第32話 モンスターがいなくなった……

「モンスターがいなくなった……」


 ここはインスタントピラーの99階。

 86階で紬のレベルを一つ上げ、彼女が魔曲「ワンタイムスクリーン」を習得した。

 そこからは以前のように疲労することがなくなる。

 俺が後ろに攻撃を逃がさないようにすりゃいいだけだからな。大型のドラゴンのブレスとかいう範囲攻撃だけはどうしようもなかったけど……。

 適したフロアはないか、適したフロアはないかと進んでいるうちに98階で素晴らしいモンスタースキルを吸収したのだ。

 そして、99階に至る。

 これだと思ったね。鉄壁の金属光沢を持つロボットのようなドラゴンがわんさかいたんだよね。

 レーザーみたいなブレスと爪から出る衝撃波、と当たれば一発で腕が吹き飛ぶ。

 が、範囲攻撃もなく、状態異常も行ってこない。

 動きも98階の敵より遅いくらいで、その分、硬すぎてナイフじゃ傷一つつかない防御力を持つ。

 タフさが売りのモンスターで、群れで出てくると厄介な事この上ないのだが、俺にとってはボーナスモンスターだ。

 都合の良いことに99階は壁一つないモンスターハウスだったものだから、嬉々として狩りまくった。

 動く影がなくなり、しばらく待っているとまた出てくるので即狩る。これを繰り返し続けていたらついにロボット風ドラゴンが出て来なくなってしまったのだ。

 

「いいじゃなイ。ピラーに挑んでから二年だけど。今日だけでもうそれ以上経験値が入ったヨ」

「まだまだ……せっかくのチャンス」

「蓮夜くんに寄生しているだけになっちゃってるから、ちょっと……なんだ」

「俺の為でもあるんだって。それにここに来るまで紬がいなかったら死んでた」


 恐るべし状態異常と速すぎる敵。

 75階前後と82階だったかな。彼女の魔曲が無かったら出会いがしらの攻撃でそのままやられてたと思う。

 俺。よく原初の塔・死の300階まで生き残れたよな。

 

「既に日本最高記録と同じ階まで来ているんだ。少しゆっくりしてもいいんじゃないかな。まだ日下さんたちもここまで到達していない」

「そうか。じゃあ。しばらく待ってみようか」

「まだ狩る気だね。しかし、君の気持ちも分かる。この階ほど『丁度いい階』はこれまでなかったからね」

「そうなんだよなあ。とりあえず。少し休もう。ステータスのチェックでもしよう」


 大胆にもどかっとその場に座り込む。

 紬も俺の動きに合わせてペタンと床にお尻を付けた。

 

『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:42

 力:3660

 敏捷:2540

 知性:1970

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:エイミング、恐怖耐性(大)、毒・麻痺・睡眠耐性(大)、真・隠遁、キャンプ』

 

「モンスタースキルの保持数は増えてないなあ」

「蓮夜くんはレベルがいくつになったの?」

「42かな? 紬は?」

「84まで上がったよ。蓮夜くんはレベルの上りが遅いんだね」

「人と比べたことがないから、よくわからないな」

「私がパーティを組んだことのある人は、だいたい私と同じくらいだったヨ」

「そうなんだ。俺は別にレベルの高さが重要なわけじゃないから気にしてなかった」

「あはは。確かにそうだネ」


 つられて笑うとぐううと盛大に腹が悲鳴を上げる。

 そういや、何も食べてなかったな。

 長丁場になることを想定しているので大き目のリュックに飲み物と携帯食糧を詰め込んでいるのだ。

 リュックは……あれ。

 

「蓮夜。モンスターとの連戦で忘れてしまったのかい。それとも頭がスポンジになったのかもしれない。嘆かわしい」

「待て待て。いくら俺でも覚えている。あと、芸が細かいな。その影」

「そうかい。喜んでくれたら僕も嬉しいよ」

「褒めてないし、喜んでもないからな」


 俺と浅岡のやり取りに紬がバンバン床を叩いて声を出して笑う。

 全く。冗談で忘れたフリをしただけだってのに。失礼しちゃうわね、ほんと。

 

