第13話 『酒蔵で見つけた証拠』

          13.酒蔵で見つけた証拠



「探偵さんたち、こんな所にいたんですか。地域の人達にお願いして冷凍庫に保管してある日野冴子さんのご遺体と、証拠保全の為に自室から動かせなかった池口琴子さんのご遺体を町の方まで移動させますから、一応は知らせておきます」


 なんだか焦りながらも酒樽のある倉庫の中に入ってきたのは漁港の港で引き上げられた三人の遺体を調べたり運んだりしていた池間島駐在所担当の警察官、沼川英二巡査である。


 沼川英二巡査は周りに注意を払っているのか回りをキョロキョロと見渡すと安堵の溜息を突きながら酒蔵の中へといそいそと入ってくる。


「酒樽のある倉庫の調査ですか。昨夜この倉庫の中も念入りに探し回ってみたのですが今も行方不明になっている流山改造さんは見つかりませんでした。それとも他に探している物や気になっている事でもあるのですか」


「ええ、まあそんな所です。別に沼川英二巡査の捜査を疑う訳ではありませんが、もしかしたらこの倉庫に流山改造さんや犯人が立ち寄った形跡や何らかの見落としがあるかも知れませんからね。その痕跡を探しているんですよ」


「流山改造さんだけではなく、犯人が立ち寄ったかも知れない痕跡ですか。なるほど確かにこの中を探した私にももしかしたら見落としがあるかも知れませんから、探偵さんたちの納得がいくまで現場は何度調べてもいいと思いますよ。それで何か見つかったらこちらとしても万々歳ですし」


「そう言っていただけるとこちら側も気兼ねなくこの酒蔵の倉庫の中を調べられます」


「それでは私はそろそろ行きますが、一つ聞いておきたい事があります。君たちも先ほど厨房の中にあるあの大きな冷凍庫の中には入ったとは思うが、日野冴子さんの死体の隣にある全体を布で巻かれたある品物の中身は見たかね」


「いいえ日野冴子さんのご遺体の検証は昨日彼女のいた部屋の浴室で行いましたから特に見てはいませんが……それがなにか?」


「そうでしたか。実は先程ある失態をしてしまいましてね、あなた方の上司でもあるあの女性の刑事さんに注意をされてしまった所なんですよ」


「失態ですか。一体どんな失態をしてしまったんですか?」


「先程、冷凍庫の中にある品物を日野冴子さんのご遺体かと思い、勘違いをして町の人達と協力して外に止めてあるトラックまでそのある品を運んでしまったんですよ。ですがそれはなんと中身は人の身の丈ほどもある大きな本マグロでした」


「え、マグロつて、あのお魚のマグロですか」


「白い布のような物で全身を包んでいましたし隣にあるご遺体とほとんど見分けがつかなかったので間違えて運んでしまったのですが、昨日ご遺体をこの冷凍庫まで運んだのは私なので中身も確認せずに町の人達に運んでくれと指示を出してしまいました。なのでこれは完全に私の落ち度です。ああ、せっかく本庁から刑事さんが来てたまたまこの池間島に駐在していた私に捜査を頼んできているのに……沖縄県警の威信を見せないといけないのになんて失態をしてしまったんだろうか。本当に恥ずかしくてなりません。ああぁ、この事件で私の警察官としての優秀差をあの本庁から来た刑事さんに見せたかったのに、非常に悔しいです。これじゃせっかくの出世コースに乗れないじゃないか」


(出世コースって、あんた、そんなゲスい事を考えていたのか。確かにそれはあんたの失態だな。出なかったらどこかの部屋で眠ったりご遺体とマグロを間違えてトラックまで運んだりは絶対にしないからな)


 そんな事を思いながらも勘太郎は、苦笑いを浮かべながら話す沼川英二巡査の話を内心あきれながら聞く。


 どうやらこの沼川英二巡査という人物はかなりおっちょこちょいの性格の人のようだ。 

 話を聞く限りでは決して悪い人ではないみたいだが、普段は大きな事件などはまず起きないこの平和な土地に不可思議な殺人事件が起きてしまいかなり困惑しているようだ。そこに東京の警視庁から来た赤城文子刑事というエリート刑事がいつの間にか池間島に派遣されて来たのだから、訳もわからないままにその女性の刑事になぜか一人で対応しなくてはならない沼川英二巡査はどうにか足手まといにならないようにと頑張っていたがその緊張の度合い度はかなりの物のはずだ。


 沖縄県警からの応援もなくたったの一人で赤城文子刑事とこの不可思議な事件に挑まなくてはならないという決して失敗は許されない大きな不安に、沼川英二巡査は内心緊張し思いが空回りしているのだ。


