エピローグ 何度生まれ変わっても

 夏休みが始まった。

 ああ、素晴らしき休日の朝……!


 今日を含めて毎日のように霧島や七瀬と遊ぶ約束をしているが、それもお昼から。


 まずはやっぱ、惰眠を貪りてぇ!

 最近は色々あったからなぁ、心も身体もヘロヘロだよホント。


 マジベッド最高お布団愛してる。



 ————ピンポーン



「なーつきくん! あーそーぼー!」


 ぐぅぐぅ。

 俺は寝るんだ。

 何も聞いてない。聞こえない。


 早朝からクソガキ小学生みたいな真似する非常識な友達は俺にはいない。



 ————ピンポーン



「なーつきくん! あーそーぼー!」


 またしても幻聴。

 マジで疲れてるみたいだ。


 そりゃそうだよ俺ったら球技大会で鋼の肉体と戯れてたんだもの。



 ————ピンポーンピンポーン



 もうナンパする理由だってなくなった。

 この夏休みは、まず何よりも睡眠優先で活動するべきだろう。


 ————ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。


「ァァァァァァァァうるっせェェェェェェェェェェ寝られねだろうがァァァァァァァァ!!」


 自室の窓から顔を出して、玄関に向かって叫ぶ。


「あ、おはようございます! 凪月くん。やっと起きてくれましたねっ」


「おまえのせいで安眠妨害されてんだよ!?」


「そんなことより早く入れてくださいな。ご近所の視線がわりと痛いんです。人見知りには辛いです」


「ぜんぶ身から出た錆なんだよなぁ」


 モノホンの人見知り陰キャはこんなことできないんよ……篠崎聖良さん。


 仕方なく俺は玄関の鍵を開けると、招かれざるクラスメイトを家に上げた。


「さて。さてさて。どうしましょう何しましょうか凪月くん! 夏休みですよ夏休み!」


 クッションに腰を下ろすとウキウキの笑顔で嬉しそうに身体を揺らす聖良。


「寝る」

「それはダメー!」

「そもそもアポがねえんだよアポが。俺にも予定があるんだからさぁ」

「凪月くんにそんなのあるんですか?」

「あるよ! 午後からプール! 霧島と七瀬と!」

「なるほど。午前は空いてるわけですね」

「そういう解釈はイケないと思う」


 午後からの予定に備えて午前は十分な睡眠を確保するんですよ。

 なぜなら昨日は徹夜でゲームしてたから!

 夏休みなら当たり前だよなぁ!!


「つーか、おまえはおまえで色々予定あるんじゃないのか?」


 終業式後の教室では聖良と遊びたいクラスメイトたちにもみくちゃにされていたことが記憶に新しい。


「もちろんありますよ〜」

「なら俺なんかと遊ぶ時間はないな。帰れ」

「凪月くんとの時間はまた別です♪」


 なぜぇ?


 もしかして俺たちの関係、何も変わってないのでは?

