シーン8 病気の証拠

占い師から押し付けられた小瓶を、眉をひそめて怪訝そうに見つめる青年。


占い師 特別ですよ。


青年  いや…。こんなのいりませんよ…。


占い師 ああ…。やっぱりね…。


青年  そりゃそうでしょう…。だって…。


占い師(遮って)そうなんですよ。本当に必要な方ほどそんな風にね、こんなのいらないって仰るんです。それがご病気の証拠なんですわ。


青年  病気…!?僕がですか…?


占い師 大丈夫。どうか気を落とさず、前向きにね。いつかは治るものですから。


青年  ちょっと待ってください…。僕は病気なんかじゃないですよ…。


占い師 ほら。それですよ、それ。ご病気の方ほど、ご自分のことを病気なんかじゃないと思っていたりするんです。


青年  勘弁してくださいよ…。とにかく、こんなのけっこうですから…。お返しします…。


占い師 いいんですよ。サービスですから、どうか遠慮なさらず。あなたの良き運命とご健康をお祈りしますわ。


青年  いや…。別に遠慮なんかじゃありませんよ…。


占い師 では、どうかお大事に。


占い師が去ろうとしたところ、ナースがトボトボと歩いて引き返してくる。彼女に気付いた占い師はさっと近寄っていく。


占い師 もしもし、あなた。


ナース はい…?何か…。


占い師 お引き留めしてごめんなさいね。あなた今、何かお困りなんじゃありません?


ナース そうなんです…!よくご存知で…。


占い師 ふふ。わたくし占いをやっている者でしてね。お顔を見るだけでそういうことがわかってしまうんですのよ。


ナース まあ。すごいですねえ。


青年 (占い師に)いや、ちょっと…。あなた…。


ナース あら。あなた、さっきの…。


占い師 あらまあ。おふたり、お知り合いでしたの?


ナース ええ、まあ…。(青年に)探し物、見つかりました?


青年  いえ、まだです…。それよりあなたね…。


占い師 わたくし?


青年  そうですよ…。あなた、またさっきと同じやりかたで占いをするおつもりでしょう…?


占い師 それが何か?


青年  そういうのはどうかと僕は思いますよ…。


占い師 なぜ?この方お困りのようでしょう。(ナースに)ねえ、あなた。お困りなんでしょう?


ナース ええ…。まあ…。


青年  ですからね、そんな風に困っている人に声をかけて占いをするなんていうのは、僕はどうかと思いますよ…。


占い師 まあ、ひどい。その仰り方じゃ、まるでわたくしがあなたを騙したように聞こえるじゃないですか。


ナース(青年に)あなた、騙されたんですか?


占い師(笑顔でナースに)騙してなんかいませんよ。(青年に)ほら。あなたがそんな風に仰るものだからこの方、びっくりされているじゃないですか。


青年  騙されたとまでは言いませんけどね…。でもそんなものでしょう、あれは…。


占い師 ま、なんて失礼なんでしょう…!わたくしはあなたをきちんと占ったじゃないですか。


青年  だって、何も教えてくれなかったじゃないですか…。


占い師 わたくしはあなたに、お身体にお気を付けなさいとお教えしましたよ。探し物についてもね。きちんとお答えしたはずよ。


青年  でも、お金だって…。


占い師 わたくしはあなたをきちんと占いましたし、特別サービスまでしたんですよ。それなのにこんな言いがかり酷いわ。


青年  いや…。だって僕は知らなかったんですよ…。なにも…。


占い師 あなたが何もお聞きにならなかったんでしょう。ご自分の至らなさを棚に上げて、人聞きの悪いことを仰らないでくださいな。


ナース あのう…。わたし急いでおりますので…。


占い師(看護師に)あらあ、ごめんなさいねえ。この方、ご病気なんですのよ。


ナース 病気…?

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