第5話 睡眠薬禁止令

 「急に大声あげないでよ!」

 

 と、両耳を手の平で押さえて訴えているのは、俺の発狂を近距離で聴いた白瀬しらせさんの発言。


 「だって!これを知られたら俺は!...ちょっと待て、どこまで知ってる?」


 作戦名だけならまだ健全なものと勘違いしているのかもしれない。

 

 「久礼さんか柏倉さんを自宅に連れ込み睡眠や...」

 「うわぁぁぁぁぁ!!聞こえない!聞こえない!」

 

 最悪だ。なんでそんな詳細まで...期末テストの時よりもよっぽど死にたい気分だ。


 「そうだ!お前俺に恩を感じているんだったな?」

 「え、う、うん。そうだよ。有澤ありざわ君が居なかったら、私は今こうして学校に来れてなかったと思う」

 

 何を言われるのかと少し身構えている白瀬さんに俺は告げる。


 「お願いだから俺に関する記憶を全部消して下さい。なんでもしますから!!」


 白瀬さんに土下座して頼み込んだ。


 「え、えぇ...いや、いくら恩人でもそれは無理だよ!」  

 「......もう終わりだぁ」


 土下座したままの姿勢で俺はその場にへたり込んだ。


 「それにしても意外だったなぁ。いつも静かで寡黙な印象があったから。ぶつかった後、心の中を見てみたらめちゃくちゃ喋ってるし...良い人、なんだけどね」


 ちょっと待て。ぶつかった後...って事は...


 「あの廊下で白瀬さんとぶつかった後から全部俺の心の声が聞こえていたって事!?」

 「うん。ごめんね、素直にお礼をしようと思ったんだけど、有澤くん能力持ちだし、もしかしたら私のことを知ってて利用しようとしたんじゃとか考えちゃって...その心配はなかったみたいだけどね」


 申し訳なさそうに話す白瀬さん。いや、ちょっと待て、それだけでは辻褄が合わない。


 「どうやって俺が能力者だと知った?昨日の事件が関与しているんだろうが、あの日俺は白瀬さんも含む誰にもバレないように動いていた筈だ」


 そう、こうやって能力がバレてしまう事を防ぐ為だった。結果的には全くうまくいってなかったっぽいが。


 「あの有澤君が操っていたおじさんの心を読んで知ったんだ。私その時錯乱してて心を読むつもりなんて無かったんだけどね」

 

 そういえばおじさんが手を握ったら引かれたみたいなこと言ってた気がする。さっきも、ぶつかった後からって言ってたな。


 「お前の能力は触れた人物の心を読むことができるのか?」

 「そうだよ。あと応用すれば胸の内に考えている事も知れて〜、例えば好きな食べ物から気になってる人まで!」

 「どこのおじさんの受け売りだよ」


 話している本人は"?"の表情だが。


 ちょっと待て。まさかいや、まさかしなくても今も彼女にこの心の声は...


「うん、聞こえてるよ〜」


 ...そうだ。俺は悪いことを考えた。勝手に人の心を読んだお返しだ。


 「え、なんか嫌な予感がするんだけど...」


 ウガァァァァ!!ギヤァァァァァ!!


 心の中で出来る限り思いっきり叫んでみた。


 「うるさ〜!!有澤くんちょっとやめて!!あ、やばい頭がクラクラしてきた...」

 

 いたたた...と頭を抑える白瀬さんに俺はふんっと鼻を鳴らし、


 「これに懲りたら俺の心の声を聞くのはやめるんだな。いくらでもしてやるぞ」

 「それは困る!でもさっきはびっくりしたけど、これ相手の声聞くか聞かないかのオンオフ出来るんだよね」

 「何ィィ!?なんだその能力デメリットないじゃん!!」

 

 子供のようにそう訴える俺に、白瀬さんは「うーん」と前置きし、

 

 「デメリットは無いけど条件がちょっとあるかな。直前に触れた一人にしか対象にならないし」


 確かに、自分で言っといてあれだが俺の能力にも直接的なデメリットはない。バレたら大変なのはその能力が奴隷だからであって、能力自体にデメリットがつく訳ではない。条件はちょっと厳しいけど。


 「じゃあ誰か他の人を触れば俺の心を読む事はできないんだよな?オンオフとか関係なく」

 「そうなるね」

 「じゃあ、誰か触りに行くぞ」

 「ん?どういうこと?」


 まだ話が見えていない白瀬さんに笑顔で伝えてやる。


 「俺が良いっていう時以外、心の声聞くの禁止!!あと俺にお触りも禁止!話はその後だ!」

 「えぇ!心の声が聞けないなんて有澤くんが何考えてるのか分からなくなっちゃうじゃん!」

 「いや、それが普通だ!」

 「そんなぁ...私が信用出来ないってこと?」

 「逆だ。お前の言ったことを全部信じたからその条件を出した」


 極端な話、彼女が能力についてどこか嘘をついていても俺に確かめる術は無い。奴隷にすればまた話も変わってくるのかもしれないが。まぁ、とても嘘をついているようには見えなかったし、信じることにした。あとは心の中を見られるのは普通に嫌だ。


