別れの引退配信


 ――引退配信と聞いて、どんな形を思い浮かべるだろうか?


 活動終了、契約解除、卒業……引退の形は様々あれど、現状での配信・投稿の活動形態を終えるという意味では共通しているだろう。

 Vtuber人生の終わり、ズバリ言ってしまえば「死」そのものである。

 そして縁深い人達と代わる代わる話していく凸待ち、有終の美を飾ろうという卒業ライブなど、活動の総決算になれば重畳だ。悲しいケースだが、中には突然の凶事によって、当人の意欲に関わらず引退を余儀なくされることも多い。あるいはきちんとしたピリオドも打たれず、そのまま放置される場合もあるかもしれない。幸福なことに私はまだそういったケースに出くわしたことがないので、どうしても仮定の話になってしまうのだが。


 そういった多種多様な引退の形がこれまで行われてきたが、ならば『空路木うつろぎ真実まこと』は、どのようにして終止符を打ったのか?


「……あーそうそう、今日でオレ様引退すっから。配信終わったらチャンネル諸共アーカイブもドカンだから、そこんところよろしく」

『は????????』


 のんびり聴いていた私も、速攻でコメントしたのを覚えている。……嫌というほど、よく覚えている。嫌すぎていっそ記憶を消してしまいたいくらいに。


 日々の糧がなくなるという、あと五分で地球が滅亡しますと言われたかのような衝撃。たとえたっぷり時間を設けて言われていたとしても、推しの引退宣告が及ぼす暴力的な喪失感は、Vtuberファンには耐えがたい艱難辛苦だろう。

 いつものように時事ネタや最近のVtuber界隈を雑談の肴にして、いつものように終える時間帯の三十分が経過した……その時だった。前述の爆弾発言が放り込まれたのは。


『なんで????』

『一身上の都合って奴?』

『大手からスカウト来たとか』


 配信終了間際も甚だしい。いやもうホント勘弁してほしい。思い出すだけで涙が出そうになる。


「こんな場末の弱小雑談狂人にスカウトなんて来るわけねーだろタコ。つーか来たとして、別人に転生する気なんざさらさらないね。オレ様はこの見た目以外のVtuberなんて絶対にやらん。死んでもやらん」


 Vtuber界隈において、以前の活動経歴を指す「前世」、中の人を意味する「魂」、そして別の人物像になって所属先が変わる「転生」など、触れたくなくとも触れざるを得ない話題は枚挙に暇がない。配信活動慣れをしているとあれば、既に別界隈で活動していることも多くある。


 それに対して私は肯定も否定もしない。人様の活動に口を出すほど、野暮なファンをやっているつもりはない。

 ただ少々……替えが効くように思われている気がして、物悲しさが付きまとうのは確かだ。

 立場が変われば人も変わるように、どうしたって一期一会はある。仮にもしそれを肯定してしまったら、それこそバーチャルは紙切れのように薄っぺらい、二次元そのものになってしまう気がするのだ。


『寂しい』

『辞めないでほしい』

『雑談だけなんだから、せめてアーカイブだけでも残せない?』

「ほーほー、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの。Vtuber冥利に尽きるって奴? ま、それでも辞めるよ。理由は言わないけどな」


 この時ばかりは馬鹿みたいにコメントを連投していた。

 完全に負け惜しみだが、コメントばかりに集中せず、前回書いたようにスクショの一つでも保存しておくべきだったと、今更ながら思う。それほどまでに入れ込んでいたという事実の裏返しとも取れるかもしれないが、勿体ないことをした後悔ばかりが湧いて出てくる。逆にスクショしていれば、「コメントをもっとするべきだったのでは……」などとウジウジしそうなので、辛気臭い話はここまでとする。


「前にも言ったろ、『バーチャルもリアルの一部だ』って。リアルが永遠じゃねぇんだから、バーチャルだって永遠じゃないのは道理だろ。半永久的に映像を保存できるって謳い文句だったDVDの末路、見たことあるか? 物理劣化でボロッボロだぞ。ウケたわ」


