇跡なんだろ」気が付けば敬語が抜けているが、気にせず話す。「もっとこう、天候を操るだとか、運をすごくあげるとか……そういうのは無いのか?」


 神様なのである。人間では想像もつかないような、例えば、科学では未だに操ることができない自然を操ってみたり……くらいはしてほしいものである。

 だが神様は首を振った。


「できないよ……」

「なんで」

「だって、信仰がないもん」

「信仰……」


 この祭りに来た時の自分の言葉を思い出した。

『ここに祭られている神様の事を、誰か、少しでも知っているのだろうか』

 もしこの神様が、本物の神様だったとしたら……そして神様の力の源泉が「信仰してもらう事」なのだとしたら……確かに力が無いのも納得できる。実際俺も、祭られている神様の事を、知らなかったのだから。


「昔は雨くらい降らせてたもん」


 神様は頬を膨らませて言った。


「今は瞬間移動だけしかできないのか?」俺の言葉に神様は「あと、鳩を突然出すとか……カードの柄を言い当てるとか……」指を折りながらそう答えた。やっぱりしょっぱい。


「だって、もう誰も担いでくれないんだから……」


 神様は、寂しそうに、影のある言葉で言った。

 ……その言葉に、俺はつい、反応してしまった。

 こんな反応大人気ないと思いつつも、なぜか言葉が、堰を切ったように出てしまった。


「いいじゃないか。担がれなくても。神輿なんてないほうがいい。神様だって、気楽でいいだろ。誰からも期待されなくて済むんだから。多少、力が使えなくたって……」


 誰からも、希望を押し付けられなくて済むんだから、そっちの方がいいに決まっている。

 好きな事をして、自由気ままに生きた方がいい。担ぐ方も、俺なんか担がない方が、もっと自由で幸せに生きれる。縛られない方がいいに決まっている。

 そう言おうとしたが、神様の言葉がさえぎった。


「駄目だよ。私……いや、私達みたいな人種は、担がれないと生きていけないんだから」

「そんなことないだろ。現にあんたはこうやって、ここで、俺と話してる」

「今日は運がよかっただけ。明日にはどうなるかわからないよ。それに……担いでくれる人がいないとね、結局ダメなんだよ。私を見て、信仰してくれる人がいないと、ダメなんだ」

「根拠は」

「目の前にあるでしょ。どう? 私、幸せそうに見える?」


 言われて、もう一度まじまじと神様を見た。

 アサガオの描かれた浴衣は、細部まで見ると、ところどころ継ぎ接ぎされていた。ぼさぼさの髪も、そういえば全く手入れされている風でもない。やせぎすの身体は、何も食べれていないようにも見える。


「信仰がないとね。担いでくれる人がいないと……神輿は、こうなっちゃうんだよ」


 神様は笑った。でもその笑顔は、無理に作った物に見えた。助けてほしい、でも、どうにもならない……そう言っているような気がした。

 それでも、俺は納得できないでいた。

 神様と人間は違うからだ。


「でも俺は、担がれる前の方が幸せだったよ」ちょっとしか評価はもらえなかったし、報酬も少なかったあの頃のほうが、よっぽど。「今はもう疲れた」


「何が、疲れちゃったんだい?」


 神様が腰を下ろした。俺も、神様の隣に座った。


「神輿と、担いでくれる奴らの間に、熱量の差があったらどうするんだよ」


 多分、俺が一番疲れているのはそこなんだと、最近気が付いた。

 俺は、俺の音楽を作りたかった。でも、ファンを名乗る有象無象が求めてくるものは、俺が作りたいものとは全く真逆の物だ。それでも、俺はそれに応えた。応えようとすれば、応えれてしまったからだ。

 だが、応えれば応えるほど、担ぎ手の熱量は膨れ上がった。また次の曲を!次は前よりもっといいはずだぞ!一番最高の曲を作ってくれるはずだ!これこそ、音楽家の曲だ!……期待の言葉を、言いたい放題、俺にぶつけてくるようになった。その熱気に、下から襲ってくる大量の熱意に、恐怖を感じるようになった。

 いつか、応えられなくなったらどうしよう。

 心の中に病魔が巣くい始めたのは、その頃だった。

 神様はひとしきり俺の話を聞くと、空を見上げて、そして口を開いた。


「……本当はね。本当は、担いでくれる人たちの熱量を超えてやるぞ!って、ずっと思いながら頑張らないといけないんだ」


 神様は残酷な事を言った。

 俺が一番言ってほしくない、残酷な事を。


「でも」神様は続けた。「私もね、耐えられなかった。担いでくれる人たちの熱量にあてられて、それを超えるって自信もなくて、ふらふらっとした。そしたら……」


神様は言いよどんだが、息を大きく吸って、ため息をつくように言った。


「誰も担いでくれなくなった」


 その横顔は、昔をはかなんでいるような、いや……今に絶望しているような、そんな表情をしていた。


「さっき、担がれないほうがいいって言ったよね」

「……ああ。言った」

「それね。もう無理だよ。君もわかると思う」

「……意味が分からない」

「いいや。担がれなくなった時に、絶対わかる。たった一回でも、たくさんの人に担がれて、その頂にある神輿から見下ろした風景を見た人は……もう一生、それを忘れられなくなる」


