第4話 想像以上に迷子属性

「すみません、本当にこっちは田舎っていうか……」

「――じゃなくて、志優くんが!」

「え、僕が? もしかしてデバイスが不具合を――」


 彼女側のデバイスに虫がぶつかったとはいえ、こっちにも影響が及んだりするのだろうか。説明書にはそんなことは書かれていないのに。


「僕って使うのは可愛いから許せるとして、普段からそういう言葉遣い? そうじゃないなら普段通りに話してくれると楽なんだけどー」


 普段通り――つまり、山屋とかと話すように気楽に話せと。

 いくら何でも軽すぎるし、やはりナビゲーターをする以上は真剣に取り組まないと駄目な気がする。


「こ、これが普段の自分なんです」

「嘘だー! ま、いいけど。慣れたら変わるだろうしいいよ、それで」


 あっさり引き下がってくれた。


 会話自体先生に聞かれることは無いとしても、明日からは誰かに聞かれることになる。そうなると、友達感覚で案内をするのはやっぱり良くないよな。


「あ、そこから左折です。左に曲がってください」


 リアルタイムに映し出される映像は、当然ながら見るだけのものでは無い。映している本人は歩いたことも無い道を歩いているだけに過ぎず、とにかくナビに従うだけ。


 ナビする僕がよそ見をする暇は無く、彼女とのやり取りをしながら分かりやすい道を教えて学校に到着させなければならない。視力云々よりも、いかに集中出来るかが鍵だ。


 その意味でも普段からスマートフォンの画面に集中している僕にとっては、苦痛にもならない状態といえる。


「あれー? 左に左に曲がったら狭い道に来たけど、こっち?」

「ええ? 左に二回ですか?」

「そそ。曲がって曲がったらこんな場所に! 違った?」


 うわ、本当に迷子属性が強いんだ。

 素直に聞いてくれるのはいいとして、まさか左に曲がることを繰り返すだなんて。


「そ、そこから坂が見えると思うんですけど、坂を上がってください」

「オッケー!」


 風鳴総合への通学路は市街地近くはともかく、ある程度学校に近付けば必ず坂を上がらなければならない。そこから高台を目指すだけになるので、地元民からすれば迷うことはほぼ無いと言える場所だ。


 しかし彼女から見える景色は、そこから急に変わる恐れがある。つまりナビである僕がきちんと導いてあげなければならない。


「志優くん、いきなり山道になったけどー! しかも砂利道とか! これで合ってる?」


 学校近くはまだ未舗装道路があって、ここが元々山だったことを思い出させるものだ。しかし来たことが無い人からすれば、全く別の場所に迷い込んだ気がして一気に不安になるはず。


「そのまま真っ直ぐ進んで大丈夫です。進んだ先に階段があるので、後は上るだけになります!」


 思った以上に大変だ。

 見えている映像をそのまま伝えるだけなのに、本人からすれば見たことも無い景色の連続。眼鏡型のデバイスだからいいようなものの、スマートフォンによるナビだとたどり着けなかったかもしれない。


「はー、階段ながっ! 上りきれば学校?」

「あ、はい。もう少しです! 頑張ってください」

「ふひー。そっか、志優くんのやり取りもこれで終了かー!」


 映像はそのままに、教室を出て校門に向かうと小川先生や教頭先生の姿があった。時間的には、まだ登校して来る生徒の数は多くないからこその珍しい光景だ。


 そんなに大げさにすることも無いのに、学校としても初の試みということもあってか、転入生の到着を緊張した面持ちで迎えるらしい。


「お、おはようございます」

「おはよう。柚木崎さんはもうすぐ?」

「はい。山道側の階段から来るはずです」


 何でそっちを案内したんだ。といった顔をされたものの、初めの道を逸れてしまったしこればかりは何とも言えなかった。


 しばらくして、眼鏡型デバイスを付けているらしき女子が息を切らせながら向かって来るのが見えた。


 映像は僕を目指して進んでいて何とも不思議な感覚があった。聞こえてくるのも彼女の疲れ切った息遣いで、言葉を話す余裕も無さそうだ。


 僕に近付いて来る彼女――柚木崎瑠音は、頭を派手に染めてるでも無く長い黒髪をしていて、どう見てもどこかのお嬢様学校から抜け出して来たとしか思えなかった。


 僕にとって、今まで浮かべていたギャルというイメージが脆くも崩れ去った瞬間だ。


「ようこそ、私立風鳴総合高校へ! そして転入を本校に決めて頂き、ありがとうございます」

「あっいえ。はい」


 教頭先生の堅苦しい挨拶で、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せた。それと同時に、僕とのやり取りがそんな感じだったのを思い出して恥ずかしくなった。

 教頭先生はすぐに引っ込み、小川先生はすぐに彼女に話しかけている。


「疲れたでしょう? デバイスは外して大丈夫ですよ」

「いいえ、平気でした」


 間近の彼女を見つめるわけにもいかない上、デバイスの充電もあるので僕は視聴覚室に向かうことにした。彼女とは教室でも話せるだろうしここで話すことは無い。


「先生。じゃあ、僕は先に――」

「待ちなさい。下校の時のこともあるし、柚木崎さんのデバイスも充電して来てくれる?」


 人見知りでも無いのに、どういうわけか急に鼓動が早くなって彼女の顔を見られそうにない。


 そんな僕に構わず彼女は、


「君が志優くん? 帰りもよろしくお願いしまーす!」


 そんな僕を笑うでもなく、リモートナビ中とは違った彼女が僕を戸惑わせた。

 挨拶だけで判断すれば全然ギャルっぽくないような……。


 本当にどこかのお嬢様学校から来たと言っても不思議は無いほど、彼女は凛とした立ち振る舞いを見せている。


「わ、渡利です。あの……デバイスを」

「……うん」

「は、はい! そ、それじゃあ」


 何が何だか分からない。

 リモートでやり取りしていた彼女は凄く話がしやすいギャルだと思っていた。それなのにいざ対面したら――優しい笑顔を見せるお嬢様。


 戸惑いを隠せないまま教室に戻るも、僕はずっと胸の動悸が収まらなかった。

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