第3話 はぐれギャルの意味

 お互いの名前を知れたタイミングで、後ろに立っていた先生が僕の肩に軽く手を置いて部屋から出て行った。研修とはいえ、やり取りに対して口出しはしないという意味らしい。


 デバイスを起動するまでは、ぶっちゃけ道案内をするだけなら機械音声のように感情無しでもいけそうな気がしていた。だけど確実に相手がいて、しかも声と映像で判断しながら案内をするとなれば、彼女を不安にさせるわけにはいかないかも。


「ちなみにだけど、あたししょっちゅうはぐれっから! こっちじゃはぐれギャルって呼ばれててー。迷子属性強いっていうか、やばいんで! 頼りにしてるよ、志優くん!」

「はぐれギャル……?」


 魔物に似た名前はともかく、迷子になるからはぐれるという意味だとすれば割と深刻な問題なのでは。


「んじゃ、これからよろー!」

「はい。よろしくお願いします」


 終始機嫌がいい状態で彼女と初めてのリモート交流を終えることが出来た。今回は椅子に座っている状態で楽だったけど、これからは歩きながら誘導しなければならない。そう考えると、少なくとも交通量が多い都会では危なくて出来なかったかもしれない。

 

 しばらくして、小川先生が視聴覚室に戻って来た。 


「――どうだった、渡利君? 柚木崎さんとやり取り出来た?」


 使用者以外は映像をリアルタイムで確認出来ず、後でチェック出来る仕様になっている。しばらくしてから戻って来たのもそういう意味があった。


 彼女との直接のやり取りこそ聞かれないものの、映像は確認出来るせいか先生は向こうのギャルたちに面を喰らったような表情をしている。


 それでもリモートナビ自体は学校が提供するデバイスであり、あくまで転入生サポートというもの。そのせいで、全て先生に隠すことが出来ない決まりがある。


「……というか、柚木崎ゆきざき?」

「そう、転入生の柚木崎瑠音さん。向こうのギャルたち含めて、お互い自己紹介してたように見えたけど?」


 まさか、そんな……。だから反応に困っていた?

 顔も見えない相手にいきなり下の名前で呼ばれたら引くよな。


「そ、そうですね。はははは……」

「音声も映像も問題無いようだし、週明けから開始で大丈夫?」

「週明けいきなり本番ですか!?」


 下の名前で呼んだことを思い出すと、急に緊張して来た。


「ご両親は引っ越しを済ませているし、柚木崎さんだけ向こうに残っていただけだから、月曜日からリモートナビで案内してあげないと」


 ああ、だから向こうの学校と友達が映っていたんだ。


「歩きながらナビするんですよね?」

「渡利君は他の人より早く登校して、学校から彼女を案内してあげて」


 眼鏡型デバイスの意味って。 


「このデバイスなら、歩きながらでもリモート出来ますよね?」

「もう忘れた? 彼女は転入生! いきなりお互い歩きながらでは戸惑うでしょう? それに聞いたかもしれないけど、柚木崎さん迷子になるから」


 確かにそうだった。彼女にとっては転入初日。初めはクラスのみんなに紹介する必要もあるし、軽く手続きも必要しなければならない。


 意外とスムーズに話すことが出来たとはいえ、月曜日からが本番。まずは早起き、それから誰もいない教室に来て、彼女を遅刻させないようにナビしなければ。


 日射しが照りつける月曜日の早朝、僕は眠気をこらえてひと気の無い学校に到着した。この時間に来たことが無かったものの、用務員と事務員がいたのは何となく安心出来た。


 リモートナビの話を事前に聞かされていたようで、僕はすんなりと校舎に入れた。僕が使うデバイスは初日だけ学校に保管されていて、教員室にいた事務員が渡してくれた。それを受け取り、誰もいない教室に向かう。


 ひんやりとした自分の席に座り、早速デバイスを装着。


 ブゥン、といった微弱の起動音が鳴り、ザー、といった音が流れて来る。画面上は相手と繋がらなければ、単なる教室風景のままだ。要するにこれは自分と相手が繋がらなければ、成立しないリモートということになる。


「テスト、テスト……あーえーいーうー……」

「おはー志優くん! なになに? 発声練習?」


 うわっ、恥ずかしい。

 いつ繋がるか予測出来ない上、録画予約のような決まりも無いだけに、どちらかが発声しないと開始されないのはちょっと気恥ずかしくなる。


「お、おはようございます。柚木崎さん」

「んー? 本っ当に、真面目くんなんだー! っていうか、瑠音って呼んでいいって言ったはずだけど?」


 もしかして怒らせた?

 少しだけ不機嫌そうになっているような気がするし、言うとおりにするしか無さそう。


「る、瑠音さん」

「はいはーい! んじゃ、よろー!」

「あ、今って駅前ですか?」

「そうだよ。ここから案内してくれるってことみたいだし、頼りにしてるー!」


 昨日学校から帰る前、事前に駅周辺の地図を見せてもらった。それというのも、僕が慣れている道は基本的に学校周辺と近くの山道のみだからだ。彼女が暮らしている所は、最近になって新しく出来た市街地。商店も多く、都会ほどではないにしろ人通りもそこそこ多い場所だ。


 たまにしか行かないといっても、学校への道はそれほど難しくないのでそこは助かるところ。


「えーと、じゃあ映像をオンにしてもらっていいですか?」

「オッケー! 今は家を出てそこそこ車が走ってるー」

「その辺りだと……突き当たるまで真っ直ぐ歩くだけです」


 彼女がはぐれるギャルだとしても、さすがに直線で迷うことは無いはず。

 そう思いながら彼女の視界から映し出される景色を眺めていると、ガンッ、という鈍い音が聞こえて来た。


「えっ!? い、今の音は……?」

「何か、虫みたいなのが激突して来たっぽい! そっちは平気?」

「そ、それはもちろん。僕の方は音しか聞こえて来てないので! 瑠音さんも大丈夫ですか?」

「平気平気! しっかし、なーんか遠いよねー」


 彼女は今までバスと電車と同級生たちとで通学をして来た都会の高校生。それだけに高いビルがあるわけでも無い景色を眺めながら歩くのは、凄く遠い世界と感じるのではないだろうか。


 交通手段を使えば多少は近く感じるはずだろうけど、こればかりは慣れてもらうしか無さそうだ。

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