第2話【無双転生者、殺人犯人になる】

 AFモード・AF–C。顔認識・瞳追跡良し。連射モードCH。

 あらかじめ定めておいた設定を瞬時に確認するとさっそくに人型怪物二人の顔が正方形で囲われもう次の瞬間には緑色に。瞬間カチッと奥歯を静かに噛み込む。

 撃った!

 バシュバシュバシュバシュ、バシュバシュバシュバシュ、その音が鳴ったと思ったらどさりどさりとそれまで立っていたものが崩れ落ちる音がふたつ。その姿が茂みの向こうに消えた。そこで目線を下ろし美少女に言った。

「しばらく伏せてて!」


 警戒はまったく緩めない。



 警戒はまったく緩められない。




 動きは無い。相手は怪物とは言え人型、〝死〟を擬態している可能性もある。

 ——いつまで警戒してりゃあいい?


 そうしているうちに空は白み始め森の中にも木漏れ日が届き始めていた。ここまで来てしまうと、もう誰にでもものは普通に見える時間帯。


「あのぅ」と、下の方から美少女の声。「いつまでこうしてればいいんでしょう?」と。


 いつまで、と言われても、いつまでも、とはいかないだろうし。

 なにかがおかしい。人間の形をしているんだ、もっと手強いはずだろう。近づいた途端に襲ってくるとか、


 しかしいつまで経っても襲われない。しょうがないので人型怪物二人が倒れた辺りまでおそるおそる前進する。跡形も無く消えているに違いない、と確信しながら。


 そう、怪物は倒すとその死体は消えてしまい、死体の形をとどめない。



 だが外れていた。それは根拠無き確信に他ならなかった。


 そこに見えたのは人間の死体がふたつ。正真正銘人間の死体にしか見えない。顔面を打ち抜かれ脳やら脳髄液が飛び散った凄惨なものだった。これは人の形をした知性のある恐るべき怪物のはずじゃなかったのか————

きんになってない……」思わず独り言が口から漏れた。怪物は絶対そうなるはずだった。


「黄金になどなりません」声をかけられた。思わず身構えるようにバッと振り返ると着ている服をビリビリに破かれている半裸姿の美少女がようやく、いつの間にか立ち上がっていた。破れた服の隙間から黒い下着(?)さえ見えている。


 半裸以前に、もしこの瞬間、背後からこの美少女に襲われたらどうなっていたかと、そちらの方に身震いが起きた。半裸の女に男が襲われるというのも大概だが。今さらながら、こちらが真の人型の怪物という可能性もあった。


「ならなにになるの?」と口が無意識に訊いていた。

「このまま。だってじゃありませんから」と美少女が答えた。


 これまで〝怪物〟だと思って退治して来たものは『魔物』という名前を与えられている事は解った。しかしそんなものは今は比較的どうでもいい。


「そうするとこの二人の正体は?」

「冒険者です」


 その〝答え〟は確認したかったものとは少しズレていた。訊いたのはそういう事じゃない。

「人間のように見えるけど、」と勘違いの入り込む余地の無いほどに解りやすく言い換えた。


 そしてその〝答え〟はあっさりと戻ってきた。

「人間です。二人とも」


 ‼ ! ‼ ! ‼ ! ‼ ! ‼ ! ‼ ! ‼ ! ‼ !っっっっっっっ! げべいあつあああちでぇおとたおtsふゅっしrfしsyzr!


 まったく何も声が出てこない。腰が抜けるという実体験が起こった。〝そうしよう〟などと思ってもいないのに、その場へぺたりと尻が地についてしまった。


 殺人、やっちゃった……


 捜査機関に捜査され、起訴されて裁判を受けさせられて、懲役刑……、まさか二人殺してしまったから死刑とか……

 そうだ! 此処は異世界だ。元いた世界に戻ればそれはイコール〝高飛び〟でこちらでの事など無かった事になる——と思ってみたが戻る方法など解るわけが無い!

 ならばどうすれば逃げられる?


 極めてろくでもない方法論が頭に浮かんだ。〝完全犯罪〟だ。そのためには目撃者を……


 いかーんっ! いかんっ! それはこの美少女を殺害するという意味になってるぞ!

 この上さらに判断を間違えるなど余計に破滅を招き寄せるだけだ!

 考え事をしている時ってのは呆けているように見えるのか、

「あのぅ、お話し、いいでしょうか?」と奇妙というか微妙な感じで美少女に声をかけられた。かけられると想像してもいないので思わずびくっと身体が反応してしまう。

「いえ、この先急ぎの用があるもので」と口が自動的に喋っていた。〝急ぎの用〟とはもちろん。今は一刻でも早く行動に移したかった。


「あなたは余所の世界から来たんでしょう?」


 別に驚きはしない。元の世界からこの謎の世界へと来てしまった時から着替えも無く着た切り雀なのだから。


「あの、その、お話しというのは今後のことなんです」それでもなお美少女が話しかけてきた。


「えー、なんというか、僕は殺人犯人になってしまいました。もう関わらない方がいいですよ。むしろ会ったことを忘れてくれると嬉しい」


「ならなおさらの事についてお話ししましょう。それから半身で喋らないでください」

 

 美少女に正対せず心持ち距離をとりながら半身で立っているのには理由がある。突如攻撃されたらかわせるかどうか心許ないからだ。もはや魔物だろうが人間だろうが信用できない。しかし美少女の表情は、というと、少なくともその表情からは〝悪意〟も、そして〝恐怖〟という感情もうかがえないようには見える……

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