第6話 過激でも彼女

 お互い眼鏡デバイスを着けてすぐ隣を歩いているのに、リモートナビを始めるなんて、何だか妙な気分になりそう。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は口角を上げて嬉しそうに会話をスタートする。


「志優くんって、昔からそんな感じなん?」


 あれ、彼女の口調が何か変わった。


「う、うん。そうです」

「それって、分け隔てなく誰とでも?」


 さすがに男友達と話す時に比べたら気は遣うけど。


「大体こんな感じかなぁと」

「ふぅーん。でもおかしいね。名前なんて知らないけどさ、クラスの他の女子と話す時はもっとくだけてたじゃん? それが出来るならして欲しいんだけど?」

「え? ええ?」

「過激に話してもよくない? てか、今からそんな感じでよろー!」


 いきなりくだけろと言われてもよく分からないけど、やらないと不穏な雰囲気になりそうだしやるしかなさそう。


「じゃ、じゃあ、えーと……柚木崎さんはー」

「はい、駄目! 下の名前で呼んでいいし、てか、呼べー!」


 初めにミスして名前で呼んだことを、実は気にしてるのだろうか。

 でもそんな風でも無さそうだし呼ぶしか……。


「瑠音……さん」

「ほい、何?」

「何って……名前を」

「用事も無いのに名前呼ぶのは無いし。言いたいことは言えー! てか、もしかして緊張してる? してるならしなくていいよ、あたしなんかに」


 本当に何でこんなに緊張してるのか、いつも通りの自分を出すだけなのに。


「でも瑠音さんはあの、教室だとすごく純情な人だったし、僕も合わせた方がいいのかななんて思って」

「あーあれ? あんなもん、見せかけに決まってんじゃん!」

「それって女子たちにも?」

「うん。だってよく知らないし。でも志優くんとはもう戦友みたいなもんだし。そこは比べられないというかー、もっと行動に出していいし何なら志優くんらしくない大胆な動きをしても問題無いな」


 いつから戦場に出ていたんだろうか。リモートナビのナビの部分が彼女的にそんなイメージだとしたらそう思うしか無いけど。


「努力してみま……」

「すぐ目の前に階段があるけど、下りる感じ?」

「えっ、あ……そうです。じゃなくて、うん」

「りょ!」


 そう言うと彼女は軽快な足取りで一段ずつ下りて行く。デバイスを着けながら軽やかに動けるなんて、ただ者じゃない。ナビする側の僕の方が、ちょっとした映像酔いのようになっているからだ。


 そのせいもあって歩き慣れているはずの坂道で足がもつれ、転びそうになっていた。その瞬間、僕は危機的状況をいち早く察して一番近くのに掴まるように、両腕を目一杯広げて回避行動を取った。


 ナビをしている最中なのに、思わず目をつぶって電柱のようなものを抱きしめていた――はずなのに。


「あー……ね。そう来たか。大胆ってか、過激に出たか。まぁ男子だしねー分からなくも無い」


 すぐ目の前で彼女の吐息を感じるのはどうしてだろうか。というより、僕は一体何に掴まって抱きしめているのだろう。恐る恐る目を開くと――。


「うわぁっ!?」


 とてつもなく危険な行動に出ていたことに驚いて、僕はすぐに彼女から離れた。


「自分からしといて驚くとか、真面目過ぎない?」

「ええぇぇ……い、いや、何て畏れ多いことをしてしまったというか……ごめんなさい!! こんなんじゃ、ナビゲーターとして失格というかどうすればいいのか本当にその」

「……もしかしなくても、女子に触れるの初めて系?」

「そういうわけじゃ……ただこれはわざとじゃなくて、転びそうになってとっさに瑠音さんに――」

「うんうん。全然気にしてないから!」


 そうか、僕はあくまでナビゲーター役。僕に緊張なんてするはずも無いだろうし、都会から来た彼女にとってはきっと慣れたことなんだ。


「何というか何と言えばいいのか、これからは気を引き締めてきちんと確実にリモートナビをするので、どうか許し……」

「気にしてないとか、全然気にしてたのに自己完結決めるの早すぎ! じゃなくて、志優くん、アレじゃん。全然興味無さげじゃん。てっきりそのままウチを押し倒して来るかと思ってたのにー!」


 てっきり激怒されたかとばかり思っていたら、全く違う反応が返って来るなんて。


「え?」

「ちなみに、デバイスの電源落としてるんだけど、気づいてない感じ?」


 僕から見える画面は、彼女が向かう方面の画面。だけど、実は電源はついて無くて、彼女の顔がずっと見えていた。


 途中で言うべきか迷っていたけど、充電が完璧じゃないデバイスは装着してすぐに電源が切れていたのに、まさか彼女の方もそうだったというのだろうか。


「い、いつから?」

「学校出てからずっと。まぁいいかって思ってたけど、志優くんナビ始めちゃうから合わせてた! それとも志優くんも電源切れてた感じ?」

「……はい」


 土下座レベルの大問題過ぎる。本当なら真っ先に気づいてすぐに学校に戻るべきだったのに。しかもその状態で足がもつれて彼女に抱きつくなんて、何やってんだろうか。


「や、怒ってないし。てか、すぐ隣を歩いててデバイスに遮られてるのも変だし」

「確かに……で、でも」

「うん、まぁこんなレアな場面は無いわけだから、顔を見ながら会話を始めようか?」

「道案内も?」

「それはお願いしたいなぁと。真面目に迷うんで!」


 本当に本物の迷子属性だったみたいだ。

 しかしそうは言っても柚木崎瑠音の顔をまともに見ながら話をするなんて、僕にはまだハードルが高すぎる。


 とはいえ、彼女は僕の顔をまじまじと見ながら次の言葉を待っている。

 ここはとにかく無難な言葉で始めよう。


「それじゃあ、瑠音さん。次の角を右にー」

「真面目かよ。……まぁいいけど、お互い隠しまくったんで次からは大胆かつ過激によろー! 学校でも過激に話しかけていいんで!」


 過激にの……意味がよく分からないけど、彼女にちょっと近づけたようなそんな気がする。


「えっと、よろしくです」

「過激でも純情でも、あたしはあたしなんで! そこんところよろしくー! じゃ、続きをよろー!」

「うん。それじゃあ、僕について来てくだ……ついて来てもらおうかな」

「りょ! これからすげぇ迷いまくるんで、毎朝と帰りも志優くんと一緒だー!」


 どちらも彼女なんだ。それが分かっただけでも前進だし、ちょっとずつ彼女に近づいて行ける。


 そんな気がしながら、僕と彼女は一緒に歩き出した。

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キミとつなぐ~はぐれギャルは純情派or過激派?~ 遥 かずら @hkz7

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