不幸な事は一つだけ

「お兄ちゃん!」


「来てくれて嬉しいよ空」


 空が抱き着いて来たので、抱き着き返す。

 その光景に声にも成らない声を漏らしながら殺意を周囲にばら撒く白奈さん。

 そんな白奈さんをフル無視して、空の頭を撫でると頬を緩めて喜んでくるれる。


「お兄ちゃんの競技は午後の最初だよね?」


「あぁ。取り敢えず、昼食食べるか」


「約束通り弁当作って来たよ!」


「本当に? それは嬉しいよ。ありがと」


「うんっ!」


「え、何。これって私が入る隙間無い感じ? 何この疎外感。ね、私居るよ? ここに居るよ? ねぇ、気づいてよ!」


「「うるさいぞ」」


「なんでさ!」


 そんな会話をしていると、二人の見た目の影響か、周りの目が割と集まっていた。

 そんな中を進んで来たのは優希君と美咲さんだった。


「天くんこれからお昼?」


「まぁね」


「そっかぁ。僕もだよ。敵同士だけど、お互い頑張ろうね」


「あぁ、頑張ってくれ」


「へ?」


 美咲さんと白奈さんが会話をしている。

 そして、僕は空と一緒に弁当を食べる場所を探しに向かう。

 白奈さんは父親と義母と食べるので、ここで別れる。


「やっぱり私も行くから待ってて!」


「いや無理」


「兄妹の邪魔をしないでよ」


「空ちゃん。分かってるかなぁ? 戸籍上、今の兄妹って私だよ? 私、分かるかな?」


「血縁上はこっち」


「半分なら言わないから!」


「む! それは⋯⋯」


「だいたい。兄妹は結婚も出来ないよ」


「い、今は同性婚とか、尊重されてるし、いずれ、いずれ」


「いや無いでしょ」


「それに、戸籍上お兄ちゃんとは兄妹じゃない」


「なら私が優先されるべきじゃない?」


「こう言うイベントは普通家族と昼を一緒にする。親孝行しなよ」


「天音君は!」


「家庭的事情」


 空が僕の手を引っ張って進む。僕は抵抗しないで引っ張れるがままに進む。

 白奈さんが何か叫んでいる気がするが、ムキになっている空が珍しくて、気にならなかった。


 場所を探して歩いていると、豪炎寺さんとばったり遭遇した。

 空には言ってあるので、すぐに事情を察した。

 流石は天才と言うべきだろう。


「天音さん。こんにちは」


「こんにちは豪炎寺さん。それと、奥さん?」


「あぁ、貴方が。旦那がお世話に成ってます」


「いえ。こちらこそ」


 空を前に置き、肩に手を回しながら僕達が会話をする。

 二人は午前の部が終わったので、待ち合わせの場所に向かっているらしい。

 しかし、初めての学校なのでいまいち分からず、少しだけ迷子に成ったらしい。


 おいおい社会人と思ったが、まぁ浮かれているのだろう。

 娘の晴れ舞台⋯⋯しかも豪炎寺さんの娘は凄い身体能力だと聞く。

 きっと大活躍するだろう。だが、午前中に出て来る事は無かった。


「え、パパ? ママ?」


「お、凜々!」


「来てくれたの?」


「う、うん。遅かったから。迷子に成ってると思って、気配を辿って⋯⋯」


 気配を辿るって⋯⋯同じ事を思っているのか空の目がジト目だ。

 だが、実際に出来そうなので恐ろしい所だ。


「え、どう、なんで?」


 様子が変な豪炎寺娘さん。

 何か恐ろしいものでも見たのか、顔が髪色と真逆で真っ青だ。

 体が全身から震えて、僕を指す指が定まっない。

 豪炎寺さんが僕の方を見てくるので、頷く。


「彼が仕事を失った俺に仕事を与えてくれたんだ。今ではバリバリ働いている。⋯⋯聞いてなかったか?」


「あ、ごめん。私言ってなかったかも」


「え、じゃ、あの店で泣いてたのって⋯⋯」


「見られていたのか! 恥ずかしいなぁ。まぁ、なんだ。嬉しくて、ついな。耐えきれず」


