第4話 さっそく幽霊少女確保
「とりあえず、これお水です」
部長はペットボトルのミネラルウオーターを俺にくれた。
撮影は長丁場になるかもしれないから、みんなそれぞれ水分とか食べ物は少しだが用意していたのだ。
食べ物と言ってもチョコレートとかカロリーブロックとか、すぐ口に入れられるものだけど。
「申し訳ありません。現状、私達は寺島君に頼らないといけません。まずは水とカロリーをとって、体を休めてください」
「まあ、だよね。寺島が寝てる間はアタシらが番をしとくからさ」
「すいません、部長。それに会田も」
正直なところ結構疲れている。
仮眠がとれるのは有難かった。
「たっちゃん。添い寝しようか?」
「ここではさすがに止めてもらえませんかね」
普段は一緒に昼寝もするけど、人目があるところだと恥ずかしい。
とにかく俺はチョコレートを食べ、水を飲んでベッドに寝転がった。
するとすぐに眠気がやってきて。
俺はすとんと眠りに落ちた。
……ねえ、わたしと、一緒にいてくれる?
柔らかくて、あたたかくて、いい匂いがする。
あれは。
あの女は、いったい。
「うっ、ああ……」
目が覚める。
部屋を見回すと、部長たち四人の姿がちゃんとあった。
ほっと一息を吐き、貰った水を飲む。断ったはずなのにヨミが普通に添い寝していた。
うん、柔らかいのもあたたかいのもいい匂いも全部ヨミだったみたいだ。
「おっ、寺島起きたー?」
「会田は、眠ってなかったのか」
「もともと夜型だしね」
起きていたのは会田だけ。
他の人たちも眠ってしまっているようだ。
「どうする? 少し眠るんなら、俺が番しとくけど」
「問題なし。それより、見てよスマホ。アタシ数えだと一時間くらいは経ってんだけど、時計止まったまんま。それに窓の外、ぐにゃぐにゃ曲がった変な空間が広がってるだけ。やっぱさ、待ってても朝は来ないっぽい」
「そっか……」
つまり脱出するためには何か行動をしなければいけないということ。
……もしかしたら何をしても出られないかも。その可能性からは目を逸らす。
「ん……あ、寺島君」
「ども部長、おはようございます」
それからヨミも文城先輩も目を覚まし、改めて方針を考える。
「寺島君。あなたには負担をかけると思います。ですが、皆で行動してもらえませんか?」
部長たちの決定は、五人での行動だった。
それ自体は特に問題がない。
ヨミの言う通り、危険自体はどの選択でもある。ここまでくると本当に好みでしかない。
「ただし、いざという時は私達を助けるために動かなくてもかまいません。はっきり言うと、あなたしかあのウサギのキグルミに対抗できません。あなたに何がある=私達の全滅です。ですから、私達はあなたを生かすための駒だと考えてもらって結構です。暦さんの言う通り、それがたぶん、一番生き残れる可能性が高いと思います」
「なっ、何言ってんだよ咲子?!」
「そ、そうだよ?! そんなん、アタシ……!」
その発言は久地部長の独断だったらしく、ヨミ以外のメンバーは慌てている。
いや、部長の手も震えていた。怖いの苦手な人だし、本当は泣き叫びたいくらいなんだろう。
茂部井や布津野さんのことだって救出に、と提案したいに違いない。
それでも少しでも多くの部員が助かるよう非情な選択をした。
俺はそれに報いないといけない。
「分かりました。でも、無理のない範囲では、全力で皆さんを助けます」
それが俺に言える精いっぱいだ。
だけど久地部長は瞳を潤ませていた。
「……ありがとう、ございます」
「よ、よしてください。実際には何ができるか分からないんですから」
美人さんの感謝の言葉ってちょっとパワーが強い。
俺は照れて頬をポリポリとかく。するとヨミが、なぜか俺の耳をハムハムと甘噛みし始めた。
「あのぉ、何をしていらっしゃるので?」
