第7話 那津との出会い⑤

「那津さん、昨日はごちそうさまでした。初めての鯉こく、美味しかったです。お疲れになってないですか?」

画面を見ているとすぐ那津から返事が来た。

「先生、お口に合って良かったです。お気遣いありがとうございます。私は元気ですよ。」

メッセージの後ろにガッツポーズの猫のスタンプ。



その日から敦人は毎日那津とメッセージのやり取りをするようになった。

今日は那津さんに何を書こうかな?

敦人は日々の小さなとりとめのないことを那津とやりとりをするのがささやかな楽しみになっていった。


そしてメッセージの交換を続けるうちに、やりとりの中の那津のちょっとした言葉の端々から、浦原の家族が那津のことをタダで使える使用人としてしか思っていないことを知った。


ある時、那津がポロリとこぼしたことがあった。

「先生の励ましで元気が出ました。私、明日も頑張りますね。」

うなだれた猫のスタンプが、敦人の励ましの後にガッツポーズをしたスタンプになっていた。


敦人が電話をかけた時、那津が涙声で電話に出たこともあった。なにかあったのかと尋ねても多くは語らない那津。でも敦人と話をしているうちに最後はいつも、敦人のおかげで元気が出たと言う那津。

いつしか事あるごとに「那津さん、大丈夫なんだろうか?」と思ってしまう。敦人の心の中で那津がどんどん大きくなっていった。



 ある日、敦人はユカリに頼まれて船橋のショッピングモールに一緒に行った。ユカリは何軒目かのブティックの前で立ち止まった。

「あっちゃん、ここのお店見てくるから、あっちのベンチで待ってて」

「ああ、はいはい。」

敦人はユカリの買った服の紙袋をいくつか入れたカートを押して近くのベンチに座った。今日はユカリの荷物持ち。


ユカリちゃん、どれだけ買うんだ?

苦笑いしながらユカリが入った店をながめた。明るい店内に流行の服をまとったマネキンがいくつも立ち、おしゃれした女の子達が楽しそうに服を手に取ったり、眺めたりしている。


ふと、見るとその隣は可愛らしい雑貨がたくさん並んでいるファンシーショップ。店内にはぬいぐるみのコーナーがあり、敦人が何気なくのぞいてみるとかわいい猫のぬいぐるみがいくつか並んでいた。その中に愛くるしい表情をした黒猫のぬいぐるみがあった。


那津さん、猫が好きだったよな。

敦人が手にとってながめていると通りがかった若い店員が商品の補充をしながら敦人のそばに立った。

「かわいいですよね。黒猫は幸運を招くとも言いますし、それ人気なんですよ。」

「え?そうなんですか?」

だったら是非那津さんに渡したい。


黒猫のぬいぐるみを手に取ると敦人はレジに持っていった。

「プレゼントでお願いします。」

ピンクの袋に黒猫のぬいぐるみを入れ、赤いリボンで袋の口を結んだものを紙袋に入れて渡された。

那津さんに少しでも幸運を招いてくれよ。敦人はプレゼントをそっと自分のリュックに入れた。


 数日後、天気予報で次の日の午後から雨が降ると知った敦人は、那津にメールを送った。

「こんばんは。お元気ですか?明日は昼から雨ですね。夕方はご在宅ですか?」

チラチラとスマホを見ながら仕事をしていると、しばらくして返信がきた。

「はい、おります。良かったら晩ごはんを食べて行ってください。」


オッ!思わずニンマリした敦人は「よろしくおねがいします」とお辞儀をするクマのスタンプを押した。

明日は残業できないぞ。

気合を入れた敦人は明日の分まで家に持ち帰って仕事をすることにした。

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