「そ、そんな。なら、アタシは、アタシがしてしまった事って。そんな、そんな」


「ちょ、凜々!」


 膝から崩れ落ちた豪炎寺娘さんに寄り添う二人に声を掛けて、数分してから僕達は離れた。

 昼食を終えてドッチボールの競技が始まる。

 悲しい事に、豪炎寺さんが居る組と最初からぶつかった。


「頑張れー!」


 名指しのない白奈さんからの応援で、やる気が出た男子達。

 相手との相性が良かったのか、なかなかに優勢だった。

 ちなみに空が見ているから活躍したかったのだが、僕では大した活躍には成らなかった。

 活躍はボールをキャッチして仲間に渡すくらい。

 ちなみに負けた。


 そして女子。

 心ここに在らずの放心状態の豪炎寺さんが居るからか、女子は勝った。


 そして、男女混同の第三試合が始まった。

 そこで、何故か僕が選ばれた。理由は白奈さんの強化剤だった。

 ウチのチームの指揮系統が白奈さんの扱い方を練習中にマスターした様だ。畜生。


 相手は豪炎寺さんに期待しているらしく、放心状態の豪炎寺さんが入っていた。

 僕を見た豪炎寺さんが震えだす。


 だから、僕は相手のコートギリギリまで足を近づけた。

 僕は察しが悪い方ではないと思っている。

 今までの事から要約糸が繋がった。


「僕はこの学校に来たから一度も傷ついてない。不安な要素も危険な要素も全部白奈さんだけだ」


「ッ!」


 豪炎寺さんと白奈さんが同時に向いた。ボールを持っているのは白奈さんだ。


「僕がこの学校で憂鬱だと、面倒だと、怖いと、感じているのは白奈さんだけだ。僕が不幸だと思っている事は、白奈さんと同じクラスに成った事だけだ」


「あ、天音君?」


 プルプル震え出した白奈さんがボールを落とした。

 投げる為に相手コートに近づいていた事もあり、相手コートに入る。

 それが豪炎寺さんの足元に転がった。


「誰にだって間違いはある。人は恥、後悔と絶望の記憶は長い間引き摺る。忘れる事は難しい。だから、どれだけ開き直って反省するかが需要だと思う。⋯⋯なので、親の前だけでも、明るく動いてはどうでしょうか?」


「⋯⋯」


「もう一度言います。僕がこの学校に来て不幸だと思っている事は、白奈さんと同じクラスに成った事です。最初の体育祭なんですから、楽しみましょうよ」


 実況から訝しげな言葉が聞こえる。

 動かないこの場所は観客からも疑問の声が上がる。

 ゆっくりと豪炎寺さんがボールを持ち上げる。


「⋯⋯後で、話が、ある」


「分かりました」


 そして、豪炎寺さんが明るくなった顔を上げて、力強くボールを後ろに引いた。

 力を溜めて、そして近くに居る僕ではなく白奈さんに向かって放った。

 白奈さんは咄嗟な事でもすぐに反応してそれをキャッチした。


「ありがとうございます。貴方のお陰で、アタシは間違いを起こさないで済んだ。ありがとう!」


「⋯⋯命を賭けた価値、あったでしょ? ほらね。私の言った事は正しかったよ!」


 そして投げ返す。

 は、速い。


 そして、誰も入れない二人の投げてはキャッチ、投げてはキャッチの戦いが繰り広げられた。

 キャッチからの投げ、その動作が互いに短くスピーディな戦いが繰り広げられていた。

 そして、時間切れとなり、どちらかが一人でも当たった方の負けと成った。


「はぁはぁ」


「ふぅー」


 まだ体力的に余裕があるのは豪炎寺さんの方である。

 ボールを持っているのは白奈さん。

 この中で、一番白奈さんが強い。だから、皆が期待している。

 そして、誰かが僕の背中を叩いた。


「え」


 その顔を見て、何をして欲しいのか理解した。理解、してしまった。


「⋯⋯白奈さん、頑張れー」

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