 名残惜しむような涙声もなく、『空路木うつろぎ真実まこと』はただいつものようにニイと笑っていた。


『リアルクソウゼェとか言ってたくせにバーチャル捨てんのかよ裏切り者』

「はぁ? リアルがクソウゼェのはバーチャルから離れようが離れまいが同じだろうがクソったれ。ンだオメー、オレ様の配信聞いてたくせに、バーチャルを吹けば飛ぶテクスチャもどきだとでも思ってんのか? いいぜ、最期だから特別広義してやんよ」


 事実上の引退配信だからか、いつもの配信時間である三十分を超過しても前のめりにサービスしてくれたのは、少なからずいるリスナーに対してそれなりに思い入れがあったからかもしれない。

 今だからこそそう冷静に精査できるが、当時はそんなことを考えている余裕などなく、ただひたすらに発される言葉一つ一つに全身全霊で耳を傾けていた。


「オマエらにとって、バーチャルってなんだよ? 嘘っぱちか? まがい物か? パソコンやスマホの電源落とせば消える夢幻か? 絵をかぶってるだけの肉畜生か? ならバーチャルって奴はただの解像度の高い絵で、ポリゴン数が少ないくせにリアルの猿真似してるパチモンか? ……違うだろ」


 バーチャルとはなにか。我々にしてみれば、人間とはなにかを語るようなものだ。

 知ったような口を、と思わなくもない。けれども選んでバーチャルとなった人間がバーチャルである意味を語るのは、聞き入らざるを得なかった。


「じゃあ今オマエらが見てる映像は赤青緑の光の集合体か? 聴いてる声は空気の振動か? 発してる言葉はたまたま法則性のある音の連なりか? ……なあ、肉畜生共。タンパク質と水でできてて、電気信号で動く肉畜生共よぉ」


 違うだろ、と『空路木うつろぎ真実まこと』は言う。


 既にバーチャルは夢の技術から零落したと誰かは言った。結局キャラクターというペルソナを中途半端にかぶっただけの配信者に過ぎないと。

 メタバースも取り沙汰されているが、リアルの代替品としての側面が強く、小説で魅力的に描かれているようなVRMMORPGの世界には程遠い。

 それも一つ事実かもしれない……未知は既視に変わって、夢の技術という魅力が損なわれたがゆえの。


「違うだろ。オマエらがない頭絞って思い描かなきゃ、バーチャルはただのお遊戯してるリアルなんだよ。リアルもどきから抜け出せねぇ」


 だが……いやだからこそ、『空路木うつろぎ真実まこと』は𠮟咤激励していた。


「感じて、受け取って、精一杯空想しろよ――そうじゃなきゃ、オレ様は赤青緑の光とたまたま法則性のある空気の振動でしかねぇ」


 ――バーチャルはリアルの一部で、バーチャルだと思い描くからこそ存在し得る。

 それが最期に遺してくれた、『空路木うつろぎ真実まこと』の置き土産だった。


『リアルで会えるかな』


 我ながらトチ狂ったコメントをしたと自覚している。「はあ? キッショ」と速攻で一蹴されたのも当然だと思う。本当に気持ち悪かったな私。


「会えたとして顔も違う、出会いも違う相手が寸分違わない同一人物だと思ってんじゃねぇよ。ここでオレ様とオマエらはオサラバだ」


 配信終了が押される間際、最期の言葉が述べられた。


「じゃ、これでVtuber『空路木うつろぎ真実まこと』はオシマイだ。後は別のVtuber行くでも足洗うでも好きにしろ。まあ……それなりに楽しかったよ。こうして見ず知らずのオマエらと見ず知らずのまま時間を共有して、気ままに下らない話をして……まったく夢のような時間だった!」


 万事皮肉塗れだった彼/彼女は、そうしてすっぱりと幕引きをして、インターネットから姿を消した。



 灰は灰に。塵は塵に。

 うつろなまことくうに。


 Vtuber『空路木うつろぎ真実まこと』の痕跡は――もう、どこにもない。

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