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 執刀医の男性の案内で、私たちは集中治療室に連れてこられた。手指の消毒を行ってから入室したその部屋には、見るからに複雑な造りをした医療機器が所狭しと並んでいる。

 そして。

 部屋の中央に設置された寝台の上に、早苗が寝かされていた。

 彼女は、目を覚ましていた。

「早苗っ……!」

 私たち一同、一目散に早苗のもとへと駆け寄る。

「ママ……? パパ……? それに、陽子も……?」

 全身麻酔を受けていた影響でまだ意識が茫洋としているのか早苗の反応は鈍いが、意識はあって私たちのことをちゃんと認識している。頭は包帯で厳重に覆われ、医療機器の導線や管が体のあちこちに繋がっている痛ましい姿ではあるが、彼女は確かに生きていた。

「良かった、本当に良かった……!」

 早苗の手を握った葵さんが、その場に崩れ落ちて肩を震わせる。その様子を後ろから見ていた私と晴樹さんも、間もなく大粒の涙を目に浮かべるのであった。

 早苗の手術は、大成功だった。

 手術はミスもトラブルもなく進み、三〇分ほど前に終了していた。腫瘍は完全に除去できており、術後の頭部CT検査でも問題がないことが確認された。それから早苗は全身麻酔を解かれ、手術室から集中治療室に場所を移されて、現在に至っている。

 この後は一~二日ほど集中治療室で過ごし、何もなければ元の病室に戻って運動や飲食のリハビリを行うらしい。そして一週間から一〇日ほど経過を観察し、運動系や感覚器系などが正常であることを確認できれば、早苗は晴れて退院できる。

 五年半に及んだ早苗の闘病が、ようやく終わるのだ。

 脳出血で倒れて一時は絶望的な状況に陥ったが、禍を転じて福と為し、早苗は病気に打ち克って帰ってきてくれた。この奇跡に、心から感謝が溢れた。

「良かったね、早苗」

 手術の成功を祝福すると、早苗がこちらを向く。彼女は私をしばらく見つめた後、うわ言のように呟く。

「ごめん、なさい」

 彼女が口にしたのは謝罪だった。

 私は最初、死のうとしたことを謝られたのだと思った。確かに、死なないでと頼んでいたにもかかわらず早苗が自死を試みたことに対しては、やるせない怒りを感じた。だが手術が上手くいって早苗が生き延びた今、そんなことはもうどうだってよかった。

 そう伝えようとしたのだが。

 私の当ては、外れていた。

 早苗の端整な顔が、悔恨に歪む。

「私、死ねなかった」

「えっ?」

 続いた言葉に、私は不意打ちを食らった。傍にいた葵さんたちも思わず凍りつく。

「死んで、あなたの役に立つはずだったのに、死ねなかった。あなたを、救えなかった。ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「早苗……」

 涙と共に語られた懺悔ざんげが、私の胸を突き刺す。

 早苗は自分が助かったことを喜んでいなかった。それどころか、私のために死ねなかったことを悔やんですらいる。

 それは、彼女の意思が本物だったという証拠に他ならない。早苗は本気で私を助けるつもりだった。自分の命を差し出してまで、私に生きていてほしいと願っていたのだ。私は今更ながら、彼女の恵愛の強さと覚悟の重さを思い知る。

 だけど私だって、早苗に生きていてほしいと思っている。葵さんたちも同じ思いだ。それゆえ早苗には、生き延びたことをいとわないでほしかった。

「そんな寂しいこと言わないで。私のことは自分でなんとかするから、早苗が気に病むことは何もないんだ。せっかく病気が治ったんだからさ、今は喜ぼうよ。ね?」

 早苗の気持ちが前向きになるように、私は彼女を励ます。

 しかしこの日。

 早苗の表情が晴れることはなかった。



< 3章『転落』 了 >

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