第2話 錬金術師のお仕事

都市国家エルム

 

王宮の城壁を抜けた先に、旧貴族街と呼ばれる区域が広がっていた。


その旧貴族街の郊外には、錬金術の研究所がひっそりと建っている。

そこに勤めるのはたったの2人だけだ。

 

1人は所長である錬金術師のアルフィ。

もう1人は副所長でこちらも錬金術のルリアだ。

 

どちらも20代後半の姉妹であった。

二人はハーフエルフの国では珍しい耳をしていた。

その異質な耳の形は、人族である事を示している。


それもそのはず、二人の出身はここより遥か南のアルマ王国だった。

そこは錬金術が盛んな国で、二人はC級錬金術師という肩書きを持っていた。

 

C級錬金術師とは、錬金術師としては最低ランクであり、田舎の都市に店を構えれれば、ギリギリ食いっぱぐれない程度の価値しかアルマ王国では認められていない。


そんな姉妹が紆余曲折あり、ハーフエルフの都市国家にたどり着く。

そして、黒髪の道化師に見出された事で、彼女達はここにいた。


「お姉様、嘆願書が通りましたわ!」

「そう……やっと研究に入れるわね……」

 

嬉しそうに笑う妹の横で、姉は静かに呟いた。

 

(長かった……)

 

思い返せば3年前の事だ。

アルフィが初めてこの地に足を踏み入れた時の事を今でもよく覚えている。

 

3年前、彼女達はある事件をきっかけに故郷から逃げ出した。

そしてたどり着いた先が、この都市だった。

 

(ここは私達にとって最後の楽園かもしれない……)

 

当時、そう思ったものだ。

 

しかし、現実はそんなに甘くはなかった。

故郷のアルマ王国と違い、錬金術師の価値が低かったのだ。

魔法の扱いに秀でるハーフエルフは、それを元にした技術発展を続けてきた国である。

 

それに対して、錬金術とは素材を組み合わせて、新しいものを作る事を目的としている。

傷を治すポーションを作っても、魔法で治せば良いと言われたら身も蓋もないのだ。


「それじゃあ、肥料の精製実験に入りましょうか」

 

きっと長い道のりになるだろう。

だが、研究費が認められた今、彼女達の生活は保障されたのだ。

 

「はい!頑張りますわ!!」

 

2人の研究者による挑戦が始まった瞬間であった。


数日後、


「……臭いわね」

 

アルフィの前には鼻が曲がりそうな異臭を放つ物体が置かれていた。

 

それは家畜や人々の糞尿である。

ハーフエルフの国では、これを魔法で加熱処理をして、畑の土に混ぜ込むそうだ。

 

「……これを撒くだなんて、信じられないですわ」


妹の絶句に私も同意するように頷いた。

 

アルマ王国では、鍋に砕け散った水晶と水を混ぜ、錬金術師が魔力を込めて煮込んでいた。

それを畑に撒くと、育ちがよくなるのだが、荒れた土地には効果がなかったりする。

 

より効果を求める場合は、魔石を砕き水晶の代わりにするのだが、B級以上の錬金術師がやらないと水晶と変わらないと言われていた。


アルフィは鼻をつまみながら、2つの国の違いを考えていた。

 

「どちらも過程が違うのに、なぜ結果が同じ方向性を示すのかしら?」

  

アルフィは、道化師に認められたその思考力で様々な仮説を立てていく。

 

——あなたの考え方は、実にロンリテキですね

 

黒髪の道化師は、アルフィを不思議な言葉で評価した。

 

(とりあえず、やってみるしかないわね……)


そして、また数日が過ぎる。

最初は悪臭に耐えながらの実験だったが、次第に慣れてくると気にならなくなるのだから不思議だ。

 

(慣れって怖いわね……)

 

そんな事を思いながら作業を進めるアルフィ。

 

そんな時だ。

ルリアが大きな声を上げて、部屋に入ってきた。

 

「お姉様、ハーフエルフに魔力を込めてもらいましたわ!」

「はい?」

 

妹はたまに突拍子もない行動に出る。

アルフィの理解の範疇を超えているのだ。

 

「これを砕いて、その物体Xに入れてみましょう」

 

糞とは言いたくなかったようだが、問題はそこではない。

 

「なぜですの?」

 

そう疑問を口にすると、彼女は自信満々に答えた。

 

「2つの国のやり方を混ぜるのですわ!」

 

どこから来る自信なのか理解できないまま、彼女が持ってきた魔石を受け取る。

確かにこの悪臭を放つ物体Xを観察実験してみても、あまり進捗はなかった。

 

そもそもアルマ王国のやり方でさえ、なぜ作物に影響を与えるかわからないのだ。

 

「そうですわね」

 

アルフィは意を決すると、妹の提案に従うのであった。


数日後、そこには魔力の込められた新物体Xがあった。

 

「あとは実験ですね」

 

そう呟くと、妹を連れて研究所を飛び出した。



旧貴族街の城壁を抜けると、国民街が広がっている。

そして、更にその先の城壁を越えた先には、広大な耕作地が広がっていた。


そこには沢山の人々が汗を流して働いていた。

この耕作地は、王族が管理する国営農場である。

今は収穫の時期の為、暑い日差しが降り注ぐ中、皆が額に玉のような汗をかきながら作業をしている。


そんなハーフエルフ達の中で一際目立つ者がいた。

筋肉隆々の男が農具片手に大声を上げる。

 

彼はこの耕作地を任されているラウルという名の男爵だ。

都市国家であるハーフエルフの国の貴族は、領地を持つ事はない。

 

ラウルが声を荒げる度に、周りの人間がビクッと肩を竦ませる。

その様子を遠くで眺めていたアルフィは思った。

 

(声をかけずらい雰囲気だわ……)

「お姉様?どうしましたの?」

 

そんな姉の考えなど知る由もなく、妹のルリアが首を傾げた。

妹は物怖じしない性格なのだ。


「あなたはあれを見て、気まずいとは思わないのかしら?」

 

姉の指差す先を見たルリアはキョトンとする。

どうやら理解出来ていないようだ。


「実験を依頼するだけですわ?」

 

新物体Xなどが入った袋を担ぎ直し、ルリアはそう言うとラウルの元へと歩き出した。

後をついていくアルフィ。

 

(こういう時は頼もしいわね……)

 

故郷を飛び出し、ハーフエルフの国に辿り着けたのも、ルリアの行動力のおかげだった。

二人はお互いに足りないものを姉妹で補っていたのである。


「そこの貴方」

 

突然声をかけられ驚いた様子のラウルだったが、相手が人族だとわかるとすぐに姿勢を正した。


ここは国民街、貴族か代々国に忠誠を誓ったハーフエルフしかいないのだ。

つまりハーフエルフ以外の種族がいるとすれば、それは最低でも宮中伯に認められた人物という事になる。


ラウルは失礼の無いよう頭を下げた。



 

 

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