第4話 辺境の冒険者ギルドの収支改善

 冒険者たちの底上げによりクエスト受注が軌道に乗ったある日、私はナッシュからギルドの月次報告を受けていた。


「今月の死亡者数はゼロ、依頼達成率は百パーセント。収支は、トントンですね」

「前と違ってクエストは順調に吐けているのに、収支が改善しないってどういうことよ」

「一言で申し上げますと、一次産業から脱却しきれていないせいですね」


 依頼者からクエストを作成してもらって冒険者に仲介して手数料を得る。これは三次産業にあたるけど、辺境では冒険者に対する危険手当ての割合が大きいため、ほとんど利益を見込めないという。

 そのため、必然的に魔獣から取れる魔石や毛皮などの素材の売上にギルドの利益の比重が移ることになるけど、冒険者に魔石の代金を支払って、それをそのまま加工せずに王都に売り払うと、物流コストも考慮に入れれば大した利益にならないという。


「一次産業から脱却できていないとは、つまりは、ライゼンベルク支部で素材を加工して製品化する必要があるということね。なぜ、加工して売らないの?」

「それは、ギルド専属の職人が少ないからですね」


 危険な土地には職人は住み着かない。顧客も王都や主要都市の方が所得も多いし、人口も多いから商売として効率がいいので、辺境に職人を招致したり有力商会を誘致するのは難しいという。


「じゃあ、私がやるしかないわね。魔石の加工販売!」

「はぁ。誠に遺憾ながら、認めざるを得ませんね。収支は数字が全てです」


 やっと魔石で魔道具作りという本来の目的に立ち帰れた気がするわ。それにしても、何を作ろうかしら。とりあえず…


「マジックバックとか火炎剣にして売りましょう!」

「却下です。あんなものが大量に流出したら軍事バランスが崩れますよ」

「じゃあ、お婆様の魔石コンロや魔石冷蔵庫とかどう?」

「そういったものは貴族階級じゃないと売れませんね」


 難しいわ。誰もが利用しているもので、流出させても問題ないもの。


「じゃあ、水の魔石はどうかしら。いつでも綺麗な水が飲めるわよ」

「それは、いいかもしれませんね」


 でも、それだけでは少し寂しいわね。というか、私に依存するような収益構造だと、私がギルマスを退いた時に立ち行かなくなってしまう。個人的に依存する組織だと、前任のお爺さんのように引退したらそこでおしまいだわ。


 でも職人を辺境に招致するには、それなりの理由がないといけない。そう、辺境じゃないと手に入らない限り…って、魔石に関税をかければいいのかしら。大きくて手頃な魔石はライゼンベルクでしか手に入らないのだから、無税で通すのがお人好しというものよ。

 そうすれば、魔石加工に関連する職人はライゼンベルクに移住せざるを得なくなり、さらにギルドが市場への流通を制限すれば、必然的にギルド専属になるしかなくなる。

 ただ、このやり方は職人の恨みを買うでしょうし、辺境伯家と冒険者ギルドとの間で癒着しすぎだわ。


 やっぱり王都でガンツさんに言った通り、国からの独立性を保つために、特定の貴族に頼らず冒険者ギルドのことは冒険者ギルドで完結すべき…って、それよ!


「そうだわ! ライゼンベルク支部の魔石を直接商人に売らず王都の冒険者ギルドに流して、王都の冒険者ギルドの専属職人が加工して王都で売れば、冒険者ギルド全体として見ればプラスになるはずよ!」

「なるほど、お嬢様にしてはいい案です。早速、王都の冒険者ギルドに打診してみましょう」


 よかった、素人なりに考えてみるものだわ。それにしても冒険者ギルドっていうのも、裏側に回ってみると色々と大変なのね。冒険者としてクエストをこなしてお金を貰っているだけの時には見えなかったことも、色々と見えてくるわ。

 ライゼンベルクのギルド支部の延命を、主に個人的な都合で延命するよう我儘を言っていたと思うと、なんだか申し訳気分になってくる。


 そんな心境を話して聞かせたところ、ナッシュは見た事ないほど驚いた表情を見せ、額に手をあててきた。


「お、お嬢様が、ご乱心に! 熱でもあるんですか! 早くベッドでおやすみに!」

「どういう意味よ!いたって正常よ! 大体、病気ならキュアイルニスポーションで治るでしょ!」


 まったく、失礼しちゃうわ。私はまだ十五歳なのよ。心身ともに成長するんだから!


 ◇


 王都の冒険者ギルドを経由して加工した魔石を販売するようになってしばらくして、辺境伯のもとに商会から陳情書が届くようになっていた。なんでもライゼンベルクから加工前の魔石が市場に供給されなくなり、魔道具の生産が滞るようになってきたという。

 辺境伯家で執事を務めるバートンは、陳情内容や商会リストをまとめると、主人に報告をあげた。


「旦那様、領内から王都への無加工の魔石の供給が途絶えたと、多くの商会から陳情書が寄せられております」

「なに? だが我が領内で魔石を加工できるものなど、母上か我が愛娘まなむすめエリスティアくらいのものだろう。一体どこに供給されているというのだ?」


 そこで、バートンは各商会からの陳情書の内容をまとめ、分析した結果を話していく。


「ライゼンベルクの冒険者ギルドからの供給が途絶えるのと同時に、王都の冒険者ギルドから加工済み魔石の供給が増えています。おそらくは、ライゼンベルク支部から王都の冒険者ギルドに魔石を送り、王都で加工して販売するようになったものと推察されます」

