第3話 初級冒険者たちの一番長い二週間

「おい、ライゼンベルク騎士団の訓練を受けられるって本当か?」

「どうやら本当らしいぜ、ほら、あそこに張り紙と申請書がある」


 初級冒険者が張り紙を見ると、こう書かれていた。


 “初級冒険者のみなさんに朗報です。

 今なら無料でライゼンベルク騎士団で二週間の訓練が受けられます。

 なんと! 二週間でゴブリンキングに勝てちゃいます!


 怪我をしてもポーションで完治!

 あなたもライゼンベルクでヒーローになろう!


 この機会に奮ってご参加ください。

 ギルドマスター エリスティア・フォーリーフ“


「二週間でゴブリンキングを倒せるってまじかよ!」

「すげえだろ? 俺はもう申請したぜ!」


 冒険者ギルド・ライゼンベルク支部は、屈強で知られるライゼンベルク騎士団の直接指導が得られるという張り紙に、常にない賑わいを見せていた。


 ◇


 それを陰から見守っていた私は、予想以上の反響に満足して大いに喜んでいた。


「ふふふ、順調に申請者が増えているようで、なによりだわ!」

「愚かな子羊たちですね。こんなあからさまな罠に気がつかないとは、危機感が足りないようですね」

「なに言ってるのよ。ゴードン団長の言う通り沢山ポーションを作って送ったから安全よ?」

「それが問題なんじゃないですか。安全なのはですよ」


 よくわからないけど、五体満足なら大丈夫なんじゃないかしら。


「ところでお嬢様? その左右にしてらっしゃる金の腕輪と銀の腕輪も作って送られたと聞いたのですが、本当ですか?」

「作ったけど、倍率は今つけている十倍じゃなくて軽めの二倍だから大丈夫よ!」

「…だといいですけどね」


 お婆さまから常につけているようにと渡された右手の金の腕輪は重力十倍、左手の銀の腕輪は魔力負荷十倍。これを常にしていれば、何もしていなくても効率的に鍛えられる騎士団も愛用の一品よ! 冒険者たちの成長が今から楽しみだわ!


 ◇


 それから一週間が経ち、ある程度の人数が揃ったところで、ライゼンベルク騎士団の修練場に特別講習に志願した初級冒険者が集められていた。

 その冒険者たちを前に、騎士団団長のゴードンは、早速とばかりに声を張り上げる。


「いいかァ! 貴様らは圧倒的に基礎体力が足りていないィ! 今から支給する金の腕輪と銀の腕輪をして、倒れるまで修練場を走れ!」


 訓練に参加した初級冒険者たちは言われるままに腕輪をはめていく。


「げっ! なんだこりゃ! 体が…重い!」

「なあに、これくらい身体強化魔法を使えば…て! 全然強化がかからねぇ! どうなってやがるんだァ!」

「ボサッとしてないで、腕輪をつけたものから走れェ! エリスティアお嬢様の兵隊として相応しくなるまで止まることは許さん!」


 ハッハッハ…ゼハーゼハー…バタン


「リッツぅ! た、大変だ! リッツが倒れた!」

「十五分も走っていないうちに倒れるとは軟弱なやつだ、ほらコレを飲め」


 そう言って騎士団の男がポーションを含ませると、驚くことにその場で完全回復した。


「あ? お、俺はいったい?」

「オラァ! 回復したらさっさと走れぇ!」


 不思議に思いながらも再び走り出す様子に、参加した初級冒険者は、おぼろげながらこの特訓の概要が見え、走っていると言うのに、一様に顔を真っ青にさせた。

 これは、まさかと思うが、死ぬほど走って倒れたら高価極まりない中級ポーションで回復・睡眠効果を得て再び死ぬほど走るという、あまりに荒唐無稽で冗談として誰も信じていない、伝説とされる“不眠不休ポーション特訓法“ではないか?


 その伝説の特訓法を生み出したと言う錬金術師の名は…たしか、フォーリーフ!