「発動 キャンプ」


 声に呼応し、プレハブ住宅のような安っぽい引戸が出現する。

 ガラリと引戸を開けたら一畳くらいの倉庫となっていた。天井も低く、凡そ1.5メートルくらいだろうか。

 窓はないが天井がぼんやりと光を放っている。

 そこに迷彩柄のリュックだけがぽつんと置かれていた。

 リュックを拾い上げ、引戸を閉める。すると引戸はまるで最初からそこになかったのように消えた。


「便利だよね。そのスキル」

「うん。狭いのが難点だけど中に入って休むこともできるし。空間魔法……があるのかしらないけど、謎空間が開く」


 二度目となるので紬も慣れたものだ。キャンプスキルを吸収して、頭に浮かんだ使い方に驚愕したよ。

 異次元空間を開くことができるってスキルだったんだから。

 スキルを発動すれば引戸が出てきて、どこにいても一畳ほどの倉庫に繋がる。

 中に入って閉じてしまえば、外との繋がりを完全に絶つことができるし、引戸を開くと元々いた場所に出ることができるのだ。

 

 リュックからペットボトルを取り出したところで紬の薄い眉がぴくりと動く。


「この感じ……兄さんだ。風花さんのパーティが階段を登っているよ」

「マジか。発動 キャンプ」


 急ぎ引戸を開き、出したばかりのペットボトルと携帯食糧を中に投げ込み、紬がリュックを掴む。


「これで全部かな?」

「うん。残したものはない。食事は一旦お預けにして隠遁を使う。うお」


 真・隠遁を使おうとしたら彼女に腕を掴まれぐいっと引っ張られる。

 あ、確かに。謎空間の中に入れば完璧に身を隠すことができるよな。


「きゃ」

「うお」


 天井の低さに慌てて身をかがめた彼女がバランスを崩し、手を掴んでいた俺ごと前に倒れ込む。

 後ろから彼女に覆いかぶさるようになってしまったが、日下パーティが迫っているため、急ぎ足で引戸を閉める。

 

「いたた」

「すぐどくから、動かないでくれよ」

「うんー」

「こら!」

 

 立とうとしたら膝を曲げて俺の足に引っかけてこられた。

 それで後ろに反ってしまい、ごつんと頭を壁にぶつける。


「ぐう」

「ごめんごめん。ほんの冗談のつもりだったの」

「狭いからちょっと動くとこうなる。気を付けてくれ」

「はあい。ほら、引戸の窓から外を見ようヨ」

「見よう見よう」


 謎空間には窓がない。しかし、引戸は半分くらいの面積がマジックミラーのようになっていて中から外を見ることができるんだ。

 しかし、外から中を見ることはできない。なので、マジックミラーというわけさ。

 

 間もなくして日下パーティが99階にやって来る。

 何かあった時にと思って下り階段の傍で戦っていたんだよな。危ない危ない。夢中になっている最中だったら、完全に姿を見られていたかもしれない。

 顔を隠している俺よりも紬のことを見られたら日下風花の協力が台無しになってしまう。

 彼女が自分のパーティにだけ紬のことを伝えてはいないはず。彼女のことを伝えたら、二人でピラーを登っていることも伝えなきゃならなくなるものな。

 じゃあもう一人って誰って話になってまずいことになる。

 

「っち。モンスターハウスか」

「どうも様子がおかしいです。一体……」


 ツンツン頭の京介が舌打ちするも、糸目の青年がすぐさま異常を察し身構える。


「索敵するわ」


 日下風花が切れ長の目を閉じ集中状態に入った。


「怪しまれてるかも」

「そらまあ。おかしいわな。モンスターの湧きが止まるなんてさ。酷い話だよ」

「浅岡くんの言うように頭がスポンジになっちゃったのカナ?」

「え。えええ」

「声が大きいヨ」

「大丈夫、こっちから外には音が漏れない」


 ちゃんと紬と検証したからな。

 更に言うと、紬が謎空間に入った状態で外で俺がモンスターを倒しても経験値が入らないことも分かった。

 そのうち上の階に行くだろうから、しばらく待つとしようかな。

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