第11話 所信表明

連休行きたいところあるか?と徹さんから尋ねられて、私はまさにいまグランドオープンのCMが放送されている、駅直結の海浜ショッピングモールを指差した。


「先週グランドオープンしたばっかだろ?人酔いする癖に行きたいわけか」


珍しくゴールデンウィークに仕事が流れる事なく片付いた為、彼は私と同じくカレンダー通りの飛び石連休。


前半3日は両方の実家に行ったり、家の片付けに追われていた。


後半の4日はせっかくなので夫婦水入らずで過ごしたいと思っていたのだ。


さらに、もうひとつ私の野望がある。


何も好き好んで込み合う時期に行かんでも・・・とぼやく夫に向かって、私は取っておいた分厚い広告を広げて見せる。


「もうひとつ、都心部にも駅ビルが出来るでしょ?だから、お客さんは結構拡散されると思うの。それにね、この時期はオープニングセールなの」


どこのお店もオープン記念で割引やプレゼントサービスを行っている。


私の狙いはその中でも、海外ブランドの食器メーカーだ。


「ほら見て、このお鍋が通常価格より15%オフ!食器も、グラスも、割り引きだし・・・」


関東方面にしか無かったお店が今回西日本初上陸なのだ。


これはもう行くしかない。


意気込んだ私の腰に腕を回して、彼が抱きしめてくる。


「ああ、分かった、分かった。いいよ、買い物行こう」


「ほんとに!?」


「舞が一番喜ぶ買い物だもんな」


頷いた徹さんの指が私の項を撫でて、唇にキスが降ってくる。


軽く啄んで何度か触れあった後で、彼が額を軽くぶつけて笑う。


「洋服も化粧品も二の次か」


「そんな事ないよ、ただ、春服はもう買ったし、化粧品もまだあるの。お鍋は種類がある方が料理しやすいし、夏に向けて、ガラスの器も欲しいから」


季節ごとに器をがらっと変えたくなるのは前職の影響だと思う。


先生は沢山ある食器の中から、料理を彩る綺麗な器を見つけるのが上手だった。


目でも楽しめる料理。


私が目指しているのもそれなのだ。


だから、つい珍しい食器を見つけると買ってしまう。


陶器市に行くと、必ず抱えきれない量を買い込む事になる。


荷物持ちで付き合ってくれる旦那様は、いつも苦笑い。


「仕入れだな、こりゃ」


袋いっぱいになった食器を見て呆れつつも許してくれるのだ。


10時開店と同時に出かけたショッピングモールは、思いのほか空いていた。


連休の中日という事もあって、朝はゆっくり過ごす家族が多いのかもしれない。


おかげで目的のお鍋や食器をじっくり選ぶことが出来た。


ネット購入も検討していたホーロー鍋は、定価よりうんと安く買えたし、サラダを盛り付けるのに最適なガラス皿も何枚か選べた。


早起きしてまさに大正解だ。


お昼はこの鍋で作った野菜スープ、夜はビーフシチューとメニューももう決まっている。


早く使いたくて仕方ない。


ついでだから昼飯食べて帰るかー?と尋ねた徹さんに、それは駄目!と即時拒否。


「お昼も夜ももう決めてあるの、私はすぐにキッチンに立ちたいの」


と彼を急かして、食材を買い出しに1階のスーパーに向かう事にした。


1階には、全国チェーンの大型スーパーが入っており、品揃えも豊富だ。


調味料の類も多くて、料理好きには重宝する事間違いなし。


いつもより足早に歩いていると、前から歩いてきたカップルに呼び止められた。


「よぉ、橘」


「緒方さん、高階さんも・・・デートですか?」


「まーな。そっちこそ早起きだな。奥さん、はじめまして。関連会社の緒方です」


徹さんも長身で体格が良いけれど、彼よりももう少し背の高い緒方さんが、精悍な顔に柔らかい笑みを浮かべた。


初対面ですぐに私が奥さんと気づいた事に一瞬驚いて、結婚してる事は知ってるだろうから、当然か、と思い直す。


「いつも主人がお世話になっております」


「いやーお噂は兼がね聞いてますよ。料理上手な奥さんだって、いつも自慢されてますから」


「え、いえ、そんな事は・・・」


徹さんが、会社でそんな風に私の事を離していたなんて知らなかった。


慌てて首を振ると、緒方さんの隣に並んでいる細身のすらっとした女性が、口を挟んだ。


「それに、奥さんの写真持ち歩いてらっしゃるんですよ。愛妻家な旦那さまで、羨ましいです」


「え、ええ!?」


ぎょっとなって徹さんを見返すと、慌てて彼が視線を逸らして話題を変える。


「それより、2人はこれから?」


「あ、ああ。この後映画見てぶらつく予定。そっちは?」


「買い物して帰宅ですよ。すぐに料理がしたいらしいんで」


「ほんと妻の鑑ですね!」


「ぜ、全然違います!」


彼女の言葉に私は慌てて首を振った。


緒方さんたちと別れて、再びスーパーに向かって歩き出す。


私は、カバンを持っていない方の手で徹さんの腕を掴む。


「じ、自慢って・・・しゃ、写真って・・・私、何にも聞いてないんだけど?」


半ばパニックで問いかけたら、徹さんが私を見下ろして苦い顔をした。


「言わんだろ、普通」


それもそうだ。


今日会社で舞の事自慢してきたよ、なんて言うはずがない。


「そ、そうだけど・・・」


「会社のやつらに、カミさんは料理上手か?って訊かれたら、そうだって答えただけだよ」


「あ、うん・・・徹さんがもっと自慢出来るように頑張るね」


しどろもどろに返したら、徹さんが笑って私の指を握った。


「プロにでもなる気か?」


「そんな事は、無いけど・・・」


だけど、もっともっと美味しいものをたくさん食べさせてあげたい。


彼の喜ぶ顔が見たいって思うんだもん。


「俺が独り占め出来る範囲にしてくれよ」


子供みたいな呟きが聞こえて、私は慌てて視線を上げる。


「舞の手料理食べたいってよく言われるんだけどな」


「喜んでご馳走作るよ?」


もてなし料理は得意な方だ。


けれど、私の返事に徹さんがえらく真面目な顔で答えた。


「俺が嫌なんだよ」


「ええ!?」


「あの家で出てくる料理は、どれも全部俺だけの為だろ?」


「うん・・」


「それを他の奴らに分けるのはちょっとな」


渋い顔で子供みたいな事を言う彼。


私はくすぐったくて堪らない。


いつも大人で落ち着いている彼の時折見せる子供っぽい表情。


「食べる人数は増えても、愛情の量は変わらないのよ?」


「・・・そーだけど・・・しっかし、写真見られてたのか」


「写真ていつの?」


「結婚式の時のだよ。カメラ借りて一枚だけ撮ったろ?」


カメラマンにお願いして、徹さんが、式が始まる直前の私を写したのだ。


「覚えてる・・けど」


今度は恥ずかしくなって視線を下げた私の頭に手を置いて、徹さんが続ける。


「緊張でガチガチだったのに、俺の方見た瞬間、花が綻ぶみたいに笑って・・・あまりにも可愛かったから、お守り代わりにしようと思ってさ」


「っ・・・」


「これから、この全幅の信頼にいつでも応えられる自分でいようと思った。所信表明みたいなもんだよ」


照れ臭そうに言って、徹さんが私の髪をくしゃくしゃに撫でた。

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