3-1 村娘の初陣

 地下通路に刃と刃がぶつかり合う音が響く。


 次々繰り出される攻撃を斧の刃や柄で打ち返す。私からもやり返したいけど、斧は重くて機動力に優れていない。一歩引いて体勢を整えようとしても、それより早くオリバーの剣が迫っている。

 防戦一方。

 何が「お前は俺より強い」だ。むしろこっちの分が悪い!


 動きを崩そうとしゃがみこんで足払いを仕掛ける。それを後ろにジャンプして避けたオリバーは、剣を構え直して再びこちらに向かってくる。


 突き。払い。ひとつ一つが丁寧で隙がない。


 剣はとても扱いづらい武器だ。ただ腕力があればいいという訳でもない。練習の積み重ねと、ひたすら単調な訓練。実戦経験がないというオリバーは、おそらく、その長年の努力で完璧に身につけた、型となる動きだけで戦っている。


 良く言ってお手本のような剣技。悪く言って馬鹿真面目な教本コピー。しかし、教科書を知らず、自己流の戦い方をする私にとっては、かなり厄介な相手になった。


 私がだんだん焦ってくるのに対して、邪眼の影響を受けているせいか、オリバーは冷静だ。鋼がキンと鳴る音に、時々ハネルの「メェ」という悲鳴が混じる。だんだん狭い場所に追いやられている私の後ろで、ハネルは逃げ場もなく震えているのだ。

 オリバーは白く光る目で瞬きをした。


「変だな。このままじゃ俺が勝っちまいそう。お前、手を抜いてるんじゃないか?」


 また次の一撃。私はなんとか斧の柄で受け止める。


「それともあれかな……マチルダ副団長も言っていた。本気で殺しにきている相手に情けを捨てきれなかったら、どんなに強い奴でも負けるって」


 そうだ。オリバーは本気で私を殺しにきているが、私には彼を殺す気がない。そうなると私の攻撃の手は鈍る。

 真剣さで負けているのだ。なんとかここを打開できないか……。


 斧に力を込めてオリバーを引き剥がし、柄で胴を突く。それを避けるために後ろへ引くオリバーへ、私は問いかけた。


「ねえ、なんでそんなに私を殺したいの? あなたはメデューサに操られているけど、それだけが理由じゃない気がするんだ」

「お前を見ていると辛いからだ、ルイーゼ」


 攻撃に転じようとするオリバーを抑えておくために斧を振りかざす。当然オリバーは避けるけれど、少しだけ時間と距離が稼げた。


「俺は騎士になるしか道がなくて、どんなに努力しても権能持ちの連中に敵わなくて、それでもそんな自分のことを受け入れたつもりだった。なのにお前は、俺にできなかったことをしている。妬ましいし悔しいさ」

