シーン11 否定しないでください

警官  わかりましたよ…。状況を察するにね、あなたはこの方のお仕事はお金がかかるものだと知らなかった。そうなんでしょう?


青年  ええ…。


ふと、遠くの方から賑やかな縁日のような太鼓や笛の音が風に乗って小さく届く。青年だけがそれに気付き、なんとなく振り返る。


警官  わかりました。(占い師に)ならこうしませんか。今回は彼にお金をお返ししてあげましょう。ね、そうすれば彼も納得いくと思いますよ。


占い師 おかしいですよ、そんなの。わたくしはきっちりとお仕事をしたんですから。それで頂いたお金なんですよ。


少しずつこちらへ近付いてくる太鼓や笛の音。それに混じって、微かにおりんの音が響き始める。やはりそれも青年ひとりが気付いている様子。青年は必死に辺りを見回す。


警官  それもわかりますよ…。でも、彼はそれを知らなかった。ね、ですからここは、みんな円満にいきましょうよ。


占い師 わたくしはそんなの納得いきませんよ。だってわたくしは…。


警官  でもね、あなたさっき仰ってたでしょう。人に信じてもらえなければこれは意味がないと。ですからあなたも、赤の他人に信じてもらいたいのならそれなりのやり方があるんじゃないですか。


占い師 そんな…!酷いですよ…!


警官  占いなんてというわかりにくいものだからこそね、そのあたりのことは臨機応変に対応するべきだと私は思いますよ。


占い師 なぜそんな風に仰るんです?占いなんてわかりにくいものだなんて。占いを否定しないでください。


警官  いや…。別に占いを否定しているわけじゃなくてね…。私はあくまであなたの商売の話をしているわけで…。まあ、とにかく今回は彼にお金を返しましょう。それでおふたりとも水に流しましょうよ、ね。


すぐ側まで近付いている太鼓と笛、そしておりんの音が激しく混ざり合う。青年にだけ聞こえているそれは、辺りを包んで大きく鳴り響いていく。


その音に耐えきれなくなった青年は耳を抑えてその場に膝から崩れ落ちる。


占い師 そんなの納得いきませんよ…!これは真っ当な報酬なんです。わたくしはきちんと、自分のお務めを果たしているんです。騙したりなんかしていませんよ…!


警官  それはわかりましたよ。でもね…。


占い師 もう疑わないでください…!わたくしを、否定しないでください…!


警官  ちょっと、あなた。落ち着いて…。


占い師 わたくしを…!否定しないで…!


占い師は懐からドスを取り出して鞘から抜く。


警官  ちょっと…!


占い師 アァァァァ…!


取り乱しながら青年に斬りかかろうとする占い師。青年は耳を抑えたまま占い師の様子に気付かずその場から動けない。激しく早まるおりんの音。


警官 危ない…!!!


警官は咄嗟に拳銃を発砲してしまう。

その弾は占い師の胸に命中する。


太鼓、笛、おりん、その全ての音が消え去り、まるで刻が止まったかのようにその場が静まり返る。


弾を受け止めた占い師は目を見開き、その大きな衝撃に揺れる。青年もそれを目撃する。


占い師のそれはまるで、美しい舞いのように。蕾が花開くその瞬間のように。


占い師の身体は静かに落ちていく。その身体が地面に触れる瞬間、辺りに散り落ちていた桜の花びらが大きく舞い上がる。


占い師の目はゆっくりと閉じていく。一同はその一連の風景に目を奪われたまま、呆然とその場に立ち尽くす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る