「嫉妬。でも怒って殴ったり責めたりするのは違うし、もっとインパクトのあることで私の存在を刻み込んでおこうかなーって」
三つ子の魂百までというし、ヨミのことはとっくに魂にまで刻まれてる気がする。
会田や文城先輩から呆れた目を向けられつつも、とにかくまずは次の行動を考えないと。
「部長、これからどうしますか」
「あっ、そうだ。アタシちょっと考えがあるんだけど」
話に割り込んだ会田は腕組みドヤ顔である。
「404号室。幽霊の噂の大本、ここで死んだ女の子がいた部屋だよ。調べない手はないっしょ?」
◆
周囲を警戒しながら廊下を進む。何かあった時対応できるよう俺は殿だ。
「な、なんで俺が一番前なんだよ……」
ちなみに先頭は文城先輩。仕方ないね、彼はヘタレじゃないから。
ウサギのキグルミの気配はない。相変わらず唸り声は止まないが、とりあえず襲撃はないまま404号室に辿り着けた。
「ここは、俺が行きます。ごめん、ヨミ。怖いからさ、あのー」
「任せて。背中にくっついといてあげる」
「ありがとうございます、ハニー」
「いいってことよ、ダーリン」
背中に伝わる熱と柔らかさ。どことは言わないけど、また大きくなったなヨミちゃん。
その感触が俺から恐怖を奪い去ってくれる。
「うっ」
扉を開けると腐った卵と鉄錆の匂いが強くなった。
室内には誰もいない。注意しつつ、歩みを進めていく。
「ひぅ、み、皆さん。何があっても、うご、動けるよう、警戒は怠らないでくだひゃいね」
人死にがあった部屋というのはホラー嫌いの久地部長にはかなり負担が大きいようだ。
「わ、わかってますぜ部長。だいじょうぶ、お化けなんて嘘さ」
───ネェ、一緒ニ、居テクレル?
耳元で、誰かが囁いた気がした。
あ、俺も無理だわ。怖い。なんか空気がヤバイ怖いヤバイ。
「たっちゃん。私が手を握ってるから安心してね」
「あ、あの。暦さん、私もいいです?」
「特別ですよ部長」
ヨミを中心に俺と部長が挟む形でお手々を繋ぐ。
どう考えても周囲を警戒スタイルではない。
「いや、あんたらも部屋の探索しろ!」
会田に怒られ、結局それぞれ分かれて部屋を探す。
といっても特に奇妙なものがある訳でもない。
ベッド近くにスケッチブックが置かれている。ペラペラめくっても何も描かれていなかった。
「寺島、なんかあった?」
「いや、とくには」
「あー、じゃあさ。トイレ行かない? さすがにアソコを一人で調べる勇気は……」
「おっけ、俺も怖いし二人で行こう」
「……ついでに、小さい方したい。あんたなら、一緒に入ってもいいからさ」
怪死事件が起こった部屋で幽霊の痕跡探しつつ女の子とトイレに入って小さいほうってどんなプレイやねん。
でも一人でトイレを調べる勇気はないので、とりあえず調査は会田と一緒に。
「いくぞ」
「う、うん。せーのっ!」
ばぁん、と扉を開くが変なところは何もない。
便器の中をのぞき込んでも手は出てこない、天井を見ても女が釣り下がっていたりもしない。
ああ、よかった。
何もいない。
「きゃああああああああ?!」
安堵したのも束の間、ヨミの悲鳴が聞こえた。
俺ははじかれたように走り出す。「ちょ、寺島?!」と言う会田の手を掴んで引きずっていく。トイレに一人残していくなんて心配すぎる。
声はシャワールームから聞こえた。
勢い任せに飛び込むと、
「な、なんだこれ?!」
髪の毛だ。
排水溝から長く黒い髪の毛がまるで職種のように伸びて、ヨミを拘束しているのだ。
「た、たっちゃ…ん……あ、う」
髪の毛は四肢や胴体だけじゃない。
首にも伸ばされようとしている。しかも力の方向を見るに、排水溝の中に引き込もうとしている?
俺は咄嗟に髪の毛を掴んだ。
「……っ?! 力が、強い?!」
髪の毛なのに、物凄いパワーが籠っている。
やばい、こんなので首を締められたら普通に窒息する。
どうすればいい。ヨミが、このままじゃ……!