 その証拠にこの酒蔵に入ってきた時に沼川英二巡査は辺りをキョロキョロと見渡していたが、恐らくは赤城文子刑事が中にいるかどうかを確認しての行動だと言うことがわかる。


 恐らくは日野冴子のご遺体と間違えて本マグロを運んでしまった事を赤城文子刑事にたしなめられたのだろう。


 居眠りに続いて死体を間違えるという失態を二度も犯してしまったら流石に萎縮し空回りするのも頷けるが、そんな失敗談を聞いていた羊野瞑子は両手をポンと合わせながら明るい声で答える。


「ああ、あのマグロですか。確かにあの冷凍庫の中に保管していた日野冴子さんのご遺体の隣には、人の身の丈ほどもある大きな本マグロが置いてあったのを思い出しましたわ。あのマグロは私もチラリとは見ましたが中々に立派なマグロでしたね。あの本マグロはもしかしたら私たちの今夜の夕食になるのでしょうか」


「あの大きなマグロは流石にそのブイごとに解体しないといけませんし、そうはならないと思いますよ。何でもあのマグロはレジャー施設完成まで長期保存をしておくと……祝いの時に解体ショーをするのだと料理人の岩材哲夫さんが言っていましたからね。流石にあなた達の夕食には出ないでしょうよ。私達が間違えてトラックまで運んだ時に、物凄い形相でいきなりトラック目がけて走ってきた岩材哲夫さんの反応からもわかるようにあの本マグロは恐らくは一千万円以上はする代物でしょうからね」


「へえ~、そのマグロを見て岩材哲夫さんがわざわざ走ってきたんですか」


「ええ、慌てふためきながら走ってきましたよ。そして凄く怒られました。この暑い日差しの中に冷凍されているマグロを持ち出すんじゃない。魚の質が落ちるだろう! とか言ってね」


「まあ、正論ですよね。お魚は鮮度が命ですから。そのままトラックで運んでいたら自然解凍されて一千万円以上はするというマグロが駄目になる所だったんですからね。でも面白いお話を聞かせてもらいました。沼川英二巡査、どうもありがとうございました」


「いえいえ、いいんですよ。俺もただ探偵さん達と話して息抜きをしたかっただけですから」


「息抜きですか」


「いえ、こっちの話です。ではそろそろ私はトラックの方に戻ります。出ないとあの赤城文子刑事という人がまたうるさいですからね」


 深い溜息を吐きながらそう言うと沼川英二巡査は、勘太郎と羊野にお辞儀をしながらその場を後にする。



 沼川英二巡査が立ち去った後、勘太郎は改めて酒蔵の倉庫の中をマジマジと見る。


 酒蔵の倉庫の中はとても暗く小さな窓しかないだけに中に入る日差しでしか中を確認することができなかったが、勘太郎と羊野はいつも持参してある小さなペンライトを照らしながらいくつも並んである大きな酒樽へと顔を近づける。


 温度が保たれているのか中は少し寒いくらいにひんやりとしていて、古風でレトロ感漂う建屋の中は倉庫というよりはまるで古い倉の中のような作りをしている。そんな昔ながらの雰囲気を味合わせてくれる感覚に浸りながら、勘太郎は大きな酒樽を一つ一つ見て回る。


「お、この酒樽は泡盛の焼酎だな。前に何かの事件の依頼で沖縄の人と一緒にお酒のことについて話した事があるが、沖縄の人は焼酎が好きだからな」


「へえ~、そうなんですか」


「ここの現地の人も皆気さくそうだしこの事件が終わったら観光がてらに一緒にお酒を飲めたら楽しいんだろうな」


「そうですわね。やはり帰りは、宮古島観光は楽しかったという記憶を残す為にもこの事件は何としてでも解決しないといけませんわね。せっかくここまで来たんですから私も観光は楽しみたいですからね」


「ならこんな事件は早く終わらせて、とっとと解決させようぜ。それで実際どうなんだ。ここには何かあるのか。現在今も行方不明の流山改造の行方やその彼を誘拐した犯人に繋がる痕跡なんかはあるのか」


「さあどうでしょうか。でも昨夜の二十二時二十分に流山改造さんはまだ生きていたことは那覇市内で土産物店をしている谷カツオさんがそう証言しています。つまり私達が二十二時三十分にこのペンションに帰って来るたったの十分で流山改造さんをどうにかしたと言うことです。そしてそんな事ができるのはこの同じペンション内にいる関係者でないとまずできない芸当です」


