第31話 夢の終わり

 数日が経った。


「ちゃお~みんな~」

「あ、委員長! もういいの!?」

「心配したよ~。てか、委員長いないと祝勝会も出来ないし~」

「あはは。ごめんごめん。もうすっかり大丈夫よ。ありがと」


 朝の教室は七瀬の復帰によって活気づいている。

 俺は当然、そこへ混ざることもなく着席していた。

 

(意外とキツイもんだな……)


 まともに眠れていない。

 ずっと、このおよそ一か月間に起こったこと、そして過去を振り返っている。

 後悔のようなものを重ねている。


 これは失恋というのだろうか。

 いや、違うな。

 告白してフラれたからって、今までため込んできた恋がゼロになるわけではない。

 もしもスパッとゼロになってくれるんだったら、恋愛なんて心底くだらなくて、浅ましいものだと思う。


 恋を失うのって、そんなに簡単なことではないらしい。


 だから俺は、まだ……。


『ただの幼馴染でいましょう? ね?』


 あの日、聖良は俺にそう言い残した。

 しかしここ数日、隣席の彼女が話しかけてくることはない。

 俺が話しかけることもない。

 一度たりとも、話していないのだ。


 これが、というやつなのだろうか。

 幼馴染なんて、所詮は幼い頃の仲。

 現在はもっと、それぞれの人格形成が進んでいて、俺たちはちゃんと自分に合った友人を選ぶことが出来る。

 美人で優等生で、コミュニケーション能力にも優れた聖良と、クラスメイトと関わろうとしない陰キャの俺に関わりが生まれないのは必然だ。

 聖良が復讐を終え、俺と話す理由がなくなればそれで終わり。

 後は、幼馴染であったという事実だけが残る。


「ねえねえ、聖良ちゃん一位だったよ!」

「うっそマジかよ!? 委員長が負けた!?」

「すっげえ! 球技大会に続いてテストもとか……完璧かよ!」


 放課後、テスト結果が公表されたらしい。

 ウチの高校は時代錯誤なことに、テスト上位者を張り出すのだ。


 チラッと見に行ったそれには、一位「篠崎聖良」、二位「七瀬里桜」と書かれていたのが見えた。

 どうでもいいが、俺の名前は上位にない。ほどほどだ。


「マジで勝ちやがった……」


 もう、はるか遠くの人間だ。

 俺が聖良に告白なんて、身分違いにもほどがあったらしい。


「すごいな、おまえは……」


 席に戻った俺は、荷物をまとめて帰宅準備を始める。

 あと数日の辛抱だ。

 テスト結果も出たとなれば、もう終業式を待つのみ。

 そしたら夏休み。一人になれるじゃないか。


「待ちなさいよ」


 教室を去る直前、背後から声をかけられた

 亜麻色のハーフアップ。七瀬だ。


「あん?」

「帰るの?」

「そうだよ」

「ゲーセン」


 七瀬はそう言って、俺の手を引っ掴む、


「ちょ、おいなんだよ」

「だから、ゲーセン行くの!」

「はあ? なんで俺を連れて行こうとしてんだ。行かねえって」

「だーめっ」

「なんで」

「だって、あんたたちと遊ぶのが一番楽しいもん。ほら霧島~! あんたも! はやくはやく!」

「はいはーい」


 七瀬に急かされて、帰り支度を済ませた霧島が飛んでくる。


「今日は球技大会に加えてテストでまで大敗北したあたしを励ましなさいの会なんだから! たっぷり甘やかしてよね! もちろんふたりの奢りで!」


 ビシッと俺たちを指さす七瀬。


「……結局は金かい七瀬さん」

「ははは。まぁいいじゃない。たしかに残念だったしね」

「まあ、そうだなぁ……しゃーない。行くか」


 思えば、三人で遊ぶのも久しぶりだ。

 中学の頃とかはそれこそ毎日遊んでいたものなのに。


 俺が頷くと、七瀬は満足そうに笑みを見せる。


