第15話 富士樹海攻略

「ウサギのマスク……ウサギなのに可愛くない。でも、それが可愛い……」


 父のパーティの紅一点のフルフェイスにそんなことを言われてしまった。

 君も大概だぞ。そのフルフェイス、かなりいかつい。

 被ってて良かったウサギのマスク。

 無事、インスタントピラーから抜け出せた後、父に俺のことを告白するかもしれない。だけど、今じゃない。

 よかった……。

 

「で、では、行ってきます」

「全く、最後が締まらないのは君らしい」


 絶対、浅岡のやつ大笑いしているぞ。

 影には口も目もないから笑うこともできないのがまだ救いか。

 ん、なんで俺の傍でふよふよと浮かんでいるんだ?

 父の前だから、これ以上声を聞かれたくない。

 そんなわけでおもむろにスマートフォンをタップする。

 

『影はここで父さんを見張っててもらえるか?』

『この人数なら問題ないと思うけど?』

『まだ安心できない』

『状況を伝えることはできるけど、僕の影じゃ何もできないよ』

『影は「良く見える」んだろ? カメラのような「目」を持っているって』

『高いところから見渡すこともできるね。まあ、見ておくよ』

『頼む』


 遠足は自宅に帰るまで、だぞ。

 フルフェイスを庇った父が負傷しそうなところを救うことはできた。

 十中八、九、父の死の運命を回避できたと思っている。だけど、安心するにはまだ早い。

 50階からなら、55階まで登りボスを倒してクリアするのが外に出るまで最速だ。

 誰かがボスを倒すと、クリアとなり、中にいる人たちもまとめてピラーの入口があったところにまで飛ばされる。

 父も怪我人も他の人たちも全員無事に脱出させること。

 過去に戻ってきたのか、前回が夢だったのかどちらなのか未だ分からないけど、この8日間は今日この日のために必死で打ち込んだ。

 安心したところを、というのも良くある話……。

 ギュッと拳を握りしめ登り階段へと向かう。

 

 ◇◇◇ 

 

 富士樹海のインスタントピラーは獣系モンスターが出現する。

 死霊系モンスターじゃなくて良かったよ。死霊系は低層階のモンスターでも隠遁が有効じゃないんだよね。

 もっとも、隠遁を吸収したのも死霊系であるのだが……。

 さて、ようやく55階だ。51階以降は昨日と作りが同じだったので、最短距離でここまで来ることができた。

 全て浅岡の指示である。

 彼に父のことを見てもらうようにお願いしている中、道案内まで頼んでしまった。

 

「行くか」


 言葉を発したことにより隠遁が解除される。

 55階のボスは姿だけ確認しすぐに退散しているが、俺の場所を即特定してきた。

 もう少しボスの様子を探りたかったけど、戦闘に入ると逃げるのが難しそうだったんだよな。

 ボスが真っ直ぐに俺へ向かってきた速度からして、俺の全力より速い。

 

「……ステータス」


『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:25

 力:1560

 敏捷:940

 知性:620

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:エイミング、恐怖耐性(大)、忍び足、隠遁、ブーメラン』

 

 焦る時ほど慎重に。だったよな。浅岡。

 自分の戦力を分析し、何ができるのかをちゃんと確認する。特に俺の場合はモンスターのスキルがコロコロ変わる。

 今のところストックできるスキルは5つ。全てロックをかけて入れ替わらないようにしているのだけど、ボスから吸収できるスキルは惜しい。

 ……それが慢心だってんだよ!

 自分に喝を入れつつも、ブーメランのスキルロックを解除する。

 

 発声したことで忍び足も解け、階段を登る靴音が響く。

 

『グルルルル』

「うお!」


 55階に足を踏み入れるや白銀の狼が踊りかかって来た。

 間一髪、地面を転がり回避し、転がる勢いで立ち上がる。


「入口のところで待機しているなんて初めてだよ!」


 愚痴っても白銀の狼の追撃の前脚の爪が胸を掠めた。

 巨体だってのになんて俊敏性なんだよ。狼の体躯は全長およそ8メートル。

 絵画に描かれるような美しい銀色の毛並と精悍な顔。

 歴戦の勇者と共に描かれればさぞ絵になることだろう。有償含め公開されているモンスター情報は50階までだったので、狼の正式名称は不明。

 浅岡が「フェンリル(仮)」と呼んでいたな。


「っつ」 

 

 流れるような爪と牙の連撃を後ろに下がり回避する。息もつかせぬ勢いにこちらから何もできないでいる。

 そして、不味いことに、フェイタルポイントが「見えない」!

 背中、頭、脚、顔……どこにもないのだ。

 落ち着け、フェイタルポイントが無いモンスターはいない。

 見えてないところに必ずフェイタルポイントがあるはずだ。

 

 大きく口を開けて噛みつこうとしてきたフェンリルの口の中に向かってナイフを投げる。

 奴の口が閉じ、一噛するとナイフがぐにゃりとなって吐き出されたきた。

 連撃を凌がれたことでフェンリルも別の手を考えてきた様子。奴は大きく息を吸い込み、牙が並ぶ大きな口を開く。

 

『グルウウウアアアア』

『恐怖耐性(大)でレジストしました』 

 

 チャンス!

 置いておいてよかった恐怖耐性(大)!

 獣系のモンスターは咆哮でこちらの身を竦めてくるモンスターが多くてね。フェンリルも例外じゃなかったらしい。

 そう、咆哮している間は無防備になる。

 その隙に距離を取り、指の間に挟み込めるだけ挟み込んだ投げナイフを一気に投擲!

 

『スキル「エイミング」を発動しました』


 デタラメな奇跡を描く投げナイフがぐぐぐっと方向を変え、フェンリルの顔、胸、前脚、後ろ脚、背中とそれぞれの箇所に向かう。

 しかし、投げナイフは全てフェンリルの分厚い白銀の毛皮に弾かれカランと音を立て床に転がった。 

 怒り心頭のフェンリルがひときわ大きく吠え、駆けるではなく跳躍する。

 俺の身長以上の高さにまで跳躍したフェンリルの体がここから良く見えた。

 あったぞ、フェイタルポイント!

 左後ろ脚の付け根だ。奴を怒らせた甲斐があったぜ。

 っと、このままじゃやばい。

 フェンリルの着地地点は俺の体。

 このまま座して見ているわけにはいかず、右手に横っ飛びで転がり紙一重で躱す。

 

 地面に伏せた状態になっている俺に対し、フェンリルが迫り前脚を振り下ろした。


「ぐうう……」


 速度的に上回るフェンリルの前脚を躱すことができず、背中に乗った前脚が物凄い勢いで踏みつけてくる。

 腹から空気が抜け、肋骨が軋む。

 このまま踏みつけられるのかと思ったが、とどめを刺そうとしたのか背中から圧が消えた。

 ゴロリと背中を床の位置に入れ替え、寝ころんだままであるが前を向く。

 手首の力だけで投げナイフを投擲するが、迫る奴の鋭い牙。

 俺の頭をそのまま頂こうって腹か。

 

『スキル「エイミング」を発動しました』

 

 しかし奴の牙は俺に届くことなく、光の粒となって消えて行った。

 

『吸収条件を満たしました』

『力アップ、敏捷アップ、知性アップ、スキル「警戒」獲得』 

 

 いつもの脳内メッセージが流れる中、よろりと立ち上がり、口についた血を拭う。

 

「危なかった……フェイタルポイントの位置によってはかなり苦戦する……50階で吸収した分があったから即死せずにすんだな……」


 ちょうど出現した扉を開け、外に出る俺であった。 

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