衝撃の事実⑴

 ボディシェアしてるんスよ……スよ……茶羅のよく通る声が、座敷に響き渡る。

 ハーフって、日本人と外国人の両親の間に生まれたという意味だっけ。

 ルームシェアは複数人で一つの部屋を借りることだった。カーシェアリングは車を何人かで利用すること……それで、ボディシェアは……なんだって?


「そういう漫画は読んだことがあるわ。千夏ちゃん、その、自覚はあるの? なんだろうな、自分ではない声が話しかけてくるとか」

「へえっ!? 自覚なんてないですよ」

「目覚めたら違う場所にいたとか、物の配置が違うとかない?」

「それはありますけど」

「「「あるのかよ」」」


 あたしと茶羅以外がずっこけた。茶羅は『人間の習性って面白いっスね』と、アーモンドの形をした瞳をくりくりさせている。


「自分の部屋で寝ていたのに、廊下で大の字になって目が覚めたときは、てっきり廊下まで寝返りをし続けたのかと思ってました」

「床で寝返りしつづけるって、どれだけ頑丈な背中なのかな!」

「寝る前に窓を閉めたはずなのに、窓が全部開け放たれ、朝の爽やかな空気を浴びながら目覚めたことも何度かあります」

「冬だったら大惨事だわ」


 大丈夫。水鏡島の気候は一年を通して温暖なので、たとえ窓を開けていても風邪はひかない。

 秀人は眉間を何度も揉んだ。


「あいつ……目立つすることはするなと言ったのに」

「まるで構ってほしい子どもみたいね」


 構ってほしい子ども、か。

 茶羅の様子をみると、会話に飽きたようで、トランプをぺたぺた触って、絵柄をめくっては元に戻している。

 秀人はあたしと目を合わさずに言った。


「千夏があいつと接触したとき、おれは記憶を消すようにしていました。千夏が覚えていないのも、無理はありません」

「秀人、その……あたしの記憶は何回くらい消したの?」

「数えきれないくらい」


 秀人の返答は単純明快だった。それだけ、あたしはその龍と会い、秀人によって記憶を消されてきたということか。あたしの思い出、友達や家族と過ごした記憶も、本物ではなかったりするのか…?

 あたしは腕の鳥肌をさすった。おかしいな、ここは水鏡島で年中温暖なのに。


「陽子さんや司さん、藤原や南原と過ごした記憶には手を触れていない」

「ねえ、聞いてもいい」

 檜山さんが、手を上げた。その表情は険しい。


「……どうぞ」

「どうして君はいま、千夏ちゃんのお父さんとお母さんのことを言わなかったの? それは、彼女の両親のどちらかが龍だから?」

「……ッ!」


 秀人が目に見えて、狼狽した。なにかを弁解しようと、唇を噛みしめて動かし、結局何も言えず、うなずいた。

 あたしの両親のどちらかが、龍? そんなことある?


「だって、あたしのお母さんとお父さんはいま海外で、クリスマスにはクリスマスカードが届くし、スケジュールが合えばお父さんはお正月に帰ってくる、よ……?」


 いや、待て。去年は、一昨年はどうだ? その前はどうだ? あたしは思い返せるだけの記憶をたどる。 

 クリスマスカードの写真で、仲睦まじく写っているお父さんとお母さん。仕事で忙しいから、戻ってこないのだと、ずっと、あたしも、おじいちゃんとおばあちゃんは思い込んできた。

 まさか。


「千夏ちゃんにも、千夏ちゃんの祖父母にも、秀人くんは記憶消去を、もしくは認識を弄る術をかけたんだね」


 雄津さんがやりきれなさそうに、つぶやく。

 あたしは体育座りをして顔をうずめた。自分が信じてきたもの、正しいと思っていた世界が崩れていく。あたしの背中に、おずおずと温かい手が触れる。


「周りが千夏ちゃんのご両親について、言及しないのは、それも君が?」

「そうです」

「それは七宝神社の、秀人くんのお父さんの指示?」

「はい。すこしおれの独断もあります……」


 檜山さんが、綺麗に切りそろえられた爪を噛んだ。


「息子に、そんなことを命じる父親がいるなんて」

「あーもう、何をグダグダ話しているんスか」


 茶羅がバン!とテーブルを叩いた。数枚のトランプが床にこぼれる。


「早く同胞兼つがいに会わせてくれないっスか。名前を呼びさえすれば、オレら目覚めるんスから」


 名前を? そういえば、秀人はあたしの?中にいるという龍について話すとき、『あいつ』と呼んで、名前で呼ばなかったな。それは、術?が破られることを恐れてのことなのか。


「ハッ、間抜けにも人間に捕まり、閉じ込められていた龍に、あいつを会わせるものか」

「アハハハ、っスよ! それに、フミヤのペンダントに脆弱な術をかけて、オレの復活を防げなかった間抜けな小僧に、何ができるっスか?」


 座敷に砂塵が舞った。すぐにそれはかき消されて、清涼な空気が戻ってくる。茶羅のリュークに、秀人がなにかの術で応戦した。

 檜山さんがコホコホと咳き込む。その様子を、雄津さんがチラリと見た。


「とにかく喧嘩するのはやめよう。千夏ちゃんは真実が知りたい。秀人くんは真実を話すことを千夏ちゃんに約束した。茶羅くんも、龍の女の子を手に入れたくない。そして僕と瞳は、龍について知りたいし、みんなが幸せになる方法を考えたい。争う必要なんてない」


 雄津さんの言葉に、秀人と茶羅は戦うのをやめる。秀人は掲げたてのひらを下ろし、茶羅は身にまとわせていた砂をかき消した。


「雄津さんが言うのなら」

「フミヤが言うのなら」


 秀人も茶羅も聞き分けが良い。秀人は雄津さんの研究者魂に感銘を受けていたようだったし、茶羅は雄津さんのペンダントとして一年間だっけ? それくらい一緒にいたようだし。

 秀人はドンパチして冷静になったのか、正座をしてあたしに向き直った。

 自分の記憶にほかの誰かが触れるのは嫌だ。だけれど、あたしに真実を話そうとしてくれている。その気持ちは受け止めたい。

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