#05 不思議の存在しない世界を望んだ少女

 その夜、俺は試験勉強をやりながら(実際は机の上に教科書を広げていただけだったが)ハルヒの事を考えた。


 定期試験の終了日は六日。世界の終焉は七日。

 七夕。世界改変。改変後の世界には、未来人、超能力者、宇宙人、及びその類が一切存在していない。


 不思議の存在しない世界を望んだ少女。


 そうか……そういう事かよ。

 ハルヒ。

 お前は。

 望んだんだな。

 望まない事を。

 望みが。

 叶わない世界を。

 それは成長?

 それは諦め?

 違うだろ、団長サマ。

 お前はそんな簡単に諦めちまえる人間じゃないだろ。


 宇宙人がいない世界。未来人がいない世界。超能力者がいない世界。

 この世に何の不思議も無い世界。

 なぜ、望んだ?

 叶わないことを知ったから?

 追い続ける事に疲れたから?

 なぁ、ハルヒ。

 お前が信じられないってんなら、さ。

 俺が、信じさせてやるよ。


 俺達が、信じさせてやる。


 七月四日。定期試験二日目終了。

 ハルヒを除くSOS団は昨日藤原と会談した喫茶店に集まっていた。


「……って訳だ」


 俺の話を聞いて黙り込む朝比奈さんと古泉。長門は常に沈黙をしている様な奴だから特に変化は無いな。


「世界改変が行なわれる理由はなんとなくでは有りますが理解したつもりです」


 古泉の言葉を朝比奈さんが次ぐ。


「つまり、涼宮さんが未来人、宇宙人、超能力者その他を疑問視してしまった事が原因なんですね?」


 俺はストローで残ったアイスコーヒーを音を立てて吸い込むと、その言葉に頷いた。


「恐らくは。なぜ七夕のタイミングなのかは未だ良く分かりませんが、藤原の言葉を鵜呑みにすると、そうとしか考えられません」


 藤原に関して二、三補足を加えつつ説明する。


「貴方に虚偽の情報を掴ませて自分達に都合の良い未来を選択させようとしている可能性は有りませんか?」


 ああ、俺もそれは考えたさ。


「だが、この情報を俺に与えた所でアイツ等の未来に繋がる、あるいは朝比奈さんの未来に繋がらない分岐点が発生するとはどうも考えにくいんだよな」


 朝比奈さんがおずおずと手を挙げる。はい、発言どうぞ。


「私もそう思います。今回の件に関しては昨日の夜に初めて古泉君に聞いたんですけど……」


 あ、結局自分達じゃどうしようも無くなって未来人まで巻き込んだか、超能力者。


「それに関して未来に問い合わせても返答が無いんです。通信を妨害されているとかは無い様なので、私達の勢力争いとは無関係なんだと思います」


 そうですか。……長門、今の朝比奈さんの発言は真実か?


「朝比奈みくるのTPDDに何者かが介入している痕跡は今の所見られない」

「長門さんが言うならば、確かなのでしょうね」


 ……藤原の言っていた分岐点は未だ先、ってのは真実なのかも知れんが……まぁ、いい。今はそれよりも目先の危機だ。


「それで、えっと、キョン君? どうするんですか?」


 朝比奈さんがストローでグラスを掻き回しながら聞いてくる。アイスキャラメルラテ、だったか。黄土色の液体の中を氷が踊る。


「はい、それなんですけど……要はハルヒに宇宙人と未来人と超能力者の実在を少しでも再び信じさせれば良いんじゃないかと思うんですよ」


 俺の言葉にギョッとする古泉と朝比奈さん。いや、まぁ……気持ちは分かりますが。


「それは……ちょっと、リスクが高くないですか?」

「えっと、未来人を信じさせるっていうのは……実際に私達の様な未来人を涼宮さんに接触させるという事でしょうか……」


 予想通りの反応に少し嬉しくなってしまう。残念ですが、俺だってそんな一歩間違えれば世界がバランスを失うような荒業はゴメンですよ、朝比奈さん。


「だったら、何を……?」


 朝比奈さんが机に身を乗り出す。俺はテーブルに肘を突いて悪事を企む代官の様に笑って見せた。


「一緒に夢を、見せませんか、アイツに」


 超七夕宴会部長の腕章は、今年だけ俺が貰って行くぜ? 悪いな、ハルヒ。


 七月六日。本日をもってテスト終了。結果は聞くな。察しろ。

 一つだけ言える事が有るなら、ベストは尽くした。以上だ。


 さて、ハルヒはと言うと今日も授業終了と共にクラスを飛び出して行く。まるでロケットみたいなスピードだが、廊下は走るなよー? って、これは今更か。

 何か私用でも有るのだろうか。……ふむ。


 ま、何でもいいさ。俺も帰ってテスト終了をポテチでも摘みつつ祝う事にしますかね、と立ち上がった所で古泉から入電。最近、このタイミング多いぞ。誰か知らんが手抜きしてるんじゃないのか?