 白瀬さんを連れて屋上を後にして適当に人を探していると図書室から柏倉さんが本を持ってちょうど出てきたところだった。

 柏倉さんは借りてきた本の表紙に目を輝かせながら見ていてこちらに気づいていない。これは、なんたる偶然だろうか。というか可愛すぎる。


 『いけ』


 短く心の中でそう白瀬さんに命令した。


 「無理無理無理無理!!は女子の中でも神扱いされてて一般人の私が触れることすら叶わない存在で...!!」

 

 隣で小声かつ早口かつ首を横に高速で振りながら答える白瀬さん。


 ちなみに"ゆのしの"...とは久礼さん、柏倉さんの名前を続けて呼ぶとそうなる。そんな呼ばれ方をしてるのは初耳だったが。"ゆのしの"か....可愛い。


 『おやすみのキス作戦、協力してくれるんじゃなかったのか?』

 

 俺は心の中で呟く。心の声を聞かれるのも案外悪くないかも...なんて思った。すると、彼女は意を決したように顔を上げ、


 「むぅ...有澤くんは隠れて見といてよ!」


柏倉さんに笑顔で手を振りながら向かっていった。


 お言葉通り俺は隠れて見ているが、困っている柏倉さんの両手をぶんぶんと振る激しめのスキンシップをしている。それにしても、困っている柏倉さんもめちゃくちゃ可愛い。


 そして2,3分一方的に白瀬さんが柏倉さんに話しかけてから、顔を真っ赤にして帰ってきた。


 「これで、満足ですか!」

 「あぁ、大満足だ」


 これで、白瀬さんによると俺の心の中の声は聞こえない。...まぁ一応やっとくか。


 ウガァァァァ!!ギヤァァァァァ!!


 「...有澤くん何やってるの?」

 「はぁ、はぁ、なんでもない」


 俺の魂の叫びは徒労に終わった。


 

 再び屋上に戻り、俺と白瀬さんは対面に立って話し合う。外はもう昨日と同じような夕焼けだ。


 「あーあ、とんでもない人の協力者になっちゃった気がする...」

 「やめるか?お前の能力を考えると惜しいが、その為だけに迫るようなことはしないぜ?」


 俺の作戦を本気で遂行するならば、彼女の能力は絶対に役に立つ。だが、だからといって、こんな事に巻き込ませてしまってもいいのだろうか。


 「んーん。いいよ、もともとは私を助け......あ。」

 「どうした?」

 「まだちゃんとお礼言えてなかった気がする」


 確かに、彼女はお礼を言いたくてここに俺を呼んだと言っていた。


 「別にそんなのなくてもいいよ。俺の能力を試してみたかっただけだから」

 「あ、そんなツンデレみたいなこと言って。私はもう有澤くんの心の中覗いちゃってるんだからね?」

 「それは怖い」


 彼女は一体、どれだけ俺の事を知っているのだろうか。


 「だから———ありがとう。あの日見返りも求めず、私を助けてくれて」

 「—————あぁ、無事でよかった」

 

 そう言って、夕陽に照らされながら屋上の上で笑う白瀬さんを見て、あの日白瀬さんを助けて良かったと心から思った。


 「...そういえばあの時あの場所に有澤くんが居たんだよね?」

 「...?そりゃな」

 「じゃあ私の泣き顔とか下着とかも...」

 「と、遠くて見えてない」

 「そ、そう?よかった...」


 実際は、画面越しにはちょっと見えたが。そんなの気にしてる余裕もなかったのが本音。実際白瀬さんも今思い当たったのだろう。 


 「ちなみにだ、柏倉さんは俺のことどう思っているかとか分かるか!?」


 この場の空気を変えたかったので、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


 「ちょっと待ってね〜」

 

 俺は期待と緊張で唾を飲んだ。


 「あ、わかったよ!」

 「なんだって!?」

 「えーっと、...なんとも思ってないみたい」

 「ガーン!!」

 「あ、赤点のちょっとおバカな生徒!って認識はあるみたい!」

 「聞きたくなかったぁぁぁ」

 

 この様子じゃあ、俺の計画が叶う時はいつ来るのだろうか。


 「...そういえば、その女子の間で神みたいに崇めているって噂のゆのしのを俺は襲おうとしているんだぜ?そんなのに協力しちゃっていいの?」

 「有澤くんなら、大丈夫だと私は思ってるよ」

 

 謎の信頼だ。自分が襲われて、俺の心の中を見たのなら、それこそあの強姦3人衆と同じ嫌悪感を抱いてもおかしくはないはずなのに。

 と、白瀬さんは「あ、でも」と前置きし、


 「睡眠薬は禁止です!」

 「ぐっ!そこをなんとか!!」

 「ダメです!」

 「うわぁぁん!!それだけはぁぁぁ」


 俺の泣き声はオレンジの空の下、屋上に響きわたったのであった。

 

 かくして俺は、白瀬さんという強力な協力者を得た結果、睡眠薬が使えなくなったのである。

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おやすみのキス だんぼーる @danbool

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