第31話 ゴーグルスタイル
「交換。交換。ほら」
「いっそもう取っちゃっていいんじゃない? 紬の音感知で誰か来たら分かるんだよな?」
「分かるけどお。ガチンコ中だったら動けないじゃない」
「紬さんの言う通りだな」
きゃっきゃとご機嫌な紬に浅岡の影も乗っかる。
54階に突入したところでウサギマスクが被弾して破けちゃったんだよね。それで、いっそもう投げ捨ててやろうかと思ったのだが、二人から否定されてしまった。
ウサギマスクの予備はもちろん持っている。3つも。
頑丈なものではないし、モンスターの攻撃が掠るだけであっさりと破ける。
インスタントピラーに挑むたびに慎重していたんだよね。浅岡が、予備も含めて。
仕方ない。おにゅーのウサギマスクに切り替えるとするか。慣れてきたけど、マスクを装着すると視界が悪くなるんだよな。
ポン。
その時、紬が俺の手に帽子? をのせてきた。
ポイっとウサギマスクを地面に投げ捨て、彼女が乗せた帽子をしげしげと見つめる。
その帽子の色はグレー。鍔がなく、耳当てがだらんと長くのびていた。
「パイロットキャップという帽子だよ。耳の長いのを選んだのダ。ウサギの耳みたいに見えない?」
「確かに言われてみれば……」
「それと、これ」
「ゴーグル?」
「そうこれは飛行用ゴーグルをファッション用にしたものなの。ちゃんと顔が隠れるヨ」
「鼻から下は見えるけど、まあいいか」
「気にするならこれだー」
「頭巾?」
「もしくはこれ。でも、可愛くないヨ」
グレーの布に加え、出てきたのは……防塵マスク。
左右に円形のキャップみたいなのがあって鼻から口まで全て覆う感じだ。
しっかり固定する紐も付属しているから激しく動いてもズレてこなさそうではある。
怪し過ぎる……。
「浅岡。どう思う?」
「いっそもうゴーグルだけでいいんじゃない?」
「人がゾロゾロ居そうなときは防塵マスクを装着する感じでいいかな」
「そうだね。この場は遭遇したとしても4人。日下さんのパーティなら彼女が誤魔化してくれるだろうし、バックアップパーティに出会いそうなことがあれば警戒すればいいかな」
「分かった」
防塵マスクを懐に仕舞い込み、
「めっちゃ快適じゃないか。視界良好。さよなら、ウサギマスク」
視界良好なうえに口元を覆うものがないので呼吸も快適だぜ。素晴らしい。
動いてもズレないし。これなら素顔で戦う時とそん色なくいけそうだな。
「なかなか似合ってるヨ」
「ありがとう。紬」
「いいってことよお」
「また何かお礼をするよ」
両の拳を打ち付け前を向く。
さあ、来やがったぞ。モンスターが。
◇◇◇
「紬。一旦休憩しよう」
「さっきも休憩したところだヨ」
肩で息をする彼女に「まあ座れ」と促す。
小部屋の角で壁に背中を預け座った紬に背を向け、立ちふさがる。
「スキルを使うとかなり疲れるんだな」
「さすがの紬ちゃんでも80階を過ぎると消耗しちゃうヨ」
「同じ魔曲なのに疲労度が変わるものなの?」
「ソニックスクリーンとか静寂を願う夜想曲は威力をあげないと、なのだよ」
「ええと、MPをより多くつぎ込んで魔曲の性能アップをする感じ?」
「そそ。蓮夜くんに護ってもらっているけど一撃喰らって即死じゃ、ダメでしょー。夜想曲もどんどんモンスターの抵抗力があがるから」
「今は何階だっけ……」
ついっと浅岡の影へ目を向けると、すぐに彼から回答が返って来た。
「88階だね。紬さんの最高到達階まであと一つかな」
50階から70階まで休憩なしで進み、次に休憩を入れたのが80階。
80階を過ぎてから休憩を入れるのはこれで三回目か。
「ソニックスクリーンみたいに防御の壁を維持するのじゃなくて、一撃で弾け飛んでもいいから敵の攻撃の威力に関わらず無効化できるような魔曲ってないのかな?」
「『作れば』なんとかできるヨ」
「それなら消耗をおさえることはできるかな?」
「うん。だけど、小石一つとぶつかっただけで消えちゃうんじゃないかな。ソニックスクリーンなら防御力を調整できるんだヨ」
「毎回鉄壁の壁を作っていると消耗が激しいだろ。だったらいっそ、張り直すことを前提にしたらどうかなって」
「その方がいいかもだネ。魔曲はインターバルが必要なの。蓮夜くんならだいたいのインターバル間隔を分かっているよね」
「1~2秒くらいだよな。ソニックスクリーンはリュートを奏でないけど同じ?」
「そうだヨ」
「すぐにその新曲は作成できそう?」
「一つレベルがあがれば『入れ替え』できるの。使ってない魔曲もあるから、今まで使った魔曲は問題ないよ」
「分かった」
内心、かなり驚いている。
魔曲って自分の思っているものを「作る」ことができるなんて。
確か彼女は10の魔曲を使うことができるって言ってた。すげえな。俺はモンスタースキルを5つまでストックできる。
彼女の方が俺より使用できるスキル数が多い。
一撃で消える壁を作ることができるようになっても根本的な解決にはならない。
85階を越えた辺りから紬はモンスターの動きについていけなくなっている。そのため、壁を張るにしても必要以上に「厚く」しているんじゃないかって。
86階からは戦闘をサポートしてくれる魔曲をかけてくれることもなくなった。
これが探索者にとっての「壁」と言う奴なのだろう。
どこかの階層でモンスターのステータスに追いつけなくなってくる。
レベルが上がるとステータスアップの大きいスキルを持つ人ほど上の階まで登ることができるってわけだ。
レベルはなかなか上がらないので、限界点を迎えてからは1階層登るだけでも相当経験を積まなきゃいけなくなる。
それだけじゃない。
モンスターの防御力も青天井で上昇していく。ステータスが追いついていても敵の装甲を貫くことができない者もいるだろう。
俺の場合はフェイタルポイントを突けば防御無視かつ一撃必殺なので攻撃に関しては心配しなくていい。
敵のスピードにさえ追いつけば、倒すことができる。状態異常は別として。
「アリだな。このインスタントピラーは爬虫類系」
「なるほどね。堅実で良い手だと思うよ」
茶色い壁を見やりうそぶく俺に浅岡の影が相槌を打つ。
「何々?」
「俺も紬もここらで一皮むけようって思ってさ」
ぐっと親指を立て、姿を現した巨大な亀のようなモンスターの左目をナイフで射貫く。
すぐに亀は光の粒となって消えた。
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