「ほう、冒険者ギルドもよく考えたものだな。だが、それなら王都の冒険者ギルドで魔石を調達すれば良いではないか」

「動きが急だったため、価格転嫁が間に合っていないのでしょう」


 辺境伯はしばらく考える様子を見せたのち、調整役を買って出る判断をバートンに告げた。


「わかった。では我が領の冒険者ギルドのギルドマスターを呼べ。冒険者ギルドは独立した組織ではあるが、多少の要請であれば話は通せるだろう」

「ライゼンベルク支部の、ギルドマスターでございますか? かしこまりました。今すぐ、部屋にお呼びします」

「なんだと? 邸に来ておったのか。それなら客室に通すがいい。この書類が片付いたらすぐにいく」


 辺境伯の下命に深く礼をすると、バートンは辺境伯の執務室を後にした。


 ◇


「お嬢様、旦那様がお呼びです。客室に向かってください」

「え、客室ですって? どなたか来られるのかしら。わかったわ、今すぐ向かうわ」


 執事のバートンについて客室に入り、紅茶を淹れてもらう。


「はあ、やっぱりバートンが淹れてくれる紅茶が一番だわ」

「ありがとう存じます」


 部屋の隅で待機するナッシュが少しムッとした表情を見せたけど仕方ないじゃない。ナッシュも上達したけど、私が生まれた時から執事を務めてきたバートンに並ぶには、まだまだ修行が必要だわ。

 そんなことを考えているうちに、お父様が部屋に入ってきた。


「おお、エリスティア。変わりないか?」

「お父様、今朝も朝食をご一緒したじゃないですか。元気です」


 お父様は昔からお優しいけど、学院でしばらく離れていたせいか、過保護に拍車がかかった気がするわ。

 そんなお父様は部屋の中をキョロキョロと見回すと、首を傾げてバートンに問いかけた。


「バートン、ところでギルドマスターの姿が見当たらんがどうした?」

「旦那様の目の前におられます」

「目の前にはエリスティアしかいないが?」

「エリスティアお嬢様が、ライゼンベルク支部のギルドマスターでございます」

「…」


 そういえば、お父様に報告してなかったわね。なにか冒険者ギルドに通達でもあるのかしら。


「お父様、何か冒険者ギルドに御用でしょうか」

「エリスティア、いつからギルドマスターになったのだ?」


 私は、もう少しで冒険者ギルドがライゼンベルクから撤退するところだったのでガンツさんの勧めで臨時のギルドマスターになったこと、再建策として、冒険者の底上げをしたり魔石の商流変更による採算改善をしてギルドの運営を軌道にのせようとしていることなど、最近の活動について話していった。


「一時はどうなることかと思いましたけど、ようやく軌道に乗ってきたところです」

「おお、そうかそうか。それはよくやったぞ。何かあったら、どんどん、お父様に頼るのだぞ」

「ありがとうございます、お父様!」


 私は喜びを露わにしてお父様に抱きつくと、お父様は相好を崩して頭を撫でてくれた。


「ところで、何か御用があったのでは?」

「いや、なんでもない。そう、ちょっとした定期的な顔合わせだ」

「まあ、そうでしたの。では、魔石の加工をしなくてはならないので、部屋に下がらせてもらいますね」

「ああ、無理するんじゃないぞ」


 そうして席を立ってお父様にお辞儀すると、私は客間を後にした。


 ◇


 エリスティアが客室から出て通路から遠ざかっていくのを確認すると、辺境伯はバートンにくってかかった。


「バートン! エリスティアがギルドマスターになったなど、なぜもっと早く言わなかった!」

「エリスティアお嬢様が戻られた当日にご報告申し上げましたが、旦那様は、いえ、家中のものは皆、上の空だったかと」


 しれっとした様子で答える執事に、エリスティアが戻った当日の、家をあげてのどんちゃん騒ぎを思い出し、辺境伯は頭を抱えた。そんなタイミングで報告されても、誰も覚えているわけがない。


「ところで、商会からの陳情書はいかが致しましょう」

「冒険者ギルドは国とは独立した組織であり、ロスガルド王国のいち貴族の意見に左右されることはないと言って突き返せ」


 先ほどのギルドへの要請話はどこへ行ってしまったのか、真面目腐った態度でギルドの独立性をいいように解釈して百八十度方針を変更した主人の姿に、予想通りといった風情でバートンは答える。


「なるほど。お嬢様に矛先が向かないよう、適切に処置致します」

「ついでに辺境支部と足元を見るからしっぺ返しを受けたのだと言外に匂わせろ」

「かしこまりました。あとお嬢様といえば、こちらの先触れが先ほど届きました」


 そう言ってバートンが差し出してきた手紙には、王家の封蝋と共にこう署名されていた。


 レオナルド・ランドルフ・デア・ロスガルド


 ギルド運営を軌道に乗せつつあるエリスティアのもとに、ロスガルド王国、第二王子レオナルドの来訪という、新たな困難が訪れようとしていた。

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