「あ、あぁ! ギルドマスターのあの張り紙にあった名前はァ!」

「なんだァ! 叫ぶ体力があるなら、もう一個、腕輪いっとくかァ?」

「助けてくれぇ! まだ俺は死にたくないィ!」

「貴様ァ! お嬢様のポーションがあって死ぬわけなかろう! お嬢様お手製のポーションを二週間も寝ることもなく死ぬほど飲めるなんてありがたく思えィ!」


 こうして、騎士団が二週間付きっきりで体力負荷と魔力負荷をかけた徹底的な不眠不休の特訓を施すことにより、初級冒険者は身も心も極限まで鍛えられることとなった。


 ◇


 初級冒険者特別講習から二週間が経ち、ゴードン団長が初級冒険者を引き連れて冒険者ギルドを訪れていた。


「お嬢様、お預かりしていた初級冒険者ですが、それなりに使えるようになったと思います」

「なんだか、初級冒険者たちの目がうつろなような気がするんだけど、大丈夫なのかしら」


 しかし、初級冒険者たちからの返事は一向になく、戸惑いを見せてゴードン団長の方を向くと、団長から冒険者たちに指示が飛んだ。


「お嬢様からのありがたいお言葉だ。直答を許す。返答せよ」

「「「ハッ、自分は大丈夫であります。エリスティアお嬢様の兵隊として死ぬまでクエストをこなす所存であります」」」


 こんな性格だったかしら? なんだか怖いわ。


「やはりこうなりましたか」

「こうとは何よ、ナッシュ。いったい彼らはどうしたというの?」

「いえ、騎士団伝統の訓練を受けた後は大抵のものはこのような状態になるそうなので大丈夫です」


 とりあえず、ちょっとやそっとでは死ななくなったそうだし、クエストもやる気があると言うなら一安心だわ。

 そう思っていると、彼らの先輩となる冒険者が通りがかり、声をかけてきた。


「お? リッツじゃねぇか。初級の訓練を受けて、ちょっとは強くなって帰ってきたのか?」

「よせよ、あの弱虫リッツが二週間やそこらでどうにかなるわけないだろ!」

「それもそうか、ハッハッハ」


 なんだか感じが悪いわ。誰でも最初から強いわけじゃないし、彼らは彼らなりに頑張ったのだから、それを馬鹿にするような態度は謹んでほしい。そう思って注意をしようとすると、ゴードン団長が提案をしてきた。


「ちょうどいいです。裏手の修練場で、彼らと模擬戦をさせてみてはいかがでしょうか」

「ええ? でも受けてくれるかしら」

「彼らが逃げない限りは問題ないでしょう」


 そんなやりとりを聞いて先輩冒険者たちはムッときたようで、団長の挑発とも取れる言葉に模擬戦に意欲を示した。


「言ってくれるじゃねぇか、騎士さんよぉ」

「弱虫リッツ相手に逃げるわけねぇだろ。やってやるよ!」


 こうして、初級冒険者たちとの模擬戦が始まることとなった。


 ◇


 …はずだったが、結果は一方的だった。


「貴様らァ! そんなザマでエリスティアお嬢様の兵隊ぼうけんしゃとして働けると思っているのかァ!」

「ヒィィ! やめてくれ。俺たちの負けだァ!」

「まったく、ちょっと撫でてやったくらいで壁まで吹っ飛びやがって! 鍛え方が足りてねぇ野郎たちだ!」


 ガスッ! ガスッ! ガスッ!


 なんというか、随分と基礎体力に差がついてしまったようだわ。


「もういいわ。これでは弱い者いじめだわ」

「貴様らァ! そこまでだ! お嬢様は弱い者いじめは嫌いだと仰っている! 醜いものを見せるんじゃねぇ!」


 ゴードン団長の言葉に、リッツさんたちは再び直立不動の体勢を取って押し黙る。


「うぅ…俺たちが弱い者だなんて」

「クソォ! 悔しいぜ。俺たちも初級冒険者訓練を受けさせてくれよぉ」


 先輩冒険者たちが涙を流して頼み込んでくる姿に可哀想になり、思わず物欲しげにゴードン団長を見上げてしまう。


「お任せください、お嬢様。この鼻垂れ小僧どもも、最低限、死なないように鍛え直してお送りします」

「ありがとう! やっぱりゴードン団長は頼もしいわ!」


 そういって抱きつく姿を見て、隣にいたナッシュが独言る声が聞こえた。


「ああ、これで新たな犠牲者が二人増えることに…」

「犠牲者って何よ。二週間でこれだけ強くなれれば、死亡率も圧倒的に減るし良いこと尽くめじゃない!」

「…そう、ですね。数字だけ見れば」


 こうして、低ランク冒険者が特別講習で鍛えては高ランク冒険者をわからせ、新たな特別講習者を生み出すサイクルにより、ライゼンベルク支部の冒険者は物凄い勢いで底上げが進むこととなった。

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