『マヨヒガ』を知っているか

QU0Nたむ

マヨヒガを知っているか

『『マヨヒガ』を知っているか?』


 そう私が尋ねられたのは、随分と前の8月8日のこと。

 当時の私は高校生で、夏休みの寝苦しい夜の出来事だった。 


 翌日の予定も特になく、寝れない事を受け入れてその晩はずっとスマートフォンを触っていた。


 思いつく徘徊場所も回り尽くし、ちょうど手持ち無沙汰になっていたと思う。

 

 そのタイミングでSNSに、たった一言だけのダイレクトメールが届いたのだ。


 『『マヨヒガ』を知っているか?』と



 知らないアカウントからのDMだった。反応する必要は無いはずだが、どうにも気になってつい返事をしてしまった。


『ホラーゲームのタイトルで聞いたことがあります』

『妖怪の住む不気味な屋敷に主人公の幼馴染みがさらわれるストーリーの』

『それのことでしょうか?』


 その時の私はネット小説を書いていて、それなりにサブカルチャーには詳しいと思っていた。

 ホラーテイストの小説も書いたことがある。今回のDMも、それに関わるものだろうかと思い至った。


『違う』


 アテが外れたようだ。『この人』は何を言いたいのだろうか。

 しばらく、入力中の表示が出るばかりで返信が返ってこなかった。


 10分ほど待っただろうか。


『『マヨヒガ』とは山奥の人の居ないような場所に屋敷があり、そこに迷い込んでしまった人の物語。民間伝承の一つだ』


 それを私に伝えて何がしたいのか、知識マウントでも取りたいのだろうか。


『不勉強で申し訳ありません』


 もう夜中の2時を回っていた。なかなか寝れずに会話に付き合ったが、もう寝たほうがいいだろうか。

 草木も眠る丑三つ時と言うだけあって、ホラーゲームのタイトルでもある単語を考えることが不気味なことのように思えた。


 やっぱり寝てしまおう。そう考えた矢先、返信が届いた。


『すまない、責めるつもりはなかった』


 素直な返信に毒気を抜かれ、もう少し話を聞いてみようかと考え直した。


 そこから『この人』は『マヨヒガ』について丁寧に教えてくれた。


 主人公は確かに不思議な屋敷に迷い込む、『迷い家』であることに違いはない。

 ただし、その屋敷はとても見事な邸宅なのだとか。

 立派な黒き門。大きな庭には紅白の花が一面に咲き。鷄や牛、馬など家畜も沢山いる。

 ただ、一向に人は居ない屋敷。

 そこは、誰も居ないというだけで満ち足りていて、上質な品々に溢れているそうだ。


 民間伝承には2つの話があり、欲を持たずその屋敷から逃げ帰って富を得た男。そして、欲を持って屋敷を探し回って何も得られなかった男の2パターンがあるらしい。


 私が下手に話すと話が長くなるから詳しくは『マヨヒガ』で調べてみてほしい。


 『マヨヒガ』について、『この人』はまるで民間伝承を直接聞いてきたかのように詳細に語ってくれた。

 私は『マヨヒガ』がホラーゲームのタイトルというだけではないと腑に落ちた。


 最初は何がしたかったのか分からず、少し困惑していた。しかし、今は『この人』に感謝していた。


 私が知らなかった伝承の話を語ってくれた事で、自分の引き出しが一つ増えた気がした。


 ただ、それでも『この人』は結局、何故この話をしてくれているのだろうか。

 考えていても仕方がない、直接聞いてみることにした。


『お話ありがとうございます。』

『失礼を承知で一つ尋ねたいのですが、何故この話を私にしてくれているのでしょうか』


 本当に『この人』はなんなのだろうか。


『君の時代に正しく伝わっているか確認する為、文を送ったのだ』

『長く話を聞いてくれてありがとう』


 変な人だ、悪い人ではないのだろうが。

 そこから、『この人』はこんなことを言い出した。


『君は新しい物語を書いている、それは素晴らしいことだ』

『しかし、伝承や故事を知ることで、より深みのある物語を生み出せると思うのだ』


『そうして生まれた新しい物語が、次の伝承になると面白いと思わないか?』


 確かに先程の引き出しが増えた感覚も良いものだったが、それ以上に自分の物語が伝承になるという言葉に心が躍った。


 もっと話したいとも思ったが、そろそろ眠気が限界で瞼が重くなっていた。


 『この人』が『マヨヒガ』について正しく教えてくれたことでホラーなイメージが薄くなり、安心したような気持ちになっていたのかもしれない。


 最後に感謝の言葉とおやすみなさいの一言を送れたかどうかも分からない。私は寝落ちしてしまった。


 本当に意識が飛ぶ寸前、返信があった気がする。

文面はこうだったと思う。


『私にとっては、この時間こそが『マヨヒガ』なのかもしれない』






 翌朝、スマートフォンを見返したら、昨日のやり取りは残っていなかった。

 アカウント名で検索しても該当のアカウントは影も形も出てこなかった。

 夢だったかと考えたが、新しい伝承になるような物語を書こうという熱意は確かに焼き付いていた。


 そのアカウントの名前は確か『柳田 國男』だった。




 高校生の私が民間伝承について調べ、その名前を知り、顔を青くするのはもう少し先の話。



 そうして私は先人に敬意を払い、後進のためにもたまに尋ねるのだ。


『マヨヒガを知っているか』とね。

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