第15話 転生者

目の前には普段では飲まないであろう高そうな紅茶。

ただ、本来なら楽しむべきその香りも感じるはずの温もりも全く感じることができない。


ミレさんからの一言に私は目を見開いてしまう、思ってもいなかったと言えば嘘になるけどまさかミレさんから先に聞かれるとは。

空気が緊張する、一言も発せない。

マズイとは思ってるし、こう聞かれたときにこう答えようとかは想定してたけど直球な質問に咄嗟に返す言葉を用意していなかった。

「さっきの続き、また少し、私の話をしようか」

するとミレさんは私から回答を得る前に話を始めた。

それと同時に緊張した空気が緩和されたように感じる。

「私が生まれたのはエルフ族が統治する大陸、その中心にある大貴族の家、そこの4番目の子供だった」

ミレさんはティーカップを手に一口流し込み、カップを戻した。

その仕草はとても流麗だ。

何度かお茶はしているはずなのに当たり前にやっているからなのか気づかなかったがカップを持つとき、置くとき、一切の音がしない。

「エルフは長命だからなのか、それとも子を産む際に女性が大量の魔力を消費してしまうからなのか、一人の成人女性に対して一人の子が出来ればいい方なんだ」

そうなんだ、そうなると私は一人っ子かな、母には無理させたくないし、勿論このままでいいと思う。

「あぁ、ごめん、エルフ同士の場合は、かな。ハーフエルフはとても少ないけど兄弟姉妹がいる家庭を見たこともあるからきっと大丈夫だよ」

私の顔を見てそう話すミレさん。

「すみません、そんな顔に出ていましたか」

ミレさんは笑顔で頷くと話を続ける。

「4番目の子供、それは父一人に対して女性が最低でも4人はいるということ。私が国を去るときにはもう少し増えていたかな、ミーネの父親、私の弟にあたる者も生まれているしね」

少し悲しい感情が見えた気がする。

「エルフの貴族社会はね、自由がなく、古き良きを守り続ける保守派しかいないところだった。とてもじゃないけど私には合わなかったんだ。この喋り方も、仕草も、もう定着してしまったけど、その中で20年、あの家に縛られていた。あ、勿論感謝はしているよ、生活上は不自由なく育ててくれたんだからね」

ミレさんは一息ついて、カップを口元に運ぶ。

そこからミレさんの思い出話が始まった。

「家を出てからは全ての大陸を旅して見て回ったよ。若いままの姿、体力を維持できるというのはとても助かった、それなりに魔力もあるから身を守ることもできたしね」

妖精族の大陸での時が止まったような平穏な生活、その大陸深部にある泉の伝承や妖精の羽に纏わる伝説により他種族から仲間の妖精が襲われそうになったのを食い止めた話。

魔族の大陸での冒険、多種にわたる魔族との楽しくも荒々しい日々、パーティ仲間からの初めての裏切り、ギルドの依頼で受けた賞金首との一対一での魔法勝負、災害級の大型モンスターとのレイドバトル。

小一時間ぐらいの話に私はのめり込んだ。

異世界で思い描いていた話をまさに今、体験談として聞いているのだ。

一通り、話を終えたミレさんが私のキラキラした目とは対照的に寂しそうな目でこちらを見つめる。

「アルテス、私も転生者だ。生まれは日本。たぶんアルテスも同じじゃないかな」

急な告白に私の身体がまた強張る。

確かに話始めてから違和感はあった、生まれた場所なのに生活が合わないとか若いままの姿を維持とか何かと比べての話し方だった、あれは前世と比べてのものだったのか。

「あの旅をしていた頃の私は同じ転生者、転移者を探していた。と言うのもあるけど、それ以上に自由を求めて旅をしていた。夢に見た異世界での冒険、とても楽しい日々だった。でもどの大陸、どの国に行っても足りないものがあったんだ」

ミレさんの表情は苦々しいものに変わっていた。

「足りないもの、それは、何ですか?」

「娯楽だよ、それも人の感性としての娯楽」

「人の、感性としての娯楽」

「そう、まずエルフ族と妖精族は種族性なのか、どちらも閉鎖的な世界で似た雰囲気なんだ。自然の中で過ごすことが至上、もちろん高水準の魔法文化を構築しているし、便利な魔道具なんかはあるけど根幹にあるのがその生活スタイルなのさ。その二つでも貴族制や統治の仕方はエルフ族が抜けているけどその分不自由、妖精族は自然と一体という考え方だから自由ではあるけど不便なところもあるかな。その点、魔族は見た目も含め本当に多種族の集まりだからね。だからなのか好奇心旺盛な冒険家が多くて、それはそれでもちろん楽しかった。ギルド組織の発祥の国なだけあって設備やサービスが一番充実していたのも魔族だ。」

