第7話 再び恋人へ

 伊織が私の身体を確かめるかのように丁寧に触れていくと、煌大の時には感じない何かが私の身体を満たしていった。 


「あの日の続き、シて……?」


 あまりの心地よさに口からつい本音が漏れてしまった。あの頃に戻りたい。あの頃に戻って伊織とやり直したい。しかし、伊織はその言葉でハッと我に返ったようで、『ごめん!』と言って急いで身体を離した。


「……私が『シて』って言ってるんだよ? 私のこと愛してるんじゃないの?」

「もちろん愛してる。でもダメだ。副社長にバレたら優芽が大変な目に合う……」


 お互いに想い合っているのにまた一つになれないなんて……。


「分かった。じゃあさ、毎週金曜の夜は私と一緒にご飯食べてよ」

「なんで金曜の夜?」

「煌大が会合に出席してて深夜まで帰ってこないから」

「会合? 毎週?」


 伊織は自分の顎に手を当てて何かを考えているようだ。私はもどかしくなり、答えを急かした。

 

「分かった。でも毎週外食はさすがに会社の誰かに見られる危険があるから、なるべくなら俺の部屋で会おう」

「え!? 伊織の部屋!?」

「ダメ? それに、久しぶりに優芽の手料理食べたい」

「いいけど……」

「やったー! これで仕事益々頑張れそう!」


 こうして私たちは一週間に一度会う約束をし、その日は一緒に食事だけして別れた。一人タクシーに乗り、窓の外をぼんやりと眺めていると、いつもは霞んで見えていた夜景が今夜は不思議とキラキラ輝いているように見えた。


 家に帰り着くとすでに23時を過ぎていたが、煌大はまだ帰って来ていなかった。だが、ここで安心をしてはいけない。彼が帰ってくる前に全てを終えておかなければ……。私は急いでお風呂に入り、すぐにベッドに潜り込んだ。すると、緊張が解けたからかすぐに睡魔が襲ってきた。私は久しぶりに触れた伊織の唇の感触を思い出し、幸せな気持ちで眠りに落ちた。



 次の日の朝、煌大の姿は私の隣にあった。夜中のうちに帰って来たようだ。起こさないようそっとベッドを抜け出すと、煌大に手を掴まれ元に戻された。


「おはよ。優芽、昨夜はぐっすり眠ってたね。いつもなら俺がベッドに入ったらすぐに目を覚ますのに」

「そう? ごめん、なんか疲れてたのかな……」

「『おかえり』って言ってもらえなくて淋しかった」


 煌大は甘えた声で私の身体を抱きしめ愛撫を始めた。伊織とのことは煌大に絶対にバレてはいけない。私は思考をゼロにし、いつもどおりされるがまま彼に身体を捧げた。



 それからというもの、私と伊織は毎日彼の昼休みに合わせて連絡を取り合った。いつまでも声を聞いていたいが、昼休みはあっという間に終わってしまう。だから毎回電話を切る際は、お互い切断ボタンを押すのが名残惜しかった。

 いよいよ金曜日が近づくと、私は百合さんにお願いをして家庭料理を教わることにした。結婚してからというもの料理は全くしてこなかった。そのため包丁を持つ手が震え、横で見ていた百合さんを何度もハラハラさせてしまった。


 そして金曜日。私は晩御飯の材料を持ち、伊織の部屋を訪ねた。当然のことだが、伊織の部屋は彼の匂いで満たされている。その懐かしい匂いに包まれ、私は “人妻” ということを一旦忘れ、一人の恋する女に戻った。

 

「晩御飯なに作ってくれるの?」


 私が台所に立って準備を始めると、伊織が後ろから私を抱きしめ覗き込んできた。


「ん~? さぁ、なんでしょう?」

「え~、わかんない。早く教えてくれないとキスするよ?」

「ハハッ、それってキスしたいだけじゃん!」


 私が笑いながら作業を続けていると、伊織は私の首筋に顔を埋めてきた。その姿が付き合っていた頃の私たちと重なった。私は準備する手を止め振り返ると、彼の首に手を回しながらキスをした。伊織は少し驚いていたが、すぐに私の身体を自分の方へ引き寄せた。部屋には、時計の針と二人の唇が触れ合う音だけが響いていた。



 伊織と過ごす恋人としての時間はとても幸せだった。伊織の部屋にいる間は、私はブランド物の洋服を脱ぎ、伊織とお揃いのラフな部屋着に着替えて過ごした。一緒にご飯を食べ、一緒に借りてきた映画を観て、少しだけ抱き合って……。

 でも、甘い物を食べる手が止まらないのと同じで、彼と過ごす時間が増えれば増えるほどもっと彼が欲しくなった。それは伊織も同じなようで、私たちの我慢はそろそろ限界を迎えようとしていた。


「帰りたくない……」

「帰らないでよ……」


 気づけばこれが私たちの口癖になっていた。

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