 メール内容は至ってシンプルだった。

 七夕に台風直撃。以上七文字。そっかそっか……って、なにぃ!?

 ……ちょ、おま……これって絶体絶命?


 そんな訳で喫茶店にて今日も秘密会合。そわそわしてる朝比奈さんにいつも通りの長門。古泉は……あれ? そんなに憔悴してない?


「どうしますか? 一応、貴方に言われた通りの準備は済ませましたが」


 台風は予想外でしたと、両掌を上に翳してお手上げ侍を気取る古泉。


「うーん……だが、八方塞がりって程でも無いよな?」


 ……いざとなれば長門に天候を操作して貰って……未来の生態系には申し訳無いが、こっちは世界が続くかどうかの瀬戸際だしな。ちょっとくらいは大目に見て貰えるだろう。


「無理」

「ほえ?」


 あ、この可愛い台詞は朝比奈さんな。俺の口から「ほえ」とか出ても気色悪いだけだろ? それとも、そういう需要が有ったりするか?


「この台風の進路は涼宮ハルヒの願望。わたしには干渉出来ない」

「七夕に暴風雨を望むなんざ……今回はあの馬鹿本気らしいな……」


 本気で願いが叶わない七夕を力技で創りだす気……なのか。……お前らしくないんじゃないか、ハルヒさんよ。


「ああ、それでですか。台風の進路は今回どうもオカしいらしいんですが……涼宮さんが望まれた結果であれば説明は付きますね」


 落ち着き払って言う古泉。だが、気象予報士の今後を心配なんかしてる場合じゃないだろ?


「雨は今回の計画の天敵ですよね……困りました……」


 いや、朝比奈さん。困ってるお姿も麗しいのですが……出来ればそれだけじゃなくて、未来的な超絶アイテムとかはその可愛いピンクのポシェットから出て来ませんか? このままじゃ俺達のプランが……ん? おや?


 台 風 直 撃 、だと?


「なぁ、明日の台風って完全完璧にこの街を通るのか?」


 長門に問い掛ける。少女の口からは期待通りの言葉が出て来た。


「そう。中心は明日の二十時四十二分四十秒に北高上を通過」


 そっか……それなら……あるいは……いや……最初からそのつもりで……なら、あの馬鹿は。


「古泉、明日は予定通り実行するぞ」

「了承しました」

「何も聞かないんだな?」

「何を考えられたのかは理解したつもりです。それに……言いましたよね、貴方は鬼札ジョーカーだと」


 古泉はテーブルの隅に置かれている伝票を嫌味の無い仕草で手に取った。


「切り札を出した以上、我々に出来る事はそう無いんです。僕だけでなく機関員全員が貴方の手際に期待し、また、安堵しているんですよ、ジョーカー?」


 そう言って伝票を人差し指と中指の間でヒラリとさせる。その仕草はまるでディーラー。賽は投げられたとでも言いたげだな、カエサル。


「ええ。そんな気分です。未来は貴方に託しました、ブルータス」

「あ、それ知ってます。息子よ、お前もか、ですよね!」


 朝比奈さんが楽しそうに言う。俺も、古泉も結構切羽詰った状況である事を理解していながらも笑っていた。


 世界の命運なんざ肩に背負ったつもりは、きっとここに居る誰一人持ってないんだろう。俺だって只、あの馬鹿が柄にも無くサカしい事を考えてやがるもんだから、それに「らしくないだろ」って一言言ってやりたいだけなのさ。


 そう。それだけ。だったら、何を怖がる必要が有る?

 機嫌を損ねてる奴が他称神様? ああ、ソイツは残念だったな。俺は無神論者なんだよ。


「ふふっ、キョン君は本当に涼宮さんを大切にしてるんですね」


 止して下さい、朝比奈さん。そんなんじゃありませんから、マジで。


「ちょっと……妬けちゃうな」

「ん? 何か言いましたか?」


 俺の問い掛けに何でも無いと首をテーブルと平行に振る少女。小動物っぽくて愛らしい。

 少しばっかり赤みがかったそのエンジェリックスマイルに見とれていると、俺のシャツの袖が引っ張られた。振り向けば長門があのブラックホールの瞳でこちらを見つめている。


「明日の情報操作は任せて欲しい」


 ああ、改めて言うまでも無くお前にも期待してるさ、SOS団の超万能選手。そっちは頼んだぜ、長門。


 満場一致で話は決まり。明日は七月七日。

 さぁ、SOS団主催、七夕祭りと洒落込もうか。

 仕掛ける側も嵌められる側も、皆して楽しめる超常的なヤツを一つ、でっち上げるとしようぜ? なぁ?

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