 呪いのようだと、神様は言った。

 実感を持ったその言葉を、俺は飲み込みそうになった。飲み込みそうになったが、やはり嚥下できなかった。

 それでも俺は今、辛いからだ。

 神様の言っている事は、もしかしたら、あっているのかもしれない。あっているのかもしれないが、今の俺には、とてもそう考えられない。

 ファン達の熱量を思い出して、腹の中のたこ焼きが戻ってきそうだった。辛かった。逃げたかった。でも、逃げる勇気もなかった。


「大丈夫」


そう言いながら、神様がそっと抱きしめてきた。

突然の事で驚いた。何か文句を言ってやろうと思った。だけど、一方で心は平穏を取り戻していった。せりあがってきた物は、また胃に納まりに、降りて行った。

 安心した。

 不思議と、俺は安堵感を覚えた。


「じゃあ、一つ助言をしてあげよう。神様らしく」


 神様は言った。


「担ぎ手に耳を傾けなさい。それも、君の事をよく思ってくれている、熱心な担ぎ手に」

「耳を傾ける……」

「私が出来なかった事だよ。私はね、担がれなくなってから、ようやく彼らの当時の言葉を聞いたの。とっても暖かい、応援の言葉がたくさんあった。その時思ったの。ああ、これをもっと早く聞いておけば、私はもっと頑張れたのになって……」


 神様はぱっと俺から離れた。少し、寂しい気持ちになったが、首を振る。


「もし神輿をやめるにしても、その前に、担ぎ手達の声に耳を傾けてみなさいって事」


 ぱしっと額に指が当たる。神様が俺の頭を小突いたのだ。

なんだか、嫌な気はしなかった。


「……本当に、それでうまくいくのか?」


 俺は半信半疑でそう聞いた。

 神様は、自信満々に答えた。


「私は神様だよ? 神様の助言は、素直に聞いておくものだよ」


 神様はそういってはにかんだ。


 それから、俺と神様は他愛もない話をした。

 祭りのメインイベントである、大きな花火が空に咲いた。二人でそれを見て、あっちの花火の方がおいしそうな色をしているだの、あっちはまずそうだのと、食べ物の話ばっかりしていた気がする。

 久しぶりに楽しい時間だった。

 いよいよ、花火終了のアナウンスが会場内に響き渡ると、神様は最後に言った。


「頑張ってね、君。応援してる。君ならきっと、うまくやるさ」


 頭をわしわしと撫でられる。その笑顔が、頭に強く、強く、花火なんかよりももっと強く、焼き付いた。


「来年も来ます」

「来年も来てね」


 そう言って、俺と神様は、別れた。


*


 あれから毎年、夏になると、必ず近所の祭りに出向くようになった。

 だが、あの日以来、一度も神様に会えることはなかった。


 俺は神様の助言通り、ファンの言葉を聞いた。悪意ある言葉、叱咤の言葉、いろんなものがあった。だけど、その中に輝く、応援の言葉が、俺を優しく励ました。

 気が付けば、俺は世界に名の轟いた音楽家インフルエンサーになっていた。昔俺を起用してくれたインフルエンサーよりも、もっと有名になった。今では、映画の楽曲提供を始めとして、幅広い仕事ができるようになった。


 俺は、神輿であることを続けた。


 最初はつらかった神輿も、慣れてくると、やりがいを感じるようになってきた。それに、もし続けていれば、どこかでまた、神様と会えるんじゃないだろうかと、そんな気がしていた。


 ある日、母親が俺に言った。


「ねぇ、ちょっと教えてほしい事があるんだけど。動画の見方」

 

 俺の動画以外全く見ようとしない、機械音痴の母が、俺以外の動画を見たいから教えてくれと言ってきた。珍しい事もあるもんだと、いろいろ話を聞いていると、母は言った。


「あのね、昔有名だった人が、動画サイトで投稿してるらしいの。えっと……昔はたくさんテレビとか出てたんだけど……多分知らないわよねえ」

「俺、昔からテレビ見なかったしね。どんな人?」

「えっと、手品してたんだけどね。綺麗な人で。髪が長くて……えーっと名前は。あ、そうだ!」


 心臓が、跳ねた。

 なんとなく、予感がした。

 俺が恐る恐る、母親が口に出した名前で検索をかけてみると、一つのチャンネルがヒットした。チャンネル名は、神様手品。センスのかけらもないが、トップ画面に表示された動画に映るその人を見て、俺は思わず笑いをこぼした。


「あ、もしかして知ってる?」母が嬉しそうに言った。「昔すっごい有名だったのよ。ぱったりやめちゃったけど」


 俺は出来る限り、いたって平静に、母に返した。


「知ってる。この人、神様なんだよな」

「神様?」

「いや、こっちの話」


 母親にスマホを手渡しながら、自身のパソコンで、神様手品のチャンネルを開く。登録者数も少なくて、動画の再生数も少ない。それでも、神様はころころと変わる豊かな表情で、画面を彩っていた。

 チャンネルの概要欄には「お仕事の依頼はこちらから!」と、メールアドレスがぽつんと書かれていた。俺はそのアドレス宛に、一通、メールを送った。


『ご飯でも行きませんか。たこ焼き、おなか一杯驕りますよ。あの時の神輿より』

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