第14話 やっちまった
「感謝する。しかし、使い魔? のみなのか?」
声を出すと隠遁が解けてしまうんだよな。ついでに忍び足も。
確か50階のモンスターは熱感知を持った蛇の尾を持つライオンと羊頭――キマイラがいたはず。
隠遁が効果を発揮しないモンスターであるが、有効な敵も半分くらいいる。姿を現わさない方が楽に狩れる。
何だ? 知った風な口をって?
さっきも自分が体験したことを心の中で呟いていただろ? 「そんな階層はなかったはず」って。
浅岡が言ってたじゃないか。なるべく高い階層に挑戦しなきゃと希望する俺に「必要はないからモンスタースキルの確保を優先していい」と。
影兎は単独で富士樹海のインスタントピラーに挑戦できることになった。
覚えているか? 俺たちは火曜日に富士樹海に到着し、今日は水曜日ってことを。
エントリーが既にできているので、何も水曜日からインスタントピラーに挑戦する必要なんてない。
そう、火曜日に一度俺と浅岡の影は富士樹海のインスタントピラーに来ている。55階が最上階だってことも調査済みだ。
つまり……俺は54階までのモンスターを既に吸収しこの場に立っている。
浅岡がより高いインスタントピラーに挑むよりモンスタースキルを優先しようと提案したのも、影兎が「単独で富士樹海のインスタントピラーに挑める資格」を得たからだった。
単独で挑めるということはいつ挑んでもいいってわけさ。
懐から二本の投げナイフを取り出し、右手、左手の順に投擲する。
『スキル「エイミング」を発動しました』
二体のモンスターが光の粒と化していく間に全長七メートルほどの黒豹と二本首の犬のフェイタルポイントつく。
感知能力のないモンスターなら隠遁は無敵だぜ!
と油断をしていると、確か60階を過ぎたあたりからまるで効果がなくなったな……。
更に二本の投げナイフで二体を仕留め、舞うように左右に持つダガーを振るう。
三体目、四体目、五体目……都合二十体のモンスターを仕留めたところで、辺りにモンスターの気配が無くなった。
これにて討伐完了。
「すげえ……あっという間じゃないか……」
「ソロ……だよな、有り得ねえ」
「青い宝石が消えた……そこに誰かいるのか」
「姿を隠すスキル持ち、いや、魔法持ちかもしれねえな」
「すごい! 影兎の人、こんなに強かったんだ。30階くらい余裕だわ……」
父以外の四人が何やら俺のことについて喋っていた。
聞こえない、聞こえない。
一方で父は神妙な顔で深々と頭を下げる。
「姿は見えぬ影兎の人。義理がないことは理解している。だが、お願いしたい」
「つまり……全て倒してしまってもいいのでしょうか」
浅岡の影。それはちょっと気障過ぎないか。
俺がそういう奴だと勘違いされてしまうだろ。
一瞬ポカンとした父だったが、苦笑し帽子を取って頭を下げる仕草をした。
彼なりの返礼だろう。全く、普段はだらしない人なのにこういう時は様になるのだから変な笑いが出そうになる。
笑ったら姿が見えてしまうので我慢だ。
「ついて来てください。見えずとも、光の粒があなたたちに道を示すでしょう」
ノリノリだな、浅岡……。
喋ることができたら即座に否定してやるってのに。あいつ、この状況を楽しんでいやがる。
怒るつもりはない。むしろ、感謝の気持ちで一杯だ。彼がいてくれたから、こうして父の危機を回避することができたのだから。
壁沿いに進めば他のパーティと出会う可能性が高い……たぶん。
というわけでモンスターを薙ぎ倒しながら、直進する。歩みは止めない。時間との勝負だからな。
モンスターを全滅させたとしても一定時間経過するとどこからともなく新たなモンスターが出現したりするのだ。
光の粒となったモンスターが再び出て来る……のか?
