第36話 歪な思考

 子供が泣き叫び、大人達が崩れた家屋の前で立ち尽くしている姿が見える。

 せっかく都市サレアから逃れ、サレア村を作っていたのにこのような仕打ちを受ければ絶望をするのも無理がない。一体どれほど人々を苦しめれば気が済むのだろう。

 国民あっての国であるのに、その国民をここまで虐げ、自身の私腹を肥やす糧にすることを許せない。ノアは怒りや憎悪というよりも、悲しさで心が満ちていた。


「アリベルさん、ここで待っていてください。俺がマグナとの因縁を終わらせます」

「お願い……メア達を救って……」


 その場に泣き崩れながらアリベルが懇願してくる。

 未だに会ってから年限は経過していないが、こんな姿を見ることになるなんて思わなかった。いつも笑顔で優しいイメージを持っていたが、娘であるメアが窮地に陥れば泣き叫ぶのも無理はない。

 涙を流し続けているアリベルを残し、ノアは荒地となったサレア村を歩き始めた。


「酷い……活気があった村が見る影もない……怪我をしている人や、倒れている親の側で泣いている子供ばかりだ」


 家が吹き飛ばされるほどの爆風から、子供を守ったのだろう。

 自身を犠牲にしてまで守らなければならなかった。ノアがそう感じるほどに悲惨な状況が広がっている。どうしてここまで国民を虐げることができるのか。国民がいてくれるから、国が栄えるというのに。


「破壊された家屋が燃えてるし、火が燃え移ってさらに燃え広がってる……どうしてここまで酷いことを。ただ圧政から逃れて静かに暮らしていただけなのに!」


 動ける大人達が負傷者や子供を抱えて火の手から逃れている姿が見える。

 ステラ達を助るかサレア村の人達を逃がすかで揺れていると、どこからか聞き覚えるのある声で「こっちに逃げて!」と誘導する声が耳に入ってきた。


「早くこっちよ! 子供は私が抱えるから、荷物は捨ててこっちに逃げて!」


 声のする方に移動をすると、そこには怪我をしている子供を抱えているステラの姿があった。必死な形相で安全な方へ人々を誘導しているようだ。

 ここまで火が広がってしまうと村から出ないと駄目だと思うが、すでに破壊されているためか村と外の境界線が曖昧になっている。ステラはとりあえず村の南側に案内をしているようで、そこに避難所があるからと話しかけているようだ。


「ステラ様! 私もお供します!」

「リルさんお願い! あっちの方でルナちゃんとシェリアさんがマグナ達と戦っているから、もっと離れないと! 避難所をもっと後方に作り直しましょう!」


 近づこうとしたが、リルが現れたので護衛は任せることにした。

 ステラが指差した北側では、ルナとシェリアがマグナと戦っているらしい。ノアはマグナとの因縁を終わらせるため、二人に合流することに決めた。


「ステラはリルさんに任せるか。俺は俺の成すべきことをするだけだ!」


 木片や火の手に注意し、マグナがいる方へ移動をしていく。

 北側はノアがいた場所よりも被害が多く、大人や子供まで地面に倒れて事切れている人で溢れてていた。


「救えなかった人達ばかりだ……ステラ達が頑張って避難をさせているけど、それでも亡くなっている人がこれほどまでいるなんて……」


 ノアは倒れている人々を見ながら、自身を不甲斐ないと考えていた。

 怪我を治していたから救えなかったのは仕方がないが、それでも何か出来たかもしれない。従わない国民を殺し、暴力で従わせようとするマグナ達が許せない。ステラにこの国を正してもらわなければ、国そのものが終わってしまう可能性がある。


「ステラが希望だ。ステラに救ってもらうんだ。そのために俺が騎士として道を切り開かないと」


 北側に行くにつれて金属音が鮮明に聞こえてくる。

 やはりルナとシェリアが戦っているようだ。マグナとだけなのか、部下も同時なのかが重要だ。それによってノアの戦い方が変わってくる。

 痛む身体を押して全力で走ると、村との境界線を越えた先でマグナの部下と戦うルナとシェリアの姿が見えた。ニアとユティアの二人と戦っているようで、その後方に立ち尽くしているマグナの姿が見える。


「ルナ! シェリア! 無事か!?」


 戦っている二人に声をかけた瞬間、後方にいるマグナが突然目の前に現れた。

 さながら、静かに獲物が来るのを待っていたハンターなようだ。


「待ちわびたぞ大罪人! お前に切断された右腕の恨みを、お前の存在を抹消することで許そう!」

「お前に許される必要はない! 偽の正義を振りかざすお前の存在が悪だ! お前も大罪人だ!」


 マグナの言葉と共に光が集まり、右腕を形成した。

 人体を形成する魔法など聞いたことがない。ノアは虚を突かれてしまい、右腕の拳を腹部に受けてしまった。


「どうした? 右腕に驚いたか?」

「うるせえよ! お前の攻撃なんて効かない!」


 嘘を言った。

 未だに治らない傷に当たり、血が地面に滴り落ちる。だが、開いた傷を気にしてはいられない。目の前にいるマグナを打倒しなければ未来がないからだ。それにニアとユティアと戦っている二人が心配でもある。


「傷でも開いたか? 血が出ているぞ」

「たまたま古傷が開いただけだ」

「そうか。だが、ステラも変な意思を持ったものだ。黙って人形として姫の仕事をしていれば、今も王宮で贅を謳歌できたものを」


 変な意思という言葉を聞いた瞬間、脳内で何かが切れた音が鳴り響く。

 手持ちの武器はないが、右手に火球を出現させて無意識に攻撃を仕掛けていた。視線を動かさずに動いたのが、その攻撃はマグナの左手によって簡単に掻き消されてしまう。


「怒っているのか?」

「そうだ! ステラは国民のためを思って行動しているんだ! それを変な意思だなんて許さない!」


 歯が軋むほど強く噛みしめたノアは、一度距離を取ることにした。


「逃げるのか? もっと向かって来い! お前の四肢をもぎ取って、苦しめながら殺すんだからな!」


 今までのマグナとは違い、冷静さや聡明さが無くなっていた。

 明らかに感情が前面に出過ぎており、視界の端で見えるニアとユティアが気にしているのかチラチラと視線を送ってくるのが分かるほどだ。


「大罪人! お前が来なければ、部下共々ステラを殺すぞ? 既に姫ではないあいつを殺すのに躊躇はないからな」

「部下をも殺すのか!?」

「そうだ。部下など湧いてくる存在だ。あいつらだって、俺の人生の糧となるのなら喜んで命など差し出すだろうさ」


 考え方が歪んでいる。

 人の上に立つ器ではない。

 他人のことを考えずに、自身の利益のみを考える腐った思考をしている。こんな人間に善良な国民が虐げられていることが許せない。


「ルナー! 剣を貸してくれ!」


 ルナに向けて叫ぶと「お兄ちゃん!」という言葉と共に剣を投げてくれた。

 勢いよく迫る剣を掴むと、マグナが不敵な笑顔を浮かべていることに気が付く。

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