「と言うことはやはり、このペンションの内部や池間島を知り尽くしている岩材哲夫が一番怪しいとお前はにらんでいるのか」


「ええ、だからこそ岩材哲夫さんしか入れない厨房の中や酒蔵の倉庫の中を調べているんですよ。冷凍庫や酒蔵の中でなら多少の声は防げますからね」


「だが各部屋の宿泊客でも流山改造を自室に招き入れたら誰にも気づかれる事無く殺すことは可能だろ」


「確かにそうですが、昨日の夜に私達は一部屋づつこのペンション中の部屋を隈無く探したはずです。それなのに見つからなかったと言うことは、少なくとも流山改造さんはこのペンション内にある部屋の中で殺された訳ではないと言うことを示しています。もしも客室のどこかの部屋の中で殺されたのなら必ずその死体をどこかに隠さないといけない訳ですから死体とともに廊下に出てどこかに移動させるのはあまりにも時間がなさ過ぎると推察しますわ。それにあの客室では死体を隠す所もありませんしね」


「俺達がペンションに到着する前に客室で流山改造を殺し、その後誰かに見られるかも知れないリスクを抱えながらどこかに運ぶよりは、人がまず訪れない場所で殺してからその死体を外に出す隙ができるまで中に隠していた方がかなり安心な戦略だと言いたいんだな。だからお前は厨房の中にある冷凍庫の中と酒蔵の倉庫の中を怪しんだんだろ。だが先程の沼川英二巡査が言っていたように昨日の晩は冷凍庫の中も酒蔵の倉庫の中も調べたんだから犯人に繋がる物や流山改造の姿も何も見つける事はできなかったろ。それでもお前は岩材哲夫が怪しいと言うのか」


「ええ、まだしっかりとした確証や証拠はありませんが、私はそう考えています」


「そうか、だが岩材哲夫のアリバイを崩すのはかなり難しいと俺は思うんだけどな。昨日の夜は沖縄の海を守る会の会長でもある大島豪と二人で受付のカウンターや厨房にいたという証言を得ているからな。もしも岩材哲夫が犯人なら、商店街の皆さんやその近くにいる大島豪の目をかいくぐって俺たちの元や流山改造の所に行かなくてはいけないという事になる。でもその隙は岩材哲夫にはないよな。常に古い友人でもある大島豪が傍にいるんだからな」


 懸命になにか落ちてないかとペンライトで回りを照らしながら薄暗い通路を歩いていると一つの酒蔵の下で何か光る物を発見する。勘太郎はペンライトの光に反射をしたその小さな物体を手に取ると、眉間にしわを寄せながらそのある物を凝視する。


「こ、これは沖縄の海を守る会の会員でもある薬剤師の古谷みね子の名刺じゃないか。しかも半分に切られている、その片割れだ。そんな物がなんでこの酒蔵に落ちているんだ?」


「この古谷みね子さんの名刺を、手の力で汚く切り裂かれた片割れがもしかしたら流山改造さんのダイニングメッセージなのかも知れませんね。少なくとも流山改造さんはこれから起こるかも知れない自分の危機を敏感に察知していたのかも知れませんから。もしもの為に犯人に繋がる証拠をわざと犯人に襲われてる時にでもここに投げ捨てたのかも知れませんよ」


「もしその仮説が事実ならこの名刺には流山改造の指紋が残されていると言うことになるな。それは即ち」


「はい、流山改造さんは何らかの事情でこの酒蔵の倉庫の中に来たと言うことになります」


「もしもそうならこれは立派な証拠になるぞ。もしかしたらその片割れのもう一つの名刺の先に犯人がいるのかも知れない。いいやこの片割れの名刺に名前が書いてあるようにもしかしたら古谷みね子が犯人なのかも知れない。これは古谷みね子を調べた方が良さそうだな」


「この酒蔵で古谷みね子の名刺とはちょっと引っかかりますが、何かの繋がりがある事だけは確かなようです」


「なら行くか、古谷みね子の元へ!」


 その元気よく発した勘太郎の言葉に羊野は精巧に作ってある不気味な白い羊のマスクを脱ぎながらまるで困ったかのように小さく笑いかける。


「大変申し訳ありませんが黒鉄さん、私はちょっと寄る所がありますので、古谷みね子さんの元にはどうかお一人で行ってきてください。先ずは事情聴取をして色々と話を聞き出して来てください。あれだけの証拠で彼女が犯人かも知れないと断定するのはまだ時期尚早だと思いますから」


「用があるって、一体どこに行くんだよ!」


「フフフフ、それは秘密ですわ」


「お、お前、格好つけてなんだか意味ありげに出て行くのはいいけど、外に出る時はマスクの装着を忘れるなよ。お前は日の光に弱い体質なんだからさ!」


「ええ、わかっていますわ。ご心配ありがとう御座います」


 勘太郎の心配をよそに、美しくも妖艶に微笑みながら軽くウインクをする羊野は、白銀に光る綺麗な長い髪を揺らしながら倉庫の入り口の方へと歩いて行く。


 だがこの後また更なる事件の展開を見ることになろうとは今の勘太郎と羊野には知る由もなかった。

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