国の制度で許嫁になった彼のことを少しずつ好きになっていくクラスで一番の美少女でお金持ちだけど口の悪い女の子の話

ハイブリッジ

第1話

 少子化問題の対策として国はある制度を導入した。


 それは高校生になると許嫁を国から言い渡される許嫁制度だ。国がデータに基づいて、お互いの相性が良い人を選出しているとのこと。


 許嫁制度で選ばれた二人は3年間交際することになっている。しかも同じ屋根の下で生活もしないといけないというオプション付きだ。


 しかしデータも絶対ではないので3年間交際してお互いが合わないと思ったら高校卒業時に許嫁を解消することもできる。そして再度2人に合った新しい許嫁を国から言い渡される。


 でも滅多にこんなことは起きないらしく、この解消制度を使用された実例はほぼないとのことだ。




 ■




「はぁ……。まさかあんたが許嫁とか本当に最悪」


「ご、ごめんなさい」


 私、生天目朱里なばためあかりの許嫁制度で言い渡された相手が幼馴染の彼だと知った時は絶望した。


 彼はいつもオドオドしていて、小さい頃は私の後ろばかり歩いていた。ずっとクラスの隅っこで本を読んでばかり、運動は何にもできやしない。彼と幼馴染とか恥ずかしくて誰にも言えたもんじゃない。


「なんで神馬くんじゃないのよ。普通に神馬くんでしょ」


 私はクラスで一番お金持ちで一番可愛いって自負している。そんな私に釣り合うのはどう考えてもクラスで一番イケメンの神馬くんだ。国はマジで何を考えてこいつを選んだのか。


