音の世界

牛尾 仁成

音の世界

 この世は音楽に満ちている。


 風の音、木々のざわめき、海の潮騒、獣のいななき、虫の羽音。


 そして、人の奏でる音と言ったら、もう最高だ。


 喜びに笑う声が、怒りに震える声が、悲しみに暮れる声が、楽しみに踊る声が私を愉しませる。なんて鮮やかなことだろう。目が眩んで、今にも弾けてしまいそうなほどの馥郁ふくいくさではないか。


 私にとって、この世は音楽だ。全ての行いはメロディーを奏で、発露する想いはリズムを刻む。生命は美しい音の奏者であり、死とはその曲の終わりを示す。余りにももったいない。もっと、もっと聞かせて欲しい。もっと、もっと、もっとだ!


 そう、この世界が生まれ落ちた時から全ての事柄には意味があった。私の役目は全ての命を生かすこと。『生きる』という行為をさせることにあった。だがそれは私の仕事だ。決して好き好んでやっていたことではない。どうやれば、か細く脆く不安定な命たちをことができるのか。試行錯誤が多かったが、はっきり言ってやりがいというものが無かった。


 だが、いつしか私は命たちが見せるその『生きざま』という輝きに惹かれていることに気づいた。そして、その様を私は音楽であると感じた。理屈ではない。いや、理屈でよって象られたが言うのも奇妙だが、そう直感してしまったものは仕方がない。何より、そんな吹けば飛ぶような小賢しい理屈など、私が体感してしまった衝撃的な美しさに比べれば思考する価値すら見いだせなかった。


 本来の役目から逸脱してはいない。私は命たちが、この世の万物が奏でる『音』に夢中なだけである。『音』を聞くためには彼らには生きてもらわねばならない。生きて、その営みを、その感情を、その生を全うしてもらわねばならないのだから。


 楽器の奏でる音も好きだ。実に豊潤で整った美しい音だ。だから、私は命たちに私の音を聞かせる。音を通じて私は命たちに語り掛ける。お前たちのなすべきことをなせ、と。命を持って生まれたからには、己が持つ命に対しても責任がある。その責を果たせ、と私は無言の内に語り掛けるのだ。そうして、彼らは私の大好きな音を返してくれる。


 私の音を炎と例えた者がいる。私の音を聞いて感情を動かされることを『心に火を灯された』と感じたそうだ。言い例えだと思った。同時に、そうなってもらわないと困る、とも思った。私の役割はお前たちをことだ。生きる気が無い者に生きる気を起させる。それが私の力、仕事なのだから。


 今日も私は自身の趣味と実益を兼ねた仕事に精を出すため、楽器を手にステージへと歩み出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音の世界 牛尾 仁成 @hitonariushio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