二、花陰で舞う

第一話



 桜の咲く季節になると思い出すことがある。金虎きんこの一族の敷地内に咲く満開の桜の木の下で、楽しそうに舞う子供の姿を。



 その桜の木は丘の上に一本だけ寂しく立っていた。


 敷地内に咲く桜の木の中で一番古く枯れかかっているせいもあって、何十年も前に花を咲かせることを止めてしまっていた。


 その老木は枯れたままその丘の上に立っていて、しかしなぜか撤去されることなく、丘の上からこの紅鏡こうきょうを見守っていたのだ。


 宗主である父に訊ねたら、五百年以上前に紅鏡こうきょう烏哭うこくに侵略され、たくさんの民や一族の者たちがこの地で亡くなったのだと教えてくれた。


 その侵略からこの地を取り戻し、烏哭うこく晦冥かいめいに封じられる前に植えられた桜なのだと言う。


 つまりは象徴的なもので、撤去するなどあり得ないものなのだと。


 竜虎りゅうこはまだ五歳だったが、この頃から術士になるための修練が始まった。


 午前中は母である姜燈きょうひに監視される中、一族の中でもこの国の歴史や術式、様々な怪異への対処法に詳しい老師に勉強を教わり、午後からは実技の修練に変わる。


 まだたった五歳の子供である竜虎りゅうこにとって、遊ぶという時間がほとんどないことが不服でならなかった。

 

 もちろん嫌々やらされているため、まったく身にならず、いつも姜燈きょうひに叱られていた。


「そんなことではお前もあのれ者のようになってしまうわよ!」


 母が言うれ者とは、たったふた月遅く生まれた義弟のことで、実のところほとんど顔を合わせたことがないし、ましてや言葉を交わしたことなど一度もない。


 ないが、母も上の兄もその義弟のことが気に食わないようで、その価値観を幼い頃から竜虎りゅうこに教え込ませていた。


「毎日馬鹿みたいにへらへら笑いながら、でたらめな歌を歌って踊っているような子に、あなたはなりたいの?宗主のために、この地の民のために尽力を尽くすのが、一族の役目だというのに」


「ごめんなさい」


 くどくどと毎回同じことを繰り返す母に、うんざりしながらも、余計なことを言えば長引くと身をもって知っているので、とりあえず謝る。


 横で三つ上の兄、虎宇こうがはあと大きく嘆息する。


「お前は謝れば済むと思っているだろう?そんなのは弱い奴の言い訳だ。才能のない奴が努力もせずに一体どうやって成長できる?」


 八歳の虎宇こうは、この歳ですでに武芸に秀でており、剣技だけでなく弓や槍も得意で、同じくらいの歳の子の中では群を抜いていた。


 そしてしっかりと姜燈きょうひの考えを受け継いでおり、手を抜くことを許さない性格であった。


「ごめんなさい」


 竜虎りゅうこは俯いたままただ謝るしかなかった。午前も午後も息が詰まる思いだった。


 妹である璃琳りりんがこんな時は羨ましく思う。


 女の子なので、修練は選べるのだ。望めば受けられるし、望まなければ受ける必要がない。


 だが自分は選択肢はなく、将来優れた術士となって宗主を支えるというのが義務なのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る