「…………」


「何ニヤニヤしてるの……キモ過ぎなんだけど」


「い、いやニヤニヤして……ごめんなさい。その……生天目さんで良かったなと思って」


「ふーん……あっそ」


 そりゃそうだろ。むしろ嫌がったらはっ倒すところだったわ。


「まあわかってると思うけど、許嫁だからって学校とかで話しかけてこないでよ。マジあり得ないから」


「う、うん」


「家でも親がいる時以外は会話も必要最低限だからね。わかった?」


「わ、わかった」


 こんなやつと3年も付き合うとか……憂鬱過ぎる。3年経ったら絶対に解消制度を使って、新しい許嫁にしてもらおう。




 ■




 <自宅>


「及第点よ。今日みたいに何も話しかけず、いつも通りの感じでいいから。あと許嫁について聞かれたら私って絶対に言わないで」


 許嫁制度が始まった初日、彼とは何も接することなく学校が終わった。今日みたいな感じであれば誰にも私たちが許嫁であるとバレることもないだろう。


「う、うん。……あ、あの生天目さんってお昼ご飯はどうしてるの?」


「は? 購買で済ましてるけど……」


「そ、そうなんだ……」


「それだけ? はあ……昨日言ったよね? 必要以上に話しかけんなって。ウザいな」


「ご、ごめんなさい」


「謝るなら話しかけるな」




 ────




 次の日の朝、学校に行こうとすると可愛らしい袋に入った弁当を持って私の前にやってくる彼。


「何これ?」


「お、お弁当だよ?」


「そんなの見ればわかるから。なんでそのお弁当を私に渡そうとしてるのって聞いてるの?」


「これ、生天目さんの分」


「はあ? 私の分?」


「う、うん。昨日購買で済ましてるって言ってたから、作ってみたんだけど」


 だから昨日昼ご飯のこと聞いてきたのか……。


「も、もしいらなかったらす、捨ててもらって大丈夫だから……」


 そう言ってしゅんとしてしまった彼。……ああもうめんどくさいな。


「…………まあ捨てるのはもったいないから持っていくけど」


「ほ、本当にっ!?」


「あとこれからは別に作らなくていいから。マジで今日だけだからね」


 弁当を受け取ると彼はとても嬉しそうに微笑んだ。


「う、うんっ! ありがとう生天目さん」


「……キモ。こんなことで嬉しそうにすんなよ」




 ────




 昨日の朝のデジャブのように彼がまた弁当を持って渡そうとしている。


「はあ……」


「こ、これ今日の分のお弁当です」


「今日の分って……。私さ昨日言ったよね。別に弁当いらないって。昨日は捨てるのがもったいないから仕方なく食べたの」


「ご、ごめんなさい。でもちゃんと生田目さんの好きなものとか栄養も考えて作ってて……」


 ……そんなこと考えるなよ。断わりづらいじゃんか。


「…………」


 チラチラと私の方を見てくる彼。


「ああもうわかったわかった! 持っていけばいいんでしょ持っていけば!」


 展開が昨日と全く一緒になってしまった。別に突っ放せばいいのになんで折れてしまうんだろう。


「本当におっせかい過ぎ。お母さんかよ」


「やっぱり生田目さんって優しいね」


「…………うざ」


 ……昨日の弁当が美味しかったことは絶対に彼には言わない。調子に乗ったらウザいから。




 ■




 <学校>


「許嫁制度とか無視してさ、俺と付き合ってよ」


 容姿が可愛いとこういう馬鹿がうじゃうじゃと寄ってくるから困ってしまう。


 今日出た課題のことを先生に聞きに行った帰り、運悪く捕まってしまった。


 誰だっけこの人? …………あっ野球部の先輩だ。そういえば何回か声かけられたことあったっけ。


 なんかモテるらしいけど全然タイプじゃないしキモいから忘れてた。


「生田目さんの許嫁より絶対俺の方か優秀だって」


「…………」


 確かに彼は見た目は子どもっぽいし、運動もできなくて、なんかオドオドしてるし、男らしくもない。


 でもああ見えて料理が上手だし、家事もできるし、気が利くし、私が困ってたらなんか気づいて声かけてくれるし……一緒に住んで見てわかったことがたくさんある。


 こいつより彼の方がまだ全然マシだ。


「そうだ! 学校の近くに美味しいカフェがあるから寄っていかない?」


「行かないです。私用事あるのでもう行きますね」


「まあまあそう言わずにさ! 一回だけ!」


 帰ろうとすると先輩に手を握られる。


「このっ──」


「生田目さんっ!」


 険しい表情をした彼が私と先輩の間に割り込んでくる。


「生田目さんが嫌がっていると思います。手を離してください」


「は? 誰お前?」


「なんであんた……」


 彼は怖じ気づくことなく自分より体格の良い先輩の前に立っている。


「俺たち許嫁だからいいんだよ。どっか行けよ」


「…………許嫁の虚偽は許嫁制度の違反行為になります。罰金もかなり高いので止めた方がいいですよ。確か何百万とかだった気がします」


「だからなんだよ?」


「…………」


「ちっ……うっぜぇな」


 先輩は私の手を離し、彼を睨むとそのまま校舎に戻って行った。


