八つヤタロとめおとの子

 それからふたりは、毎日のように遊びました。

 焼き芋をほおばったり汁粉をすすったり、汁粉の切りもちはもちろんヤタロが食べてやりました。

 ときにはたのまれて、門の松なぞ売り歩きましたが、そんな時もふたりは一緒でした。

 縁日ののぞきからくりを見たり小屋で水芸をのぞいたり講談こうだんに聞きいったり、それは楽しい毎日でございました。

 講談というのはおもしろかったり役にたつ話をうまいこと話してくれる見せもので、キクは腰折こしおれすずめという、すずめの恩返しのお話をたいそう気にいりました。

「今は、よくなりぬらん、なりぬらん」

 うふふと笑いながら、講談師のまねっこをしてパタパタと帯のおなかをたたくしぐさも、愛らしゅうございました。

 かえりには串をさした田楽でんがくとうふを食べました。

 木のめ味噌がつんと鼻をくすぐって、お口がほっくりいたします。

 秋口にたくさん仕事をいたしましたので、金子は十分にございました。

 ヤタロたちの泊まっているのは平旅籠でしたが、その近隣の飯盛り女たちに、キクはたいへん可愛がられました。

 あっちにつれていかれては髪をとかれ、こっちにつれていかれては茶を馳走になりという具合です。

「おやそれはなんだい?」

 キクが髪にさしたかざりをくりかえしいじっているのにヤタロは気づきました。

「かんざしよ。姉さんたちにいただいたの。そんなのが欲しいって言ったら、すぐにくれたわ」

 ほのあかい菊の花のつまみかざりのついた、娘っこに好まれそうなかんざしで、キクの黒い髪によく似合っています。

 これをぽんとくれるなんて、気前のいい話です。

 飯盛り女というと、客もとるというのでヤタロは苦手でしたが、話せば気のいい女たちでした。

 それもキクがいてこそでしょうね。



 大晦日になり除夜の鐘がなり、年越しにたね抜きの蕎麦をすすりながらヤタロが言いました。

「初詣をしてからひとねむりして、家に帰ろう。キクもずいぶん疲れたろう」

 キクは不器用に食べていた月見蕎麦から顔をあげ、なにか言いたげにしておりましたが、

「あい」

 といつものようにうなずきました。

 神社は見たことがないくらいにぎわっておりました。

 提灯灯籠ちょうちんとうろうがずらりときらめき、新年に福を呼ぼうという人々の顔をてらしております。

「ほうら飴は帰りに買ってあげるから、まずはお参りしようじゃないか」

 キクの手を引いてやります。

 さい銭を投げて手をあわせ、それから縁日の屋台めぐり。

 そしたらどうでしょう、あちらの方で、騒いでいる者があります。

 首をのばして野次馬の頭ごしに見ますと、どこかで見たような男たちが、店をこまらせておりました。

「あ! お前はあのときの!」

 キクとヤタロを見つけて怒りだしたのは、いつぞやの馬子たちであります。

 顔を赤くしていて千鳥足で、腰までお酒に呑まれているありさま。

 よほどあの時のことが腹にすえかねていたのでしょうけど、まさか顔をおぼえられていたとはおもいませんでした。

 だって悪さをしたのはお化けだと、この馬引きたちはおもっていたはずです。

「えいこんちくしょうめ、おかしいと思ってたんだ」

「そうだあのとき娘っこのほうが、どろんと化けるのをちらと見た。こいつら狐狸こりのたぐいにちげえねえ」

「やれ引きたてろ、縄でしばってさらしちまえ」

 どうやらあとあとからキクの仕業しわざにおもいいたったようであります。

 それにしても、物騒なことを申しますれば、

「これはいけない。何とかキクだけでも逃がしてやらねば」

 ヤタロは背中にキツネっこをかばいますが、すでにぐるりと囲まれております。

「そうれやっちめえ」

「手ひどくとっちめてやれ」

 わあっととびかかってくる男たちの腕をおしのけはらい落とし、ヤタロは大きな体をいかして孤軍奮闘こぐんふんとういたしますが、なにしろ相手は衆をたのんでの荒くれ者たちです、逃げるまもなく、一人がキクのえり首をひんづかみました。

「キクや! 逃げろ! 逃げておくれ!」

 ヤタロは必死でさけびましたが、手ぬぐいを取られると、キツネの耳がぽろりとこぼれてしまいます。

 そのときです。

「きーん」

 と声がしたかと思うと、ぼんと煙がひろがって、そこに現れましたるはおおきなおおきな仏さま。

 神社に仏さまが現れるのもおかしな話なのですが、これにはびっくり仰天、人々はにげだすやら拝むやら。

 そこにひゅうひゅうひゅるりと風がふいて、こうこうと燃えていた灯りはすべて消え、騒ぎは闇につつまれて、悲鳴があがって何かたおれて割れて、百鬼だ夜行ださあ逃げろと大事おおごとも大事になってまいりました。

「キク! ああキクや! どこにいるんだい!」

 ヤタロが夢中で声をはりあげますと、

「ここよヤタロ! あたしはここよ!」

 そちらに手を伸ばしますと、柔らかく小さい、しっかりとした手ごたえがあります。

「さあおいで」

「あい」

 おたがいの顔も見えないなかで、ふたりはめくら滅法めっぽうにはしりだします。

「お宿に帰るの?」

「そうだよ」

「ならこっちよ」

 キクは、ヤタロより夜目がきくようです。

 闇の中で見ると、キツネっこの目が銀色に光っております。

 ほうほうの体で、ふたりは宿のあの暗い部屋に飛びこみました。

 するともう大丈夫だというふうに、体から力がすっとん抜けてしまいました。

 火口で行灯あんどんに火をつけると、おびえたキクがヤタロにぎゅっとしがみつきます。

「もうへっちゃらだ。ここまではだれも追ってこれないよ」

 キクはヤタロのわき腹にしがみつきながら、ちいさく震えております。

 ヤタロが優しく抱いてやると、粒のおおきな瞳が懸命に見あげてきます。

「ヤタロ。キクはヤタロといたいの」

 それがびっくりするほど大人の顔で、すいこまれるように、ヤタロはキクに顔を寄せました。

 窓もない部屋だというのに風がひゅうとふいて、行灯の火がおちました。

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