第5話『意外な接点』

その後、会社の説明を受けて研修一日目が終わった。

「話聞いてるだけだと時間が長く感じるな。」

帰りの電車の中、疲れ切った表情で田中さんが言う。

「そうですね、でも研修終わった後のほうが大変だろうから、今のうちに疑問点はなくしておきたいです。」

「西野さんは真面目ですね。」

斎藤さんに笑顔でそう言われると、真面目って言葉も好きになれそうだ。

「明日で研修最後だもんな、部署も全員バラバラだし、明日、終わったら軽く親睦会しないか?三人で。」

斎藤さんは少し悩んで、俺が平気ならと言った。

正直、家がまだ片付いてないし、早く帰りたかったけど、最後になるかもしれないからと思いなおし了承した。


「じゃあ明日も頑張ろう!俺は調布だけど二人は?」

「僕は桜上水です。」

「え?わたしも桜上水。」

なかなかの偶然だが、そういう事もあるんだろう。

「西野君は一人暮らしなの?」

電車を降り、改札を出た所で斎藤さんが話しかけてきた。

「そうです、不動産やに行ったときに今のアパートを案内されて、神田川沿いなんですけど、雰囲気が気にいって決めました。」

「神田川沿いなんだ、方角一緒かも」

そう言いながら二人で歩き出す、話の通り同じ方向で、斎藤さんと話すことにまだ慣れていない僕は、少し緊張しながら歩いていた。

「あ、アパート右に曲がった向こうに見える二階建ての建物です。」

「じゃあここでお別れだね。」

「昨日見つけたお店で夕飯を買いたいんで、ここ渡ります、斎藤さんはどちらですか?」

「私もそっち。」


少しだけ、気まずい。

一度帰ってから夕飯を買いに行くべきだった。

少しだけ後悔していると、斎藤さんが口を開く。

「夕飯って何にするの?」

「昨日行ったお肉屋さんのコロッケとメンチが美味しくて、しかもおまけで試作品のから揚げを貰ったんです。そのから揚げが今まで生きてきて食べたから揚げ、いや、食べ物の中で一番おいしかったんです!だから今日も食べたいと思って。」

「そうなんだ・・・」


辺りは薄暗く、斎藤さんの表情が確認できないが、少しうつむいている、言葉数が更に減ってしまった。気分を悪くさせるような事を言ってしまっただろうか、気になっていると朝の喫茶店が見えてくる。

「あ、ここの喫茶店もモーニングが美味しかったです。」

「西野くんは外食ばかりなの?」

口をきいてくれた事に安堵品ながら、質問に答える。

「鍵っ子だったんで家で作って食べるの嫌いなんですよね、だから外が多いです、食べるときに人との関りがあったほうが、食事が楽しいです。」

「そっか。」


昨日のお肉屋さんに到着した。

「斎藤さん、ここです、昨日のお肉屋さん。」

「ただいま」

「おう!おかえり!あれ?昨日の兄ちゃんじゃねぇか!二人は知り合いだったのか?」

僕はこんな偶然もあるもんだと、納得しようと頑張った。

「えーーーーーーーーー!!!」

無理だった。


「兄ちゃん、どうだった?昨日の」

「から揚げ凄く美味しかったです、今まで食べたどの食べ物よりも美味しくて、また来ちゃいました。」

そう伝えると店主が顔をニヤニヤとさせて隣の斎藤さんのほうを見る。

「だってよ、安奈、良かったじゃねえか。」

僕は何のことかわからず、斎藤さんのほうを見る。

斎藤さんは顔を俯かせているが髪をかけた耳が真っ赤に染まっている。

僕は昨日の店主とのやり取りを思い出した。


「娘の試作品のからあげ・・・」

なるほど、俺は恥ずかしげもなく、斎藤さんを褒めちぎっていたのか。

斎藤さんのほうを再び見ると目があった。

「わ、わたし家に入るね!じゃ、じゃあ西野君また明日!」

斎藤さんが走っていく。

「なんでぇあいつ、照れてやがる。」

店主はそう言いながら笑う。初日で同期に嫌われたんじゃないかと、僕は気が気じゃない。

僕の気持ちを察してか店主があれは人見知りで照れてるだけだと教えてくれた。

それならいいな、明日、飲み会もあるのに気まずいのは辛い。


から揚げとコロッケを購入し店を後にする。

ちょっと行きにくいなと感じたが、店主にまた絶対来いよ!と念押しして貰えたので、また行こうと思う。斎藤さんにお伺いたてるべきか少し悩むが。

少し歩き喫茶店が見えてきたころに後ろから声を掛けられた。

「西野君!」

「斎藤さん!どうしたんですか?」

走って追いかけて来ていたようで、肩で息をする斎藤さん、落ち着くまで待っていると。

「これ!お父さんがおまけにって」

斎藤さんから受け取るとサラダが入っていた。

「野菜も食べろよって、お父さんが」

「ありがとうございます。これも斎藤さんの試作品ですか?」

「ち、違うよ!お店で売ってるやつじゃない。」

「え?」

「じゃ、じゃあまた明日ね!」

そういって走り去ってしまった。


いい人たちに出会えたな。

ありがたく頂こう。

そう思いながらアパートへ向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る