「でもそんなこと、私を殺したところで何の解決にもならないじゃない!」

「じゃあどうすればいいって言うんだ」


 オリバーが剣を構えて私を睨んだ。

 もう少し。


 私は後ろのハネルに振り返って「ごめんね」と言った。大切な護衛対象なのに、危険な目にあわせてしまう。

 私は再びオリバーを見据えて言った。


「今からでも全然遅くないでしょ。オリバー、あなたは何になりたいの。羊飼い?」

「違う! 俺はもう騎士だ。羊飼いになりたい訳じゃない」

「だったら何?」

「うるさい……。お前と話してると頭痛がひどいんだ。頼むから、そろそろ死んでくれ」


 地面を蹴って、オリバーが私を刺し殺しにくる。

 私は大きく斧を振りかぶった。オリバーに攻撃するためではない。

 私はその斧を、横の壁に向かって振り下ろした。


「はあ?! 何をして」


 壊れる土の壁。その向こうには道がある。

 二つの道を隔てていた薄い土の壁に穴を開けたことで、行き来ができるようになったのだ。私は隣の道に飛び込んでオリバーをかわす。

 私という対象を見失ったオリバーの剣先は、私の後ろに隠れていたハネルの首元に迫った。


「メェ?!」

「しまった!」


 オリバーは慌てて剣をハネルからそらす。その時に隙が生まれた。

 体勢を崩したオリバーの背後に、私はまた土の壁を壊して回り込む。


「目を覚ませ、オリバー・グレイ!」


 私は斧の柄で、力いっぱいオリバーの頭を殴った。



 また、耳鳴りがするような沈黙が地下道に訪れた。

 汗を手のひらで拭うと、土の匂い。気絶して倒れたオリバーの腕を引き、肩に担ぎ上げようとして、足を滑らせた。


「うわっ!」


 転びかけた私の下にハネルがすべり込んで、もふもふの金の毛で受け止めてくれる。


「メェ!」

「おっと。ありがとう、ハネル。気絶した人って重いんだね……」


 だらりと腕と足を垂らしているオリバーをハネルの背に預けて、その顔を覗き込んだ。

 初めての戦闘相手が、まさか仲間になるなんて。メデューサに操られていたとはいえ、オリバーの殺意は本物だったし、私の行為は正当防衛になるだろうが、仲間を殴るのはやはり罪悪感があった。しかし、オリバーの表情は心なしか穏やかだ。それは、彼が抱いていた強い劣等感を吐き出したためか、ハネルの暖かい羊毛に心が落ち着いているのか。


「ハネル、このままオリバーをお願いしていい?」

「メェ……」

「不安? たしかに、さっきのオリバーは怖かったけど、彼はあなたを傷つけようとはしなかったよ」


 そう、本気で殺しにきているオリバーに勝てないのなら、オリバーが殺せない相手を目の前に差し出せば、隙を作ることができる。

 一か八かの作戦だったけど、さすがは「羊飼い君」。ハネルを前に剣先が鈍るなんて剣士失格と言われても仕方ない優しさだが、私はそこでハネルを切り刻める人よりは、オリバーのような人の方が信頼できる。


 ……それだけに、次にオリバーが目覚めた時、彼がどんな気持ちになるか、想像すると悲しい。同僚に手をあげて、おそらく話したくはなかっただろう自分の心の内まで告白させられるだなんて、オリバーにとっては厄災だらけの初陣になってしまった。


 少なくとも私は、今後彼に心を許せるかはともかくとしても、オリバーをこのことで恨つむつもりはない。どうせならまた手合わせしたいんだけどな。彼が何度も繰り返したほどには、オリバーを弱いと思わなかったし、今回の戦いは反則勝ちだし。


 私がとったのは、姑息な上に守るべきハネルを危険に晒す方法だ。騎士として相応しくない手段だったと思う。

 でも、私は木こりで、村人だから。故郷とクラリス様を助けるために、悪いけど、騎士道精神なんてものに構っていられない。


「メデューサの跡を追おう……」


 彼女は私をなめきっていたのか、這っていった痕跡がそのまま残されているから、追いかけるのは容易だ。でも、メデューサは何が目的で王都の地下に潜んでいるのだろう?

 私が歩み始めると、後ろから「メェ~」とハネルがついてこようとしたので、慌てて止めた。


「ハネル! ついてきちゃダメだよ、オリバーと一緒に隠れて待機していて」


 私がメデューサにやられてしまった時に、騎士団へ知らせてくれる者が必要だ。この地下にまだどれだけ敵が潜んでいるかも分からず、オリバーが戦えない今は、集団でいない方が全滅を防げる。

 そう言って聞かせると、ハネルはしょぼんと縮こまった。


「オリバーが起きたら、二人で出口を探して、仲間に連絡すること。頼まれてくれる?」

「……メェ!」

「よし、いい子」


 私は首輪の紐を、意識のないオリバーの手に託した。そして、また敵と遭遇した時のために、オリバーの騎士服からマントを外して、ハネルの輝く金の毛を隠してやる。


 そうしてハネルたちと別れた私は、星くずマッチで道を照らしながらメデューサの足跡(蛇だから腹跡?)を追った。

 なんだか、どんどん深いところに潜り込んでいるような気がする。周りの土がしっとりしていて空気が冷たい。

 道が最も狭くなった地点で、壁にぶつかった。今までのような土の壁ではなく、石造りのしっかりした壁だ。


 行き止まりかとも思ったけれど、下の方には子供なら抜けられそうな小さい穴が空いていて、向こうにも空間がありそうだ。私は少し悩んで、「緊急事態だし」と斧を振りかぶった。

 古くなっていた石の壁はあっさり崩れた。

 こんな無茶な扱いをして、刃こぼれしてないかしらと斧を心配しながら先の空間に出ると、一気に視界が開けた。人工的な壁と高い天井、水の流れる音。


 ここ、もしかして王都の地下水路?