だったら俺に吸収された場合はどうなる? 答えは出て来る。なので、光が再びモンスターになるわけじゃあない。
……よくわからなくなってきた。ピラーの七不思議ってことで。そもそも、モンスターが光の粒になったり、壁が消えたりなんて普通有り得ない。
考えるだけ無駄なのである。
『スキル「エイミング」を発動しました』
逃がさねえ。離れた敵も投げナイフで一発だぜ。
打ち漏らしもしない。俺をすり抜けて後ろの父のパーティに怪我をさせたくない。
一匹や二匹でどうにかなるようなパーティじゃないけどね。
自分が手を出すのなら、父の危険を限りなく排除したい、ただそれだけ。俺のエゴであることは分かってるよ。
だけど、どれだけ俺が父の無事を願ったか。その想いをくんでくれ。
『吸収条件を満たしました』
モンスターが光の粒となり、ひっきりなしに脳内メッセージが流れる。
メッセージをOFFにする機能があったりしないのかな。気が散って仕方ない。
っつ。
キマイラ二体か。
この場じゃなければ、問題ないのだけど掠っただけでも隠遁が解けてしまう。今はまだ姿を見せない方がいいからな。
キマイラの尾を形成している蛇が俺の位置を正確に把握してくる。
すると、ライオンも羊の頭にも瞬時に俺の位置が伝わるのだ。
大きく距離をとってキマイラの爪を回避しつつ、跳躍しフェイタルポイントであるヤギの額を突き刺す。
うお。
もう一方のキマイラの蛇の牙がかすりそうになってしまった。
ヒヤヒヤしつつ、もう一体を仕留める。
「お、いたぞ!」
パーティがお互いに呼び合う中、間に挟まるモンスターを全て排除していく。
合流したのは休息パーティだったらしく、壁際で一人がぐったりしていて、もう一人が右脚を骨折しているようだった。
「ありがとう、助かったぜ……」
「俺たちじゃないさ。モンスターが次々と光になっていただろ。救世主が救いの手を差し伸べてくれたってわけさ」
「攻撃している様子がなかったのはそういうことか。姿が見えないようだが、そういう魔法か」
「分からん。詮索すべきじゃない。善意で助けてもらっているのだからな」
「言わずとも、すまなかった。見えぬ人」
父と会話していた休息パーティのリーダーがあらぬ方向に頭を下げる。
そっちにはいないのだけど、見えないのだから仕方ない。
もう一歩遅かったら、死者が出ていたかもしれない状況にホッと胸を撫でおろす。
前回に父をピラーで失った経験を持つ俺にとって、人がピラーで亡くなることは他人事ではない。
父だけでなく、死者が出る運命を変えることができたのはこの上なく嬉しいことだ。
この場は怪我人を8人で防衛してもらうことにしてもらい、俺は残った戦闘パーティを探しに向かう。
モンスターと激しい消耗戦をしていた彼らを発見し、無事全パーティが合流を果たす。
戦闘パーティも一人がアバラを二、三本やっていたらしくよくまともに戦うことができていたなと感心する。
「無事、全員生きたまま合流を果たすことができた。影兎の人、重ね重ねお礼申し上げる」
「怪我を癒す探索者はいますか?」
ふわふわと浮かんだままの二頭身の影が父にそう尋ねた。
「回復魔法持ちはいるが、生憎そこで」
「そうですか。12人でここを防衛するとしてどれくらい粘れますか?」
「変なことを聞く。このメンバーなら入れ替わりで戦えば、食事をとりながら戦闘継続可能だ」
「分かりました。そこで待っていてください」
「ま、まさか……」
「自然と外に導かれますよ」
またしても気障ったらしいセリフを吐く二頭身の影こと中の人浅岡に呆れるばかり。
「たった二人でクリアするつもりか。恩人に対し失礼だが、敢えて言わせて欲しい。勝算はあるのか?」
「え、えええ。クリアするの?」
し、しまったあああ!
つい、声を出してしまった。
発音したことで父の前に姿を現す俺。
※マンティコアをキマイラに修正しました!
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