第6話 和馬とキスをする

 クリスマスイブの晩、例年通り和馬を家に呼び、母と弟と4人でチキンとケーキを食べた。

「和馬くん、大きくなったわね!勉強もできるんでしょ。高校はどこにするか決めたんでしょ」

「はい、工業高専に行こうかと思ってます」という会話を聞いて、高専に行くというのは初耳だった。一緒の高校に行けるものだと思っていたのに、裏切られた思いだった。

 母と弟が寝てしまい、和馬と二人切りになってから気に掛かっていた事を訊いた。

「ねえ、高専行くの?遠いんでしょ!」

「うん、受かればだけど、寮に入る事になると思う」

「ここからいなくなっちゃうんだ!何か寂しいな」と膝を抱えて愚痴を述べていると、

「ぼく、そろそろ帰るね」と言って立ち上がる所を、腕をつかんで引き留めた。そして、

「ねえ、キスしてみようか?」と自分でも思いも寄らない言葉を掛けていた。


 和馬の母はケーキ屋でパティシエとして働いており、毎年クリスマスに掛けては多忙だった。特にイブの日は深夜近くまで帰れないので、和馬は小さい頃から夏奈の家で過ごした。今年も当然のように母親の作ったケーキとともに、和馬は夏奈の家にいた。夏奈の父親は忙しく、その晩は帰っていなかった。


 夏奈は目を閉じて長いまつ毛を震わせながら、ぼくの動きを待っていた。目の前のチャンスを逃す訳にはいかず、夏奈の薄くピンク色の唇を見ている内に、理性を失った男になっていた。ドキドキしながら目を閉じて顔を近付け、唇にキスしたつもりが鼻だった。

「ちょっと、どこにしてるのよ!しょうがないな、目をつぶってて」と夏奈から口を寄せてきた。面目は丸つぶれだったが、ほんの一瞬のキスで心臓が破裂しそうだった。


 食事の後は、弟も入れて3人でゲームをして遊んでいたが、夏奈の母親は風呂に入って寝てしまっていた。夜の10時頃になると、弟はゲームに飽きて「寝る」と言って部屋に行ってしまい、夏奈と和馬は部屋に取り残され、二人だけの秘密の時間を過ごしていた。


 和馬の唇は震えていて、温かく甘いクリームの味がした。ほんの少し押し付けただけなのに胸がざわつき、その感触をもっと確かめたかったが、一度だけのキスで精一杯だった。和馬が求めて来てくれたならば拒まなかっただろうが、自分からはできなかった。二人して真っ赤な顔をして、しばらく押し黙っていた。

「キスなんて、口と口をくっ付けるだけで、どうって事ないよね!」とわたしが平静を装うと、

「そんな事ないよ、ドキドキした。夏ちゃんの口、柔らかくて温かいんだね」と和馬はいつになく饒舌だった。「またしたい?」と意地悪く言うと、「うん」と言っただけで、その日はして来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る