第31話 サルラードシティ

「あれがサルラードシティか……。ここから見た感じだと、ネイガルシティとあんまり変わらないな」


 前方にある該当の都市を視界に収め、ロアは第一印象として月並みの感想を抱いた。

 人の居住地と思われる建物が乱立し、ある地点から壁が聳え内と外が隔てられている。その奥には複数の高層建築物が突き出している。よく見た光景と大きな違いはない。


「でも、外にある建物の大きさが違うか?」


 ネイガルシティでは都市の外縁部付近に大きな建物はなかった。外側に行くほど貧相な住居が広がり、そこには貧民区が広がっていた。もちろん流通の要となっている通りは違うが、それ以外は都市の吹き溜まりとも呼べる場所だった。しかし、前方の都市は違うように思えた。壁の外縁部の区画には、敷地をぐるりと壁が覆う建物がいくつか存在している。ネイガルシティでは覚えのない光景だった。

 それを不思議に思いつつも、ロアは都市の方へ近づいて行く。近づくにつれて外観ははっきりとなっていく。都市の外縁部なのに、やはりしっかりとした作りの建物が多いと感じる。

 ロアが都市の端にたどり着くとき、複数の車両が近くを通った。通り過ぎて行ったその車両群は、壁で区切られた敷地内の一つに吸い込まれるようにして入っていった。

 それを見送ったロアは、改めて都市の姿を見収め、足を踏み入れるのだった。




 サルラードシティ。その壁外区に入ったロアは、繋がるようになった情報端末を使って宿の場所を調べた。立地や質の良い宿は無理だが、値段が安すぎても不便でしかないので、ほどほどの所を選んだ。ネイガルシティで借りていた宿と同程度の質であるが、少しだけ割高な宿の一室を借りて、ロアは早速風呂に入った。

 数日振りの水浴びを堪能したロアは、清潔な部屋着を身にまとい、濡れた髪を乾燥機で乾かした。


「あ〜、なんかこれすっごい気持ちいい……」


 備え付けられた乾燥機を手に持って、頭部や全身に風を当てるロアは、未知の感覚に気持ち良さげに声を漏らした。あらかた体表の水分を飛ばしたロアは、満足するとベッドの上に背中から寝転がった。


「少し高めに感じたけど、部屋にある魔道具の性能は前のとこよりずっといいな」


 以前宿泊していた宿でも十分に贅沢な部屋だったが、ここはそれ以上に快適だった。


『あるのは魔道具ではなく電気機器ですけどね』

『それってなんか違うのか?』

『電気機器は魔力ではなく電気で動いています。魔力は電気に変換できますが逆は基本的に不可能です。魔力は電気エネルギーよりも上位に位置する力だからです』


 ペロ説明で二つの違いを理解したロアは、自分の持つ情報端末について思い出した。


『なら俺が持ってる端末も、魔力を込めてるけど魔道具じゃないってことか?』


 ロアが持っている情報端末は、吸畜器に魔力を貯め、それを術式で電力に変換している。使っているのは魔力であるが、電気で動いている。その違いがロアにはうまく理解できなかった。


『いえ、それはどちらとも呼ぶことができます。ですから魔道具と呼んでも間違いではありません。私の時代ではそのようなものを、総じて折衷事物と呼びました』


 旧時代における魔道具とは、魔力を動力源として動く道具か、魔術的な機構が組み込まれているものを指していた。そういう意味では、ロアが使っている情報端末も広義の意味で魔道具と呼ぶことができる。しかし、魔術的な機構を組み込まず、魔力を介在させずとも道具として機能する。そのような物は、一概的に魔道具と呼ぶことはない。魔道具と電気機器、双方の長所を有するものとして、また別の呼称が使われる。


『へー、魔力や魔術が使われる道具って言っても、そういう呼び方もするんだな』


 手の中で情報端末を弄びながら、ロアは感心するように呟いた。

 ベッドに転がったまま、電源を入れて端末を起動する。画面がひび割れ表示される文字列が見にくくなっているが、使用に際した問題は特にない。お金が貯まれば修理に出すか新しいのを買おうと思っているが、当分はこれを使い続けるしかないので不具合がないことに感謝した。

 何を調べるか考えたロアは、少し迷って自分の探索者ページを開いた。ネイガルシティを出立する直前、オルディンのグループと争い大量の人間を殺した。自分は被害者であるとしても、加害者であると言えなくもない。それが原因で探索者としての資格が抹消されているかもしれない。そうでなくても何らかの犯罪歴が記載されているかもしれない。それを心配して、ロアは探索者協会にある自分の情報を確認した。


「……何も書かれてないな」


 文字を覚え始めたロアは、自分の専用ページに何も記載がないことを確認して、ほっと胸をなでおろした。大丈夫だと思いつつも心配ではあった。懸念事項が消えて、憂慮が一つ減る思いだった。

