25 ゆい子② 女が男に失望する時

「…は!?え、なんで?なにこれ」


山崎は驚いて写真と三人の顔を忙しなく交互に見つめるが、耀太は呆然と写真を眺めていた。


「片岡ちゃんが持ってたの」


「…え、それ片岡さんが撮ったってこと?」


「あ、ううん。なぜか片岡ちゃんの下駄箱に入ってたんだって」


椿は、二日前に片岡がこの写真を持ってきた時の会話と彼女の表情を思い浮かべる。




「悠依ちゃん、ごめんね。ちょっといい?」


片岡に脅迫状のことを問い詰めた日の放課後、帰り支度をしていた椿に、片岡が気まずそうにしながらもこっそりと話しかけた。


「…片岡ちゃん。さっきはびっくりしたよ。でも、やっぱり違って安心した」


すぐに椿は片岡の肩に手を当てて心配そうに囁いた。片岡は申し訳なさそうに微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻る。


「そのことなんだけど…実はこれが私の下駄箱に入ってたの。前に、悠依ちゃんが新聞のこと聞きに来てくれた後くらいに」


そう言って、片岡は耀太が下駄箱に手紙を入れている写真を椿に渡した。


「…これ。誰から?」


「分からない。写真だけが入ってたから。でも、これを見た瞬間、ああ、やっぱりって思ったの。立花さんに手紙を出したのは中村君だったんだって。でも、自分でも怖いくらいその事実を受け入れられなくて。なんで立花さんなんだろうって。悠依ちゃんみたいな子だったら諦められるのに、全然パッとしないあんな子にって。それで、私、立花さんにあんなことを…。私、本当醜いよね。中村君のことは好きとかじゃなくただのファンだって思ってたのに、それは自分に言い聞かせてただけだったみたい」


椿は、そんなことない、といった具合に首を振った。


「分かるよ、それだけ好きってことだもん。悔しいよね」


「でも、もう私はいいの。それより、さっき話してて思ったんだけど、中村君は何かに巻き込まれてるんじゃないかな」


「え?」


「立花さんのことが好きって訳ではなさそうだったし、何かを隠してるみたいだった。だから、中村君を助けてあげてほしいの。私はもう、何を言っても信じてもらえないと思うから、悠依ちゃんに託したいと思って」


少し寂しそうに笑った片岡は、椿が今まで見てきた中で一番美しいと思った。





「片岡ちゃんは、中村君に何か事情があるんじゃないかって今も信じてる。だから、本当のことを教えて」


冷たくも温かくも感じないちょうど中間くらいの色で蛍光灯が照らす室内を、しばらく静寂が包んでいた。

三人の視線を一身に集めている耀太は、誰にも聞こえない程に小さく息を吐くと、しっかりとゆい子を見た。


「確かに、手紙を入れたのは俺だよ」


その言葉で、山崎が深く長いため息を吐く。


「でも、犯人は、俺じゃない」


山崎からの失望を打ち消すように耀太が少し大きな声を出した。


「いや…だって、これは、どう見てもお前だろ」


「違う、本当に。俺はただ、入れただけなんだ」


「それって、誰かに頼まれたってこと?」


「いや、そういう訳じゃなくて…」


椿に質問されて、耀太は言い淀んだ。そして、渋々再び口を開いた。


「……手紙は全部、俺宛だったんだよ」


「は?どういうこと?」


耀太は黙って立ち上がると廊下に出て行く。

顔を見合わせながら、三人が後を追うと、自分のロッカーを開けて見せた。

そこには、切り抜きの文字で綴られた他の手紙や、中身が空の封筒が何通も隠されていた。手紙の本文に“耀太”と記載のあるものもあるし、封筒に“中村耀太様”や中には“高梨耀太様”と書かれているものもあった。


「下駄箱に数ヶ月前からたまに変な手紙が入るようになって、最初はただのいたずらだと思って無視してたんだ。けど、いつまで経ってもなくならないし内容もどんどんプライベートなことに踏み込んで来るようになってきて。恐くて」


「それが、なんで?この手紙を他の子の下駄箱に入れることになるの?」


「誰からなのか見当もつかないから止めてほしいって言いようもなかったんだよ。だから、イニシャルを頼りに手当たり次第に送り返してみることにした。それで、何か反応があるならそいつが犯人だって分かるし、もし手紙が来なくなればそれでいいと思って」


「…そんな理由で、イニシャルだけで、私たちに?」


耀太は至って自然なことだと言いたげに真剣な瞳で頷いた。

それを見て、ゆい子はようやく、本当にこの男が手紙を入れた真犯人なのだという実感が湧いた。


この時までは、片岡と同じように、心のどこかで耀太のことを疑いきれない自分がいたのかもしれない。完璧に見える耀太のことだから、何かのっぴきならない理由があるのではと一縷いちるの望みを抱いていた。


それなのに、身勝手な理由で周りを巻き込んで、こんなにもあっさりとそれを認める。

ゆい子には、目の前にいる耀太がどんどんと色褪せてぼやけていくように感じた。この学校で一番魅力的な外見をした男の子。その長所が霞んでしまったら、果たしてこの男に何が残るのだろう。


「…中村君は、この手紙もらって恐かったって言ったよね。それを私達がもらって、どう思うか、考えなかったの?」


「…それは、本当に、申し訳ないと思ってる」


椿の言葉に反応して耀太が視線をほんの少しだけ下げると、まつ毛が影を落とした。ただ、そこから覗く瞳の光の強さは変わることなく、まるで申し訳なさを感じないのは気のせいだろうか。ゆい子は不思議に感じた。


「でも、そう思わない奴もいる」


耀太が続けてはっきりとそう言い放った。


「え?」


「こんなに気味の悪い手紙を最初からラブレターだと言い切ったり、この手紙を利用して俺に近づこうとした奴がいる」


「…それって」


「なにより、そいつに見つかってから、新しい手紙がパタっと来なくなった」


「何が言いたいの?」


「本当は、立花なんじゃないの?犯人」


気づけば耀太は、より強い光でゆい子を睨んでいた。

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