「だ、大丈夫? ど、どこか怪我とか?」


「ない」


「変なことされたりとかは?」


「ない。心配し過ぎ」


「よかった……本当に」


「………………っ」


 いつもの笑顔を向けてくれる彼。


「……てか何学校で話しかけてるの?」


「えっ……あっご、ごめんなさい」


「あんな奴無視しとけば終わるの。はぁ……本当に迷惑。あんたと一緒にいるところ誰かに見られたくないから先行くわ」


「う、うん。ごめんなさい生田目さん」


「…………」


 …………あいつあんな顔もできるんだ。いつもの彼からは想像できない。私のためにあの顔をしてくれた。


 どうしてだろう……今あいつと一緒にいたら変なことを口にしてしまいそうだった。


 心臓の音が大きくなっている。鼓動が早くなっているのを誤魔化すために私は校舎まで走った。




 ■




 昼休み。購買にジュースを買って戻ってくると彼がクラスの女子と楽しそうに話していた。


「…………は?」


 何あれ……。あんな顔、家では見たことない。私の時よりも楽しそうに話してるじゃん。


「…………」


「どしたの朱里? 早く中入ってよー」


「……別に何にもない」




 ────




 <自宅・食事中>


「あのさ……あんたが最近よく話してる女子なんだけど」


「安藤さんのこと?」


「そう安藤さん。あんたのことめちゃくちゃキモがってたよ。あの陰キャ距離が近くて本当キモいって」


「えっ……」


 彼の手が止まる。


「たまたま聞こえてきたのよ。まあ女子同士の話だから、あんたは知らなかったと思うけど」


「……そ、そうなんだ」


「残念だったわね。せっかくモテてると思っていたのに勘違いで」


「……………ははっ」


「何落ち込んでんのよ。キモいから止めて」


「……ごめんね」


「あんたがモテてていいわけないから」





 ────





「は? 直接聞いた?」


「うん。やっぱりそんなこと言ってないって。なんであんなウソ吐いたの?」


 学校から帰宅して早々に彼が話しかけてきた。彼の顔は悲しみと怒りの感情が混ざっている。


「いやいや本当に言ってたって。あの陰キャマジキモいって」


「で、でも安藤さんは言ってないって──」


「じゃあ聞くけど将来を約束した大切な許嫁の私と一年で関係が終わるただのクラスメイトの安藤さん、あんたはどっちを信じるわけ?」


「………………」


「私でしょ? あんたは私の言葉だけを信じてればいいの。わかった?」


「…………わかった」





 ────




「ねえ……これ何?」


 リビングにいた彼にアクセサリーを見せる。とても綺麗なアクセサリーだ。


「か、勝手に部屋に入らないでよ」


「話をすり替えるな。このアクセサリーは何かって聞いてるんだけど? あんたこんなの持ってなかったじゃん」


 彼にはこういうのを集める趣味はないし、身内からの贈り物に貰ったとかも聞いたことがない。


「…………もらったんだ」


「誰に?」


「……あ、安藤さんから」


「…………マジであり得ないあいつ」


 人の許嫁に何勝手にプレゼントなんかしてんだよ。しかもこんなアクセサリーなんて……。明らかに彼を意識している。


「もう安藤さんに話しかけられたら全部無視して、何かもらいそうになったら全部断って」


「えっ……」


「あと安藤さんにだけ私が許嫁だって言ってもいいから。それで諦めるでしょ」


「む、無視って……そんなことできないよ」


「は? 言っとくけどあんたが悪いんだからね。許嫁がいるのにこんなのコソコソもらったりして」


「…………そ、それは」


「今度の休み、買い物行くから空けといて。安藤さんのより私があんたに似合うやつ買ってあげる」





 ────




「ねえちゃんと言った? 俺には将来を約束した大切な許嫁がいるって? だからお前に話しかけられて迷惑してるって?」


「……言ったよ」


「じゃあなんで今日も安藤さんと楽しそうに話してたの?」


 私がいない時にコソコソと話しているのを知っている。バレないとでも思っているのか。


「……ごめんなさい。やっぱり無視とかできない。安藤さんは友達だから」


「あっそ……わかった。もういいわ」




 ────




 翌日、安藤さんは突然転校してしまった。


 なんでもお父さんの会社が何故か倒産しそうになったらしく、親戚のいる田舎に引っ越さないといけなくなったとのことだ。


「……………」


「うわっびっくりした」


 明かりをつけると部屋の隅っこに座っている彼。


「そんなとこで何してんの? 部屋も真っ暗だったし」


「…………」


「ウジウジしてると陰キャのオーラで家にカビが生えるから止めて」


「…………ごめんなさい」


 返事はするがうつ向いたままだ。


「はぁ……」


 負のオーラが漂っている彼の隣に座る。


「…………」


「友人と別れることが寂しいのはわかる。……でもあんたには私がいるじゃん」


 彼はゆっくりと顔を上げると私を見つめる。泣いていたのか目が充血している。