 次にロアは、端末を操作して一つの画面を開いた。そこには自分の知る名前が二つ載っていた。

 自分の数少ない連絡相手であるロディンとサラ。彼らの名前を見て、ロアは少しだけ鼓動が早まるのを感じた。


「……やっぱ恨まれてるよな」


 リーダーを含め、彼らの仲間を複数殺したのだ。そう考えるのが当然だった。

 自分に銃口を向ける少女の姿を思い出す。当時の光景が頭によぎり、微かに表情を変化させたロアは、画面を操作するため小さく指を動かした。

 一度連絡を入れるべきか、それともこのまま連絡先を消去するか。画面上で迷うように指を滑らせたロアは、逡巡した結果、大きくを息を吐いてそのページを閉じた。

 それを決めるのは自分ではない。やりたいようにやってオルディンたちを殺したのだ。ならばその責めから逃げるべきではない。後悔はないが、それとこれとは話が別である。

 後ろめたさを理由に、繋がりを断ちたくはない。それをするのは相手の方からだ。二人が自分との関係解消を望むなら、甘んじてそれを受け入れるつもりだ。罵声や恨み言をぶつけたいなら、黙ってそれを聞き入れるつもりだ。とにかく、自分から何かをするのは違うと思った。だから二人との関係は一旦保留とした。

 ロアは気持ちを切り替えて、サルラードシティの商店の場所や、探索者協会支部の場所を調べることにした。




 翌日ロアは、都市の中心街の一角に来ていた。


『ウェルクレイ……ここだな』


 店舗の入り口に飾られた看板に、デカデカと書かれてる文字。それを目にして、ロアはここが目的の場所だと判断する。物怖じすることなく中へと入っていく。

 今回のロアの目的は新しいリュックの購入だ。魔神種の攻撃を受けて形状を変えてしまったリュックを買い換えるつもりで来た。本当は傷んだ衣服や靴などの買い替えも行いたかったが、残念ながらそこまで手持ちに余裕があるわけではない。今回は荷物持ち運び用のリュックを優先的に買うことにした。


『早急に再生剤の追加補充も行いたいんですけどね』

『……それはそうだけど、あれは高いから無理だ』


 再生剤を手に入れてから、ロアは怪我の回復を目的とした薬品についても調べていた。そして調べた結果わかったのは、ロアが使用していた再生剤は、予想通り薬品の中でもかなり高価な部類に入っているということだった。同等の物をまともに買おうと思ったら、最低数百万ローグは必要とされるほどである。現状の手持ちではとても届く金額ではない。

 ならばということで、一つ下の治療薬についても調べてみたが、こちらも決して安くはなかった。即効性のない低性能の治療薬ですら10万を下回ることはなく、それなりの回復力を期待するとなれば、100万近い価格がするのが当たり前だった。7桁に及ぶ数字の羅列を見て、結局ロアは薬品の購入を諦めた。とてもではないが、今すぐ買える物ではなかった。


『またどっかで拾えたらいいんだけどな……』

『そんなにうまくいけば苦労はありませんけどね。まさしく瓦礫の下の金庫です』


 ペロの変な言い回しに、ロアは苦笑した。初めて遺跡で未開封の金庫を見つけた時から、味を占めてちょくちょくそれを意識して探索していた。しかし初回以来、お宝を発見することは叶わなかった。他の探索者が既に探索済みであるのだから、当然と言えば当然のことであるが、文字通りビギナーズラックとも言うべき一度限りの幸運であった。

 拠点を変えたのだし、また新たな発見があるかもしれない。そう前向きに考えて買い物を済ませた。




 新たなリュックを買ったロアは、早速それを背中に背負うと、情報端末の地図情報に従ってサルラードシティの探索者協会を目指した。二日分の宿代とリュックの購入費で、登録証の口座残高は一万ローグを切った。今日か明日にでも遺跡に行くか、モンスターでも狩りに行かなければ、所有物を売却しない限り路上生活に戻ることになる。食う物に困りはしないため死ぬことはないが、文明的な生活を知った今のロアにとって、それは受け入れがたいものである。持ち物を売るのも嫌なので、なんとしてでも探索者稼業によってお金を作る必要があった。

 そういうわけで、取り敢えず探索者協会に行くことにした。付近の遺跡の情報は端末から得ることも可能であるが、それ以外にも聞きたいことはある。収集物の買取を行う場所としても、一度目にしておきたかった。

 比較的人の通りが多い道を歩く。横を大小様々な乗り物が通り過ぎるのを眺めて、ロアは壁近くにある協会支部にたどり着いた。

 サルラード支部の外観はネイガル支部とさして変わらない。ただ見た目から受ける圧力や大きさ、そしてそこを行き交う探索者の実力は、ネイガルシティとは全く違って感じられた。初めてネイガルシティで協会支部を訪れたときも、独特の雰囲気に内心では圧倒されることになったが、今回はそのときと質が異なる。探索者として中級の壁を間近に控え、それなりに多くのモンスターや人間と対峙してきたからこそ、それぞれの違いをより肌身で感じた。

 それでもこの感覚を抱くのは二度目である。少し息を詰めたが、臆することはなく、中へと足を踏み入れた。

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