そう話してミレさんはテーブルの上で拳を強く握る。

「一通り、50年ぐらいかな、それなりの時間を費やして世界を見たつもりだ。でもね、歌や踊り、絵画も含めて芸術と呼ばれる文化がこの世界にはなかった。なぜかそれに付随する楽器や楽譜、演劇に必要な物語を記した本も勿論圧倒的に少ない、というか殆どない」

「そう、なんですね」

私は振り絞ったような声を出す。

「前世にいたときは芸術とかにはそれほど興味がなかったんだけどね、当たり前にあったものが無い、ゲームとかマンガとかそういう具体的なものじゃなく、文化として無いというのがとても苦痛になっていた。妖精族、エルフ族、魔族の大陸には部族を代表するような歌劇や舞踊、前世では必ずあるだろうというものが何もなかった。それぞれの大陸には名産となるお酒があり、それを嗜む文化はあるのにそこに歌がない、踊りがない。それ以外の文化はちゃんとあるのに」

ミレさんは紅茶にお代わりを入れる。

「本当に、芸術の文化だけがぽっかりとね、意図的なのかもしれない。でもその原因を今更探ろうなんて思わなかった。4つの大陸には行ったけど端から端まで全てを見て回った訳じゃない。でも50年だよ、それだけ旅をして何もわからなかったんだ。だから私が広めるしかないと思ったよ。いや、共感してくれる人がほしかっただけなのかもしれない。」

ミレさんはこちらをじっと見る。

「エルフ族、妖精族、魔族の大陸を見て回り、最後に人族の大陸に来てからかな、もちろんこの大陸にもそういった文化はなかった。でも転生前も人間だったからなのか、娯楽文化を広めるのに一番適していると感じた。広めようと動き始めてからはそれまで以上に大変だったよ、けど一番楽しかった、それが劇場を造ろうと思ったきっかけかな」

私はミレさんの壮絶な半生を聞いて、身震いがした。

ミレさんから感じる湧き上がる活動意欲、それに対して驚き、憧れ、色んな感情が入り乱れる。

それと同時にあの初めて舞台にあがった時と同じ違和感、あの時と同じく胸の奥からさざ波のように沸き起こる違和感を感じていた。

「あ、そうそう、さっきの本の話だけど、あの内の2冊は私が書いたものさ。ロミオとジュリエットを模した物語、それと転生物」

ミレさんにはスキルのことはまだ隠そう、何故かそう思ってしまった私。

「そうなんですね。ロミオとジュリエットの話、実は両親から聞いていて、もしかしてミレ伯父様かなぁって言う予感はしていたんです」

「そうか、そうだよね、あの話は前世で知らない人はいないと言っても過言ではないからね。ただ、四元世界の予言書、あれは私じゃないし、誰が書いたかもわかってない。」

あの預言書と言うか日記、ミレさんじゃないのか。

そのときだ。

―――――――

スキル発動

応用スキル「創作家」発動

―――――――

びくっと身体が反応してしまう。

え、スキルが発動した。

「あ、あれも、前世の感じですよね?」

スキルの影響か、前世の記憶を元にした物語が頭を駆け巡る。

あ、まずいな、これ、早めに切り上げないと。

「うん、この世界にはインターネットも電話もない、何かを発信するとして一番適しているのは本だからね。ただ、それにしてもあの内容だ。目立たずに住んでいる転生者、転移者がまだいるのかもしれない」

「・・・そういう人ともコンタクトが取れればいいんですが」

「そうだね、引き続き私も動いてみるよ」

そう言うとミレさんは店員を呼び、チェックを頼む。

よかった、この場は終わりそうだ。


思いもよらないスキル、創作家の発動。

それにしてもミレさん、この人は今まで見たどのラノベの主人公よりとてつもないことをやろうとしているかもしれない。

文化を創る、スキルはそこに引っ張られて発動したのかもしれない。

それでも改めて感じたのはこの世界に降りたった私、そして昴にとってミレさんは必要な人になるだろう、と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る