第44話 弥生からの正式な告白
リビングに戻ると、エリカが握りしめた両の拳を天に掲げて勝ち誇り、一方、弥生は床に手をついてハァハァと息を切らしていた。
プロレスごっこはエリカの勝利に終わったみたいだ。
「勝ったわよ! ユキ!」
知らんがな……。
「……ああ、そう。良かったな」
「反応薄くない?」
「じゃあ、おめでとう」
「もっと褒めてよ。私、勝ったのよ?」
そんなことを言われても、プロレスごっこの結果なんてどうでもいいし、むしろケンカするなと怒りたいところなんだが。
「エリカの方が腕力は上なんだな。頼りになるな。……じゃあ、俺はもう部屋に戻るから。なんか疲れたし」
下手なことを言うと、またケンカが始まりそうだったので、テキトーに話を切り上げて、皆に背中を向ける。
エリカは普通に「そっか。おやすみ」と送り出してくれた。どうやら弥生に勝ったから機嫌が良いみたいだ。
そして、自分に割り当てられた部屋戻り、ベッドの上で考える。
(血が繋がっていようが、いまいが家族の関係が変わるわけでもなし、考えたって意味ねぇよな。でも、アイツらの好意を
どれくらい考えていただろうか、そうやって眠れずにいれば、ドアがコンコンと軽くノックされた。
三姉妹や母さんなら、こんな控え目なノックはしない。もっと自己主張の激しいノックをするはずだ。
つまり、やって来たのは弥生だ。
「もう寝てしまいましたか?」
「起きてるよ」
ドアを開ければ想像通り弥生がそこにいた。彼女は下を向いてモジモジと何やら落ち着かない様子だ。
「おやすみ間際に申し訳ないのですが、中に入ってもよろしいでしょうか? ちゃんとエリカさんに許可はいただきました」
俺の部屋に入るのに、エリカの許可を取るってのも変な話だが、たしかにキチンと許可を取っておかないと、またあとでアイツが騒ぎだしそうではある。
顔を真っ赤にして机を叩くエリカの姿が目に浮かぶ。思わず俺は笑っていた。
(嫉妬深くて、すぐ怒る。……まったく、可愛い奴だ)
「別にいいけど。ちょっと考えごとしてて、どうせ眠れそうにもなかったし」
眠れそうにないのなら弥生と話でもしていた方が有意義だ。きっと気晴らしにもなる。
「ありがとうございます……」
弥生を部屋に通し、ベッドに腰掛ければ、彼女も隣に腰を掛ける。
何となく微妙な空気が俺たちの間に流れていた。
「で、どうした?」
「…………」
話がある、と言ったわりに彼女は
「まぁ……何の話か知らんが準備が出来たら言ってくれ。どうせもう寝るだけだし、待つよ」
「……ユキさんのそういうところも好きです」
「そう言ってくれるのはお前たちだけだよ。ありがとな」
感謝を述べただけなんだが、余計に弥生が俯いてしまった。何かマズいことでも言ってしまったか?
「すいません。ハッキリ言いますね。私はユキさんが好きです。男の人として見ています。恋人になりたいと思っています。……ちゃんとした恋愛感情です」
「…………」
ウソだろ……。今までそんな素振り少しもなかったじゃないか。
もしかして何かの罰ゲームか?
いや、そんな雰囲気じゃない。そもそも罰ゲームだからって嘘コクできる奴じゃない。弥生が人を傷つけるようなマネをするわけがない。
つまり、これは正式な告白……。
さっきまでは
「……そうだったんだな」
近藤先輩に言われた優柔不断という言葉をふと思い出した。
受け入れるでもなく、かといって断るわけでもなく。全く
だけど——。
「ユキさんを困らせてしまいましたね……。ですが、どうしても自分の口から伝えたくて。悠長にしていると、先にエリカさんが口を滑らせてしまう気がしたんです」
エリカは知っていたのか。ああ、そう言えば何かさっき口走ってたな。
「ごめんな、弥生の気持ちに気づかなくて」
「謝らないでください。毎日毎日エリカさんたちから好き好きと言われ続けているんですから仕方ないです。たぶんユキさんは好意に鈍くなってしまっているんですよ」
「アイツらは素直だからな」
「ええ。ですから、私も素直になることにしたんです。何もせずに負けたくないですから」
そう言って弥生が立ち上がる。少し迷うような素振りを見せたあと、ドアに向かった。
「今日ここで答えが貰えるなんて思っていませんから安心してください。……ですので、私はこれにて失礼します」
「ごめんな。ちゃんと弥生のことも真剣に考えるから……」
「はい。では、おやすみなさい、ユキさん」
「おやすみ、弥生」
ドアが音も出さずに静かに閉まり、小さな足音が遠のいていく。
……と思ったら足音が折り返してきた。
「言い忘れました。明日から覚悟してくださいね? 全力でユキさんを振り向かせる所存ですので。それでは、今度こそ、おやすみなさいです」
戻ってきた弥生はそれだけ言うと、もう一度、ドアを静かに閉めたのだった。
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