エゴホラ小話つめ

大福 黒団子

フェルキウスの話

 泡になる、溶けていく。

 苦しく、幻になってしまい、呼吸ができない。

 手を伸ばし、あのか細い手を――とらえる。

 笑っているのか、泣いているのか分からないけれど、心の底から愛おしさが込み上げた。


 嘆きたく無い。

 苦しみたく無い。


 何より、君を悲しませたく無い。苦しませたく無い。

 なかないで……大丈夫だから、立ち上がるから、守るから。


 目をこじ開ける。

 泡を掻き分ける。

 もがく、もがく、溺れてなるものか、自分を失ってなるものか。


 愛しいあの子が泣いている。ただそれだけの理由で、自分は愚かにも立ちあがろうとしているのだ。


 賢人は言った――愚かだと。

 貴族は言った――代わりは居ると。

 王様は言った――釣り合う見返りでは無いと。


 うるさい、俺の気持ちも知らない癖に!

 あの子に嫌われたく無くて、けれどあの子が世界の全てに絶望なんて抱いて欲しく無くて!

 赤子同然のあの子に、誰かを憎んで欲しく無い! なら――俺を恨んでしまえばいい。


 俺が最低だと知っていれば、他はマトモに見えるはずだ。俺は人殺しだ! 一人や二人じゃない。大勢を殺したし、見殺しにもした大虐殺者だ!

 狂って壊れて、今だって加虐心に唆られて、揺れる狭間であの子を泣かそうかと考える。


 勇者フェルキウスも、外道フェルキウスも根っこは同じだ。自分より弱い奴を守るか加虐するかでしか、自己肯定が得られない最低最悪の畜生でしかない!


 なかないで、苦しまないで、我が身が苦しもうが――――君/メーセを守るから。

 だから、諦めずに、這い上がれよ……俺!



「う……げぇ……はぁ、最悪な目覚めはいつものモーニングルーティーンだが――今日は特に酷かった」


 フェルキウスは目を覚まし、ベッドから見を起こす。彼は魔王になってからずっと、悪夢に苛まれ続けていた。

 今の彼は狂ってしまい、罪悪感や一部感情が破損している。だが、その悪夢はそれらを甦らせ、彼の業を甦らせ、幾度も深淵へ沈めようとするのだ。


「きっつ……、しかも髪の毛金髪に戻ってんじゃん。クソダサい」


 彼は髪の毛をクルクルと巻き、憂鬱そうに顔を顰める。彼は彼の地毛である金髪をクソダサいと思っているそうな。

 ため息と憂鬱さを抱え洗面所へ向かうと、そこには同居人兼最愛兼今最もしたくない相手が顔を洗っていた。


「あー、フェルキウス。おはよー」

「…………まーじか。バッドタイミング、グッドナイトと行こうぜ、メーセ」

「は?」


 メーセは思わずフェルキウスの方へ顔を向け、あまりの姿に驚く。

 そこにいたのは、いつも通り黒と赤の髪の毛と怪しいオッドアイの胡散臭い狂人フェルキウス――ではなく。

 金髪で腰まで届くフェーブのロングヘアーで青い目の――王子様の様なフェルキウスだった。


「――――どなた?」

「おめーのダーリン、フェルキウス様ちゃんだぞ」

「いや、ダーリンじゃないし」


 メーセが物珍しそうに眺めた反面、フェルキウスは心底迷惑そうにしている。


「あークソ。最悪。大好きなメーセにくっそダッセェ姿見られた。鬱だ……」

「別にダサく無くない? どっちかと言うと王子様っぽくて……」

「ガチやめろ。そのワード禁止。俺様ちゃん、王子様っつー概念は貴族と同レベルでくっそ地雷な訳。いいか? メーセたんや、よーく聞け!」


 フェルキウスはメーセの肩を掴み、真剣な顔で一気に言葉を吐き出す。


「王子様っつーのはいたいけな健気な子を貪欲にさせたり生涯を破滅させるフラグをぶっ立てたり性格や思考を腐らせたりなんなら権力と金でぶん殴ってNTRったり牢屋に入れて飼い殺したり牢屋じゃ無くても塔とか領地とかはたまた自室でペットの様に飼ったり指先と振る舞いと言葉巧みにあれこれできる生粋のろくでなしをオブラートに八つ橋に包んだ上にラップで二重包装してレジンでキラキラコーティングされた様な奴らだ! じーつーにー碌でもないったりゃありゃしねぇ! 王子様が絡む=一族の命運まで握られるあたりthe害悪極まれりだ! あいつらよっぽど性格が良くないと人生クソ舐めプだからそんなんと俺様フェルキウスは決して同類じゃない! だからこんな姿クソダサいんだよクソッタレ! 俺の勇者時代の二つ名なんて勇者王子だぜ!? 平民だっての!!」


 まるで手回し式のガトリングかと言わんばかりに言葉が捲し立てられまくる。

 流石のメーセもため息をこぼし、フェルキウスの一言。


「長い。三行で」

「王子様嫌い 俺平民 この姿嫌い」

「よく言えました。ハグしてしんぜよう」

「…………やだぁ!」


 いつもなら喜びながら息を荒くするはずが、思わぬリアクションが帰ってきたではないか。

 メーセもこれには不思議に思い、思わず理由を尋ねる。


「なんで?」

「外見が俺様ちゃんじゃないから、概念的NTRになる! 許せねぇ! 怒りのあまり全部放棄しそう!」


 くそめんどくせぇ。メーセは包み隠す事なく、そんな表情をフェルキウスに向けた。

 一方でフェルキウスはさらに捲し立てる様に熱弁し始めたではないか!


「おーれーのー! あの姿はぁ! 今の俺様ちゃんの姿でもあるからよぉ! 解釈違いなんだよ、フェルメセ解釈違い!」

「解釈も何もないじゃん」

「ありますぅ! あるんですぅ! もうっ、男子ってそう言うとこあるよね! 酷いわん!」

「おめーーも男だろーーが」

「メーセたやは俺様のメスガキ♡ だけど」


 泣いたり叫んだり、かと思えば最後の最後に気色悪いことを言い出したので、流石のメーセも絶対零度目線で淡々と告げる。


「死ね。今すぐ切腹しろ。3枚おろしにしてやる。細切れにして野良犬の餌にしてやる」

「おいおい、そう照れるなよ! アイラブユーメッセージと共に、巨大ミキサーでひき肉にしてやろうか? 超美味そう、どーこーをー食べようっかなぁ! 可愛いおててかなぁ? 可愛いおみ足かなぁ? それとももっちりお腹かなぁああ?」


 メーセはため息を零し、これ以上会話の発展性は無いと理解する。そのまま流れる様に、洗面所を後にして、自室へ戻っていった。


「あれまーあんなに照れちゃって! それともあの顔、表面強がりの呆れ。内面クソビビりのチキンちゃんとみた! 良いねぇ、チキンはそのままうめーメシ食って豊かに過ごせ! そうすれば俺様ちゃんが美味しくいただけるからな!」


 フェルキウスはケラケラ笑い、指をパチリと鳴らす。すると、いつも通りの黒と赤の髪と、オッドアイの彼の姿に戻ったでは無いか。

 彼は鏡を眺め、ニヤリと嗤う。


「今日も惚れ惚れするほどのダークヒーローっぷりだぜ俺様。一周回って光属性だろこれ。ヴィランつったやつはぶっ飛ばしてこーぜ! なんせ俺様ちゃんハッピーエンド主義の純愛マンだからなぁ!」


 こうして、狂った男の1日が始まる。

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エゴホラ小話つめ 大福 黒団子 @kurodango

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