第3話【だいじょうぶ、この殺人は正しいから】

「さつじん、」

 あまりな直接的な物言いにどう振る舞ったらいいのか、立ちすくむだけ。


「だいじょうぶ、この殺人は正しいから」


 その美少女のことばに一瞬自分の耳を疑った。



 ——しかしその顔つきからは確かに〝そう言った〟としか考えられない。いったいこの場でどう反応すればいいか解らず固まったままでいると、美少女からは次のことばが。

「わたしは『助けて』とあなたに助けを求め、そしてあなたは求めに応じてわたしを助けてくれた」


 確かにそうだ。しかしそれは格好つけて女の子を助けようと思ったからじゃない。君がこっちに走り込んでくるから、〝しょうがなく助けた〟ってのが正確な事情ってもんだろう。言わないけど。


「なんか、自分の身も危なさそうだったし」代わりに言ったことばは、これ。

 撃つタイミングが若干早いような気がしなくもなかったが、立ち去るよう一度は警告は出した。それに格闘戦で勝てるとは思わない。


 とにかく、目の前に立つ美少女は『この殺人は正しい』と、凄い事を言ってくれた。顔を見るに心底そう思って言っているようだ。


「やむを得ない事をした、と思っても周りからそう思われないんじゃあ……」そう振ってみた。


「冒険者が冒険中に命を落とすことは、ままあるから」


「——まま、ある……?」


「そう。まま、あるから」


「もしや怪物に襲われ死んだ事に?」


「はい。魔物に襲われお亡くなりに」


「それで通るの?」


「そういう事にしておいてあげた方が〝本人たち〟の名誉ですから」


「人間に殺されると不名誉ってこと?」


「意味が違います。冒険者はその能力を対人に使ってはならない誓約をギルドとの間に交わしています。この二人は能力を間違いなく強盗のために使おうとしていました。だから魔物に殺されたことにしてあげた方が、最低限名誉だけは守られます」


 『ギルド』って確かに言ったよな? しかも冒険者のギルドだ。そんなものがあるって事はいよいよここは『かの異世界』なのか……


「まだ罪の意識から逃れられませんか?」美少女に訊かれた。


 罪、というよりはこの後どう身を振ったらいいのか、それにつき途方に暮れている状態なんだけど、こんな事はどうも口には出しにくい。

 また美少女が語り始めた。

「信じてもらえるかどうかは解りません。でもこの二人は生前、といっても時間はあまり経ってはいませんがこんなことを言っていました。あなたは『魔物に殺された事にすればいい』、と——」


「え?」


「そしてあなたが魔物退治の結果集めた黄金は『偶然見つけた事にすればいい』、と」


「それって……こいつら、僕の殺害計画を立てていたってこと?」


「そうです」


「本当に?」


「本当に本当です」


「本当ならずいぶん気が軽くなるけど、」


「ほんとうです」


 ふっ、と思いがけず笑ってしまっていたらしい。美少女は怪訝そうな顔を見せている。

「あっいや、ごめん。つい」


「いえ、最初から信じてもらえるとは思っていませんから」


「こんなことで疑ってもしょうがないし」


「だけど、どこかで誰かを信じることにしておかないと、この先もう世の中を渡ってはいけませんよ」

 摩訶不思議な事を言われている、としか思えない。さらに美少女のことばが続く。

「——あなたは今まで一人で生きてきた。たぶん能力的にはこれからも一人で生きていける。でもこのままの生活を続けていると、この先も今日出会った二人みたいな人間があなたを探し回り次々とやって来る」


 なんだっってっっっっ‼

「僕は元々この世界の住人なんかじゃない!」


「分かります」と美少女はうなづいた。


「いないはずの人間の存在がどうして知られているんだ? 僕を知らなきゃ僕のところに強盗なんかが来るわけない」


「あなたが転生してやって来たということは、ということです。だからこの世界にあなたがいることを知っている者がいることは当たり前です」


「なんのためにそんな迷惑なことを?」


「迷惑、ですか?」美少女は不思議そうな顔をしてこちらをのぞき込んでくる。


の無い世界に召喚されちゃって、もう写真も撮れない」


「しゃしん? てつどうって?」


「あ、いや話せば長くなるので、今はそれはいいから、」


「本当に迷惑そうですね」


「べつに君が召還したわけじゃないし」


「〝君〟じゃなくてラムネです」


「〝ラムネ〟さん?」ヘンな名前だと正直思ってしまった。


「はい。でも〝無双〟になってるんですよね? 嬉しいとか楽しいとかないんですか?」


「取り立ててそういうことは……そう言やそこの強盗も言ってたけど〝無双〟っていったい何なんです?」


「言った通り。〝敵がいない〟っていう状態です」


「敵がいないほど強いと知っててそこの二人は襲ってきたのか?」

(単なるアホなのか)とそう思った。


「だから夜明けのほんの少し前、人がもっとも深く寝入っている頃を見計らって襲うつもりだったようですよ」


(寝込みを襲うつもりだったのか)

(——にしても寝ていたら殺られる〝無双〟って……)

「それはもう無双でもなんでもないのでは……」


「〝寝ている時に襲えば勝てる〟という確証は無かったようです。〝寝てる時ならイケる〟とそんな感じで。実際寝ている時に襲われたら死ぬのか死なないのかは、わたしは無双でないので分かりません。だけどあなたは〝起きていれば確実に勝てる〟だろうとは思ってました」


 あれ?

「ってことはあの『助けてー』ってのは……」


「あっ、べつに気づいて欲しくて言ったわけじゃ、」と美少女はしどろもどろに。「——でも一応お役に立てたのなら嬉しいです」


 あの時そんな事をしてくれなくても既に何者かの接近には気がついていた。しかしそこは些末な問題だ。人に恩着せがましく恩を着せるでもなくしどろもどろになってしまう、たったそれだけの仕草でもう〝信用してみてもいいんじゃないか〟と思ってしまう。

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