第13話 大好き

 店のドアを開けて振り返ると、彼女が立ち上がりこちらに来るのが見えた。振り切るように、そのまま外へ出て歩き出した。


「待ってよ、矢田部くん。まだ、話の途中でしょ」


 外へ出ると、かよ子は恭一の背中に向かって大きな声で言った。さすがに演劇部だっただけある、通る声だった。恭一は、顔だけかよ子の方に向けると、


「あの…もういいです。ダメなのはわかってますから。ぼくはすごく年下だし、全然頼りないし、あなたに相応しくない。あなたは、みんなの町田さん、なんですから。わかってるんです。これ以上、傷口を広げたくないんです」


 何を言ってるのか自分でもよくわからなかった。彼女は一歩恭一に近づくと、


「私、そんなこと思ってないのに。どうして勝手に決めつけるの? 人の話はちゃんと聞いてよ」

「本当に、もう…」

 いいんです、と言いかけた言葉に被せるように、


「ライヴの間もずっと、ずーっと考えてたの。静流には笑われたけど、本当に考えたの。で、わかったの。だから、静流にはここに来てもらわなかった。あの人がいると、ややこしいことになりそうだから。じゃあ、言うからね。

 私は矢田部くんが好きなの。何でだかわからないけど、好きになっちゃったの。それなのに、あなた、自分の言いたいことばっかり言って、私のこと、聞いてくれなくって。

 ちゃんと、好きだって言ったよ。わかった? わからないなら、もう一回言おうか。

 私はね、矢田部くんが好きなんです」


 何でだかわからないけど、好き。これは、喜んでいいのだろうか。しかも、それを、周りにも聞こえるような大きな声で普通に言う。


 恭一は彼女の方へ向き、近づくと、

「あの…わかりました。だから、声を落としてください」

「え?」


 恭一に言われてかよ子は周りを見回した。そして、通行人が何となく自分たちを見てきているのに、ようやく気が付いたようだ。が、彼女はたいして気にした様子もなく、


「きっとみんな、羨ましいんだよ、私たちのこと」

 微笑む彼女に、恭一は小さく溜息をつき、

「そういうことじゃない気がしますけど」

 異議を唱えてみたが、彼女はやはり気にすることもなく、


「そんなことどっちでもいいわ。矢田部くん。もう一回ちゃんと言うわよ。

 私は矢田部くんが好きです。付き合ってもらえますか?」


 自分が言いたかったことを彼女に言われショックを受けながらも、ここではっきりさせなければという気になった。恭一は深呼吸をしてから、彼女を見つめた。


「町田さん。それは、ぼくが言いたかったことです。

 町田さん。ぼくと付き合ってもらえますか」

「もちろんだわ」


 即答すると、彼女は恭一に抱きついてきた。きっと静流を相手に、何度もこういうことをしているから、ためらいがないのだろう。が、恭一の方では全くこういうことに慣れていない。


 どうしたらいいか少し考えた後、彼女の背中に手を回して、抱きしめ返した。鼓動が、かなり速くなっている。


「矢田部くん、あったかいね」

 ふふっと笑う。恭一は、何も言えずに黙っていた。


「そうだ。矢田部くん。私、これからあなたのこと、名前で呼びます。

 キョウイチくん。

 わー。何か、緊張しちゃったわ。でも、私はずっとそう呼びますからね。私のことは、かよちゃんって呼んで?」

「かよちゃん」


 ものすごく緊張した。が、そう呼ぶと彼女は顔を上げて、「嬉しい」と、笑顔で言った。その笑顔は、全くベタではあるが、花が咲いたみたいだった。


 と、その時肩を叩く人が現れた。才だった。


「とりあえず、中に戻りなよ。町田さん、ご飯食べかけですよ」


 冷静な発言。恭一とかよ子は急に現実に戻って、店に戻ろうと話がまとまった。


 席に着くと、向こうの四人が順番にここまで来ては、からかいの言葉を置いて行った。いちいちまともに受けては、顔を赤らめる恭一だった。それをかよ子が楽しそうに見ている。


「キョウイチくん、みんなに好かれてるんだね」

「これは、からかってるだけです」

 言い返したが、かよ子は口許に笑みを浮かべると、


「私も大好きだよ」


 もう、何も言い返せなかった。                    (完)


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