 変化がわかることは、以前の貼り付けられたような笑顔じゃない楽しそうな子供っぽい聖良の表情だけ……。


「ところで話は前後しますが」

「あん?」

「プールいいですね。私も行きますっ」

「はぁー? だめ。ダメでーす。そこは俺と霧島と七瀬、3人の領域なんですー。おまえ、いらない。邪魔ー」

「あ、里桜ちゃんから許可いただけました」

「七瀬ェェェェェェェ!!!!」


 3人の関係性を愛しているのは俺だけだったか……悲しい。


「これで午後も一緒にいられますね」

「’も’ってなに? 午後があるから午前はもう解散だよね」

「え〜?」


 聖良はにっこりと微笑む。


「そんなわけ、ないじゃないですか?」


 ですよねー。


「プールに行くなら水着を新調しないと! さあ、行きますよ凪月くん!」


 俺の手を取ると、聖良は早く早くと急かすように立ち上がって部屋を出ようと歩き出す。


「いやいや待ちなさい。行かないから。そもそも、まだどこの店もやってないから」

「お店が開くまでお散歩デートですね♪」

「だから行かねーよ————!?」


 ————どてっ。


「っふぎゃん」


 俺が叫んだ直後、まるで物が倒れたみたいな鈍い音が響いた。


 というか、目の前で聖良が転んでいた。


 段差に躓いたとか言うわけでもなく、何もないところで。

 足をもつれさせたらしい。


「………………なにやってんの?」

「……転んだぁ……痛いよぉ」

「そりゃ顔面からいけばな」


 床に直撃したらしく真っ赤になったオデコと鼻を押さえて涙目の聖良。


「ドン臭ェ女……」


 俺がかつて一目惚れした女の姿か? これが……。


「ひどいぃ……凪月くんひどいよぉ……そこは、倒れる前に助けてくれるんじゃないんですかぁ……? ぐすん」

「いやあ、さすがの俺も予想外すぎて反応できんわ」

「うぅ……」


 まぁ、可哀想ではあるな。

 とりあえず患部を冷やした方がいいかと、俺はキッチンへ氷を取りに行くと袋に詰めて渡した。


「きもちいい……」

「しばらく冷やしとけ」

「うん」


 結局、部屋に戻った俺たちは適当に腰を落ち着けたのだった。


 あー、眠気も吹っ飛んだわ……。


 しばらくすると、痛みが治まったらしく聖良が口を開く。


「最近多いんですよね、こういうこと。何もないところで転んだり」

「はぁ」

「まるで昔に戻ったみたいで、サイアクです」


 心の底から不服そうにツンとしている。


 たしかに、今のは昔の聖良っぽかったなぁ。子供の俺ならイライラして、怒っていたところだろう。


 眼前の聖良からは、不思議な懐かしさを感じることがある。

 1ヶ月前にはなかった感覚だ。


「まぁ、いいんじゃねぇか。気が抜けたんだろ、色々と」

「そうですかねぇ」


 聖良はうーんと首を捻る。


「やっぱり痛いのは嫌です」

「じゃあ転ばないように気張り給え」

「クラスでは今までのように頑張ります。私は篠崎聖良ですし、そんな私が大好きですから」

「おう」


 それでいい。

 俺と聖良の関係性はナゾだが、聖良自身はやはりたしかに変わっていた。


「だけど、凪月くんの前ではやっぱり気が抜けちゃうかも」

「あん?」


 すり寄ってきた聖良は抱きつくように俺の腕に絡みつく。

 途端に甘い香りがして、俺はここにきて初めて私室に入り込んだ異物の存在を意識した。


「私のこと、守ってね?」

「いや、うん……まぁ、気が向いたら」

「はい♪」


 とは言っても、昔から思ってたけど本当にドン臭い人間てどこで何やらかすか理解不能だから、対応しきれないのだけどね。

 だからこそ昔の俺はそれにキレるわけだし。


 聖良のために俺がいつも気を張ってるなんて馬鹿らしいにも程があるし。

 今や一生懸命になって助ける義理もねぇ。


 まあ俺も極悪人ではないので助けられるなら助けますが。

 イレギュラーな時は勝手にドテドテっと転んでてくれ。


 それからしばらく駄弁っていると時間も程よく過ぎて聖良も回復し、結局は水着を買いに出掛けることに。


「はぁーマジ行くのか。クッソ暑いぞー?」

「だから午後はプールなんじゃないですか」

「それはそうだが」


 溺れたりしないでくれよ……。

 さっきのことを思い出すと、少々肝が冷えた。


 つーかさぁ、もぉどうでもいいといえばいいんだけど、それでも一つ言いたいことがある。


「なぁ、なんでおまえここにいるの?」


 玄関で靴を履く聖良に問いかける。


 俺たちはただのクラスメイト。

 

 新しく生まれ変わった俺たちは、付かず離れずくらいの、そんな関係だ。


 これからがどうなのかは知らないが、少なくとも夏休み中に2人で会うような間柄でもないと思っていたのだが。


 まぁ、会っちゃいけない理由も何も、ないんだけどさぁ。


 ったく、俺は色んなことにケジメを付けたつもりだってのに。


「なんで、ですか……うーん」


 聖良はキョトンとした温度差を感じる涼やかな様子で答える。


「凪月くん凪月くん」

「なんだよ」

「こんな言葉を知っていますか?」


 靴を履き終えた聖良は立ち上がると、やはり上目遣いでこちらを見つめた。




「————何度生まれ変わっても、私はあなたに恋をします」




 まるで、それが運命だとでも言うのか。


 初夏のあの日のように、胸が、心が、トクリと旋律を奏でる。



「もう惚れちゃってるんです、私」



 朱色に染まった頬に、爛々とこちらを見上げる熱い瞳。

 そこに宿るのは、純粋すぎる星のような煌めきだ。


「あんなにカッコよく、私を救う言葉をくれた。篠崎聖良を、可愛いって言ってくれた」


 聖良は言葉ひとつひとつの恥ずかしさに悶えるように、ハニカムように、ゆっくりと、大切な宝物を胸に抱き抱えるようにしながら語る。

 