「今日は落ち込んでもいいけど、明日までウジウジしてたら強打するから」


「……生田目さん」


「今日は特別に私が料理を作るわ。料理ができる前に着替えてきて、制服に汚れが付くと目立つし」


「…………ありがとう」


「……ウザ」




 ■




 <自宅>


「ただいま」


 今朝にはなかった頬に傷をつくって彼が帰ってきた。よく見ると肘とかも擦りむいている。


「……あんたどうしたのその傷」


「は、はははっ……階段からこ、転んじゃって」


「はあ? ……ドジ過ぎでしょ。心配して損した」


 どんくさいにも程がある。もっと日頃から注意してほしいものだ。


「ご、ごめんね。次からは気を付けるね」


「待ちなさい。消毒するからこっち来て」


「えっ……だ、大丈夫だよこれくらい」


「勘違いすんな。あんたに何かあったら迷惑なのは私だからやってあげるの」


「あ、ありがとう」





 ────





「待って」


 黙って自分の部屋に戻ろうとする彼を引き留める。


「もう転んだとかくだらないウソは止めて」


「…………」


「おかしいじゃん。何日も続けてそんなに傷をつくるなんて」


 初めて彼がケガをしてから何日か経ったが減るどころか傷が増えていっている。理由を聞いてもはぐらかされてばかりで教えてくれないが、転んでできたケガではないことくらいはわかる。


「誰? あんたにケガさせた奴?」


「…………生天目さんには関係ないから」


「そういうのいいから。早く言って」


 今回は言うまでどこにも行かせない。


「……もう僕に構わないで」


「どうしたの? あんたがそんなこと言うなんて変よ」


「生天目さんは僕より神馬くんの方が許嫁になってほしいんだよね」


「なんで今神馬くんの名前が出てくるの? 意味わかんない」


「だって前に僕じゃなくて神馬くんが良かったって言ってたから」


「そんなの言ってない。急になん……あいつなんだ。あんたを傷つけてたやつ」


 彼が視線を落とした。犯人は神馬で間違いないようだ。


「神馬がなんであんたなんかを……」


「……お前みたいなやつは生天目さんの許嫁にふさわしくないって」


「…………あいつ」


 なんでそんなやつばかりなんだろうか。自分の方が許嫁にふさわしいって勝手に思っている妄想にふけったクズばかり。彼の方が何億倍もマシなのに……。そんなやつらに好かれているかと思うと鳥肌が立つ。


「生田目さん、神馬くんと好きなんでしょ?」


「は? そんなわけないじゃん」


「ごめんね。……3年経ったら解消制度使うから」


「あっ……待って」


 そう言うと彼はそのまま部屋に戻って行ってしまった。


「…………」




 ────




「神馬の奴、めちゃくちゃ驚いてたわね」


「う、うん……」


 帰宅後、ソファに並んで座っている彼と私。


「まあいきなりみんなの目の前で何回もキスして見せて『彼と私の許嫁の関係を否定する人は絶対に許さないから』って宣言したら驚いても仕方ないか」


 私と彼がキスをした時、教室にいた全員が唖然としていた。


 あの時の神馬の顔はマジで最高だったなあ。思い出しただけでも笑えてくる。


「あんたあの時めちゃくちゃ震えててマジダサかったよ。もっと堂々としてて」


「……ご、ごめんね。本当にびっくりしちゃって」


 キスをすることは彼にも言っていなかったので、彼も呆然としていた。


「…………」


「どうしたの? まだ何か不安なことがあるの?」


「……本当によかったの? 僕なんかとその……キスして?」


「……はあ」


 隣に座っている彼を押し倒し、そのまま体の上に乗る。


「な、生天目さん?」


「あんたがいつまでもウジウジしててウザいから証明しようと思ったの」


「しょ、証明?」


「わかってるくせに。……言わせんな変態」


 その気になれば今も押し返せるはずなのに抵抗もしてこない。わかってとぼけているのだ。


「あの……その、えっと……」


「何顔を赤くしてんの? もしかして今さら恥ずかしくなってきたとか? 可愛いところあるじゃん。でも止めてあげない。……あんたの不安が取れたなって私が思うまでずっと続けるから」




 ■




 <学校>


「もう卒業なんて……あっという間過ぎ」


「本当にあっという間だったね」


 卒業式も無事に終わり、今私は誰もいない教室で彼と高校での最後の時間を過ごしている。


「ありがとう朱里さん。朱里さんが許嫁で本当によかったよ」


「あっそ。私は最悪だけどね」


「は、はははっ……」


 本当に彼と許嫁になってから色々なことがありすぎて大変だった。……退屈はしなかったけど。


「もし本当に朱里さんが嫌だったら解消制度使ってもいいからね」


「ばーか。私以外にあんたの許嫁なんて誰もなりたくないでしょ。仕方ないから続けてあげる」


「うん……。これからもよろしくね朱里さん」







 終わり

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