シーン12 帰った患者

しばらくしてハッと我に返ったナースが慌てて占い師に駆け寄り脈を測るが、その死を確信し、警官を見上げる。


引き金を引いたまま呆然と佇んでいた警官は腕をだらりと降ろす。占い師の遺体をじっと見つめる青年。

 

そこへナースの携帯電話が鳴る。


携帯電話の呼び出し音が無機質に鳴り響く。

放心状態のまま、電話に出るナース。


ナース もしもし…。ええ…。ええ…。え…?そう…。ですか…。わかりました…。ええ…。そのうち…。そのうちに…。


電話を切り、ぼんやりと警官を見るナース。


ナース お巡りさん…。


警官  なんですか‥。


ナース わたしが探していた患者さんは…。もうお帰りになったそうです…。


警官  お帰りになった…?


ナース ええ…。


警官  病院に…?


ナース そうですよ…。


警官  だって…。彼じゃないんですか…?


ナース はい…。


警官  彼じゃ…。ないんですか…?


ナース ええ…。


警官  ここにいらっしゃるどなたでも…。なかったんですか…?


ナース ここにいらっしゃるどなたでも…。ありませんでした…。


警官  そう…。ですか…。ここにいる誰でも…。なかったんですか…。


地面に崩れ落ち、項垂れて座り込む警官。その姿は先程までの警官よりも一気に何十歳も老け込んだ、くたびれた老人のようである。警官を見つめる青年とナース。


やがて青年が警官に呟くように語りかける。


青年  お巡りさん…。


警官 (俯いたまま)なんでしょうか…。


青年  あなたは今日もただ…。働いただけなんです…。


青年の声はまるで警官を救い鎮める鈴にように優しく透き通っており、しかしそれは同時に呪いのように警官の心を深く埋める。警官は顔を上げて青年にすがるようにその目を見つめる。


警官 そうです…。そうなんですよ…。私はね…。自分の仕事をしただけなんです…。私の役目をね…。果たしただけなんですよ…。


ナース(慰めるように)ええ…。


警官  これがわたしの役目だったんです…。これがわたしの…。仕事だったんですよ…。


ナース ええ…。お疲れでしょう…。


警官  疲れましたよ…。まんまとね…。憑かれてしまいました…。わたしは…。


ふと、ゆらりと空を見上げる青年。


青年  月が…。


警官とナースも空を見上げる。


警官  アア…。


ナース 満月ですね…。


彼らの姿を監視するがのごとく、煌々と輝くお月さま。


それに引き寄せられるように、静かにゆっくりと自らの頭に拳銃を突きつける警官。


ザァッと強い風の音と共に拳銃の引き金が引かれる。その瞬間、蝋燭の火が消えるようにふっと辺りは暗闇に覆われ、その場は静寂に包まれる。

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