『ネェ、私ト、一緒ニ、居テクレル?』
排水溝の向こうから、濁った女の声が聞こえる。
あれがこの髪の毛を操っているナニカ。
俺は、まだ見えないそいつを必死に睨みつけた。
◆
俺は考えたことがある。
幽霊の力の源は何だろう、と。
ホラー系の話を見ると、あいつらは死者なのに生者を超える力を持つ。
何故だろう。どう考えても生きている方がエネルギーは強く思えるのに。
武に邁進して、体を鍛えて技を錬磨するほど、幽霊の強さへの疑問は増す。
奴らには筋肉がない、技を磨くこともしない。なのに強いなんて納得ができなかった。
ある日俺は、泊まりに来たヨミに疑問をそのままぶつけてみた。
『んー、でもさ。お話の幽霊って、失恋してうらめしやーとか。殺されて恨みまするーが多くない? やっぱり、強い感情とか目的意識がある人……人? いや、幽霊。とにかくさ、想いの強さってすごいモノなんじゃないかな』
なるほど、確かに想いの強さが肉体を凌駕することもある。幽霊はむき出しの想いだから、余計に強くなるのかもしれない。
それが事実かどうかは分からない。
だけど俺は思った。
「……それなら、負けない」
意識は再びシャワールームに戻ってくる。
「あっ、はぁ、ああぁ……」
拘束されたヨミが苦しみに喘ぐ。
待ってろ、すぐ助けてやるから。
「幽霊の、力は、恨み……。なら、負けない」
俺はゆっくりと呼吸をする。
古流武術には独特の歩法や呼吸法がある。俺の学ぶ流派、桧木流も同じだ。
それが溜気勁。丹田に力を溜める、独特の呼吸法だ。
武術には気を扱う概念がある。といっても掌からエネルギー破を放つような技ではない。
現実における気は、一部の例外を除いて体内にのみ働く。
だが適切に扱った気は、時に信じられない程の力を発揮する。
「お、おおおおおおお………!」
溜気勁によって丹田に集中した気を練り上げ増大させ、今度は全身に送る。
筋肉に通常以上の力が宿る。それを集中し、ヨミを引きずり込もうとする髪の毛を、逆に引っ張り返した。
『エッ、アノッ、チョットナニコレ?』
濁った女の声が、慌てているように聞こえた。
だが関係ない。腰を落とし、腕ではなく全身の連動で生まれたパワーを以て、毛の主を排水溝から引きずり出してやる。
『アノ、引ッ張チャダメ。オカシイオカシイ、ココハ私ニ怯エテ、悲鳴アゲナガラ排水溝ニ引キズリ込マレル、トコロデハ?』
「知るかぁぁぁぁぁぁぁ……?! たしかに、お前の力は強い。きっと、深い恨みがそれを支えているんだろう。だが! 想いの強さなら、俺も負けていない! ヨミに、手を出そうなんざ、ふざけた真似する奴に負けてたまるかよぉ……!」
これは力比べでなく想いの測り合いだ。
だからこそ俺は絶対に引かない。
『ナンデ? ナンデ幽霊ノエネルギーニ対抗デキテルノ?』
「そんなの決まってる。想いに対するは想い。お前の恨みと俺のヨミを大切に想うこの心、どっちが上か勝負じゃぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
『チガウ?! 幽霊ッテソウイウモノジャナイ?! アア、イタイイタイ、女ノ子ノ髪ハ大事ニ?!』
「お前昭和の幽霊だろ? 今のご時世はジェンダーフリー、女だから暴力はダメなんて時代遅れなんだよぉ!」
『納得イカナァァァァァイ?!』
幽霊だからか物理的には思った以上に軽い。
俺が全力で男女死者正者平等一本背負いを決めれば、排水溝からすっぽーんと勢いよく何かが飛び出した。
それを確認するよりも先に、ヨミに絡み付いた髪の毛を力づくで引き剥がす。
「大丈夫か?!」
「ごほっ、ん、うん。な、なんとか……」
よかった、窒息や骨が折れたりとか、致命的なことにはなっていない。
ヨミの無事にホッと一息、改めて俺は排水溝の方を見る。
『ウゥ…ナァニコレェ……』
出てきたのは、半透明で目の赤い、長い黒髪の少女。
白いワンピースが良く似合っているが、ちょっと美白が行き過ぎてる感じだ。
というか、うん。
彼女? 幽霊? この子、もしかして……。
「えーと、だね。君、もしや、このホテルで怪死したっていう女の子?」
『ア、ハイィ、ソ、ソウデスゥゥゥゥ』
なんと。
俺は怪異の元凶を一本釣りしてしまったようだ。
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