天壌霊柩 ~超高層のマヨヒガ~ 第20回

 市道を渡った先には、古ぼけたアーケード街が川の方角に向かって続いていた。

 ちらほらと行き交う通行人は、行く手の西日を受けて影にしか見えず、町全体がうらぶれた古色を帯びている。

 ああ、あの町だ、と拓也は思った。

 拓也の生まれ育った町は、むしろタワービルの正面、朝にバスを降りた停留所側に広がっていたから、このアーケード街には、あまり確かな思い出がない。それでも川遊びに向かう途中や、当時の同級生を訪ねる際に、何度か通った記憶がある。

 しかし盛夏の、宵の口と言うにはまだ早い時刻に、ここまで川風が涼やかなのは意外だった。いわゆる『明晰夢』は、ある程度自分の意志や願望で変えられると聞いたことがあるから、自分がそう望んだためかもしれない。

 蔦沼市役所の職員だという男に続いて、拓也は歩を進めた。

「次の角を曲がれば、もう病院だよ」

 男が示す角で、もうアーケードは切れている。その手前にある店舗の並びに、拓也は確かな見覚えがあった。

 軒先に雑誌や週刊誌の粗末なラックを並べた小さな書店と、それに隣接するやはり小さな玩具店、そしていかにも昭和レトロ狙いの食品サンプルを並べた喫茶店。いずれも古い商店街の個人経営店舗らしい店構えは、幼い頃、確かに一度入店した記憶がある。

 前を通りすぎながら書店のラックに目をやると、少年週刊誌の表紙では、拓也の転校後にブレイクしたキャラクターが、派手に『新連載』のロゴを背負っていた。つまり、町ごと消滅する寸前の夏らしい。

 ならば、男が案内しようとしている病院は――。

 拓也の想像どおり、アーケードを外れた小道に面して、小規模ながら伝統的な洋館を思わせる病院があった。『内科・外科・小児科』の木製看板も、あの頃のままである。といって、拓也が受診したわけではない。確か小学二年の夏、同級生が腎臓病で長期入院し、そのお見舞いに訪ねたことがある。

 蔦沼市の小学校は二年から学級会活動が始まり、拓也は学級委員長に選ばれていた。そして校風とでもいうのだろうか、病気であれ怪我であれ一週間以上入院する生徒が出ると、担任教師が数人の生徒を引率し、わざわざお見舞いに出向くのが定例になっていた。

 あのとき入院していたのは――確か当時同級だった佐伯沙耶。そして、やはり同級の麻田真弓も、お見舞いに参加していた。

「この病院には、昔から良くしてもらってる」

 病院の門前で、男は拓也に柔和な笑顔を向けた。

 その笑顔が、拓也の幼時記憶に重なった。

 ――佐伯沙耶の父親?

 半信半疑で見つめていると、男も何か気づいたように拓也を見つめ返し、

「どこかで会ったような気がしてたんだが……君、もしかして哀川さんの拓也君かい?」

「……はい」

「いやあ、懐かしいなあ。東高に受かったとは聞いていたが、ずいぶん立派になったもんだ」

 拓也の肩に手を置いて破顔する男は、幼かった拓也が長身の少年に成長したのと同様、当時よりも明らかに齢を重ねている。

 拓也は、あのお見舞いの際、沙耶の父親の勤め先が話題に上がったのを思い出した。担任教師と沙耶の両親が交わす会話の中で、蔦沼市役所開発部建築課係長、確かにそう聞いた記憶がある。当時は蔦沼市随一の繁華街だったJR駅前――しかし今はすっかり寂れてしまった旧市街に、まだ建物が分庁舎として残っている。

 拓也は、背後にそびえ立つタワービルを、つい見返った。

 超高層の黒い影が、すでにあるはずのないくすんだ家並みを、遙か上空から睥睨している。

 夢というものは本当に奇妙だ、と拓也は思った。まったく辻褄が合わない世界の中でも、それなりの整合性を保とうとする。その奇妙さは、自分自身の奇妙さでもあるのだろう。

「ここは外科も内科もやるから、頭の外も中も診てもらえる。MRIは無理だが、CTなら置いてある。じっくり脳味噌まで検査しよう。君の優秀な頭脳に何かあったら大変だ」

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