「そんな青山凪月くんに、一目惚れなんですからね?」


 ああ、クソ。

 これだから人生、ままならない。

 思い通りにならないなぁ。


 未来の分岐は、まだまだ今この瞬間も、これからも、無数に存在するらしい。


「………………はぁ。くだらない事言ってないで、行くぞ」

「あら、お返事はいただけないんですか?」

「欲しいのか?」

「……いえ、今のところは。残念ながら、答えは分かりきっていますしね」

「そか」


 横をすり抜けるようにして、俺は玄関の扉を開けて外へ向かった。

 そんな俺の服の袖を、聖良は控えめにつまむ。


「私、がんばる。がんばるからね」

「……勝手にしろ」


 もうぜんぶ終わったんだから。

 これからのことは、聖良の自由。

 そういう話だった。


「あーーーーーーーー!!!! やっぱりーーーーーーーー!!!!」


 家を出ると、すぐさまそんな悲鳴に晒される。


「七瀬?」


 声の方向には午後から会うはずの七瀬と、それから霧島がいた。


「ほら! ほら見て霧島! やっぱり2人でいた! 逢引きよ逢引き! イヤらしい!」

「いや、その判断は早計なんじゃないかな?」

「ダメー! 絶対ダメなんだからそんなのー! ほら行くわよ!」

「ちょ、ちょっと七瀬ちゃん!?」


 七瀬と霧島は雪崩れ込むようにこちらへ向かって走り出す。


「ちょっと聖良ー!? それ! そこの、なんか、それ! 冴えない陰キャ! 私たちの玩具だから! 誰にもあげないからー!!!!」


 うーん独占欲。

 七瀬さん冴えない陰キャ好きすぎじゃない?

 でも、俺の名前は忘れちゃったのかな……。

 あと玩具違う。


「あれ、そうだったの? 早い者勝ちじゃない?」

「はぁー!? それならすでに午後からプールの予約入ってるんですけどー!」

「それなら、午前は私のモノだね」

「いや午後に予定入れたってことはそいつ午前寝てるからー! そんなことも分かんないの!?」


 おおうマジかよ七瀬さん。

 青山凪月理解が深すぎる。

 やっぱり七瀬さんしゅきしゅき愛してる。


 それにしても、なんだこの状況。


「霧島さんや、あれなに?」

「さあー、なんだろうねぇ。篠崎さんも一緒にプールへ行くのは構わないけど、青山と2人きりでいるのは許せないみたい。乙女心ってやつかな?」

「はぁ。あんま微笑ましくないなぁ」


 ギャーギャーうるせぇ。

 朝から聖良といい、近所迷惑だろうがっ。


 しかしかと言って止める胆力もなく、叫ぶ七瀬とかわし続ける聖良を眺める。


「ちょっとそこの陰キャ2人! 行くわよ! こうなったら私も新しい水着買うから! 選んで!」

「「へーい」」


 なんとまぁ役得なことでしょう。

 男2人で1人の女の子の水着を選ぶのはかなりナゾシチュだが。

 それぞれで選んで、七瀬に気に入った方を決めてもらいましょうかねぇ。

 少し楽しみになってきた。


「あ、里桜ちゃん。それから、霧島くんも」


 3人のちょっと後ろを少し遠慮気味について来ていた聖良が声をかけてくる。


「ん? どしたの聖良」

「篠崎さん?」


 2人が振り向く。

 すると聖良は少しだけ緊張した様子で俯いていた。


「あの、ね、その……えっと……」


 モジモジと指弄りをしている姿は昔に似ている。

 昔だったら聖良はこの先の言葉を紡げなかっただろう。


 しかし今は、違う。


「私とも……仲良くしてくれる……?」


 その一言は、きっと彼女の小さなセカイを変える。

 篠崎聖良にはたしかにたくさんの人が集まる。

 だけど、自分からそれを求めたことはなかったのだから。


「はぁ? 当たり前でしょ。ていうか、元からけっこー仲良くしてたつもりだけどー?」


 そう言うと、七瀬は聖良の手を取って駆け出した。


「ほらほら、行くわよあんたたち! 4人で、行くんだから!」

「はは、4人組結成だね」

「こりゃまた、騒がしくなりそうだなぁ」


 寝ている暇すらない、アオナツの夏休みに思いを馳せる。


「ねぇ、凪月くん」


 七瀬を追いかけて走っていると、聖良と視線が交差する。

 そして、花が咲くように笑った。


「ありがとう」


 恋愛も、それ以外もすべて、ここから始まる。

 物語は、ラブコメは、幕を上げたばかりだ————。

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かつて神童と呼ばれた俺(現在は冴えないナンパ)が、かつて大嫌いだと言って泣かせた地味幼馴染(現在は完璧美少女)に再会して一目惚れしたら。〜今更好きだと言っても、もう遅いですか?〜 ゆきゆめ @mochizuki_3314

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