 しばらく歩いてみるが、私のブーツの音ばかりが反響してどこまでも鳴り止まない。明かりは電灯コウモリが飛び回って照らしてくれるので、マッチをつける必要はなくなった。


 どれくらい歩いていただろうか。ふいに、水の音とコウモリの鳴き声以外のものが聞こえてきて、私は耳をそばだてた。鼻をすするような音と、しゃくりあげるような変な声がする。

 ……誰かが泣いているみたい?


 道の端っこでうずくまる小さな影が見えたので、私は警戒しながら近付いた。子供だ。たしかこの子は、雑貨屋の前に現れた子供たちのうちのひとり。


「どうしたの?」


 私が声をかけると、その小さな男の子は顔を上げて「あ、紅騎士団の人……?」と言った。私はうなずく。


「こんな所で何をしているの? ここは子供ひとりで来るには危険だよ」

「ひとりじゃなかったもん。土の中の道で遊んでいたら、石の穴があって……そこを通り抜けてから、迷子になって、他のみんなともはぐれちゃったんだ」


 なるほどねえ。子供の怖いもの知らずと冒険心はすごいものだ。


 とりあえず、この子は土の道にさえ戻れば出口をいくつでも知っているだろうから、帰した方がいいかと思ったが、今の話だと子供たちがまだ水路にいるらしい。「みんなと一緒に帰りたい」と必死で訴えてくるので、私はこの子を連れて水路を探索することにした。ひとりで帰らせると、この子がメデューサと出くわした時に危ないしね。

 ついてきた男の子は、並んで歩きながら私に笑いかけた。


「紅騎士団の騎士さんがいるなら、もう安心だよね。お姉さんが来てくれてよかった」

「あら、そう?」


 すごい! 私、頼られてる!

 素っ気なく返事したけど、本心ではめちゃくちゃ嬉しかった。この子に同い年くらいの弟のチャーリーの姿が重なって、守ってあげなくちゃという気持ちが強くなる。


 二人で笑い合いながら水路を進む。男の子に案内されて、みんなとはぐれてしまった辺りだという場所へやって来た。しかし、そこは一本道で、どうやって迷子になったのか不思議だ。男の子に聞くと、ここを歩いていて、振り返ったら誰もいなくなっていたのだという。なにそれ、怖い……。

 私は道の真ん中に佇んで考え込んだ。


「隠し扉でもあるのかな? 王宮とかの重要施設には、緊急避難用だったり、国宝を保管しておくためだったり、そういう仕掛けがあるって聞いたことがあるんだけど……こんな地下水路で?」

「あれ、知らないのお姉さん。ここ、王宮に通じている水路だよ。たぶん、王宮の広い庭の真下あたり」

「えっ、そうなんだ!」


 ハネルを捕まえた裏通りは、まだまだ王宮からはうんと遠かったのに。いつの間にやって来てしまったんだろう。

 男の子と二人で周辺を調べてみる。が、特に何も見つからない。本当にこのあたり? と聞き直すが、男の子は「ほんとにここ!」と断言した。


「お姉さんは斧を持っているし、僕より背が高いから、上の方を調べてみたらどうかな」


 そんな助言を受けて、薄暗い天井をぐっと目を凝らして観察する。斧の柄で高い場所を突いてみたりして調べるも、変化なし。


「やっぱり、何もおかしなところは……」

「もっとよく見て。そことか怪しいよ、ほら!」

「えー、ここ?」


 カチッ。

 え? 何、今の音。


 私の嫌な予感に「大正解!」と答えるように、私たちの立っていた床の一部がすぽっと抜けて、穴に身体が落っこちていく。

 ひゃああ~、と悲鳴をエコーさせながら、私は闇に吸い込まれていった……。

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