「それじゃあまずはゲーセン! それで次はカラオケでしょ。ボーリングでしょ。ファミレスでご飯して、それから最後に~」

「おいおいマジかよ……」

「七瀬ちゃんフルスロットルだねえ。今日は帰れるのかな?」


 まるで他人事のように笑う霧島。

 楽しそうに計画を立てていく七瀬。

 七瀬を中心にして三人で歩く廊下は、なぜだか足取りが軽くなっていく気がした。


 ◇


「イッエーイ!」

「95点! さすが七瀬ちゃん歌も上手い!」

「でしょ~? あ~気持ちいい!」


 ゲーセンで騒ぎつくし、続いてやって来たカラオケ。

 ゲーセンに引き続きだが、七瀬の一人舞台は続く。

 球技大会に、テストの敗北。そして病み上がりのストレス。

 それは事実なのだろう。いつにも増してハイテンションで、俺たちの意見などお構いなしに連れまわす。

 まとめ役であるべき教室では滅多に見せない七瀬の本当の顔だ。

 いつだって彼女は頭がよく、要領がよく、気遣いができる。


 だから彼女は、俺を逃してくれないのだ。


「ほーら青山! 青山も歌おうよ!」

「いやいいって。俺は七瀬さんのすんばらしいお歌を聞いてるだけで満足ですよー。あー癒される」

「じゃああたし次ペケモン歌うねー」

「ちょっ、待ておいそれは違うだろうよ卑怯だろうよ人の心がないのかよ端的に言って○すぞ七瀬さん」

「そこまで言う?」


 ペケモンは俺の少年時代を捧げた愛するアニメであり、ペケモンの曲はすべて俺の持ち歌だ。

 しかしここにいるのはみんな同世代。

 子どもの頃の思い出だって当然被る。

 戦争が起こるのは必定。


「はい入れたー。よっし歌うぞー」

「おいおま、勝手に……!」

「ん」


 七瀬は俺の前にマイクを差し出す。

 自分のマイクは持っている様なので、もう一つのマイクだ。


「ほら。歌う気あるなら、歌お? デュエット♪」

「ちっ。……へいへい。わかりましたよ」

「よろしい。ってことで~、ほら立つ~! 叫べー! うったえー! 霧島はタンバリンよろ!」

「はーい」


「「~~~~♪」」


 もうどうにでもなれと、マイクを持って立たされた俺は歌った。


 歌詞を見ずとも、もう身体が覚えている。

 訳が分からないくらいに叫んでいるのに、歌詞が自然と理解できる。頭の中を流れていく。


 子どもの頃に聞いた曲の歌詞って、年を経るにつれて初めてその意味を知っていくことになる。

 それが嬉しくて、でもどこか寂しくて。

 でも、いつかのチカラになるような気がした。


 俺の夢は、とうの昔に終わってしまっていたよ。俺が自ら、終わらせたんだ。

 俺の翼は、とうの昔に引きちぎってやったよ。もう星へは届かないんだ。


 それでも。

 それでも、いつか、また。

 こんな俺でも、翔べる日がくるのかなぁ。


 今、ここで、変われたら……また――――。


「ああー! 78点!? ひっく!」

「あははは! 青山下手すぎ! 七瀬ちゃんと歌ってこのデバフ! っていうか感情入りすぎだって!」

「ああ!? いや、そういうもんだろ!? 泣けるんだよわりいかよ!?」

 

 叫び疲れた喉でなお叫ぶ。

 そして次の曲を入れるべく、機器へ手を延ばした。


「あーもう怒った。キレちゃいましたわ。ここから俺の70点パレードですわ」 

「あたしも歌ったおかげで78でしょ? ひとりなら70切るんじゃない?」

「ピッキーン。うっせえな俺は自由に歌う! 歌は自由だから楽しいんだよ! 俺のソウルに音程なぞ存在しない!」 


 次の曲が始まり、俺はまた叫び倒す。


「やっとエンジン掛かって来たみたいだね」

「そうね。まったく、面倒なんだから」


 2人がそんなふうに話しているのが、かすかに聞こえた 

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