第18話 確執
「ふーん……それでお前が来たのか。よく場所がわかったな」
「そんなものは当たりをつけて調べればすぐ判る。馬鹿にしてるのか?」
後味の悪さが残る救援活動から数日。そろそろまた休みを挟むか考えていたロアの所へ、朝早くから来客の知らせが届いた。宿に泊まってから初めてとなる来客という存在に、ロアはどう対応したものかと困った。そもそも知り合いの少ない自分に、誰が何の用で訪ねてきたのか疑問を抱いた。
それでも取り敢えず会ってみることを決めたロアは、自分の部屋へその来客を招いた。そして部屋の扉の先で待つ相手の姿を確認すると、軽く驚くと同時に納得もした。来客の正体はカラナだった。
彼女の訪問にロアは疑問に思った。普段からレイアの護衛を豪語しているのに、現在彼女は一人である。武器らしき物も所持していないようだった。そのことに多少の困惑が無いではなかったが、あまり部屋の外で待たせるのも悪いので、ロアは彼女を室内に招くことにした。
部屋に案内されたカラナは、遠慮なくズケズケとそこへ踏み込むと、無遠慮に内装を見回して「飾り気のない部屋だな」などと厳しい評価を口にした。別にロアとしても借りてるだけの部屋であるし、どう言われようと全く構わないのだが、用件も言わずにそんなことを言うカラナには不満を覚えた。それを察したのか、あるいは全く無関係にそうする気になったのか、カラナは唐突に自分がここへと足を運んだ理由を語った。
それによると、どうやら彼女は代理人としてロアの元まで来たようであった。ロアが先日助けた五人組の探索者チーム。彼らは結局救援報酬を払うことに決めたらしい。もっと正確に言うならば四人からであるが、ロアはそれを聞いて素直に意外な気持ちになった。ロディンという人物が何らかの返礼をするのはロアも期待せずに待ってはいたが、他の人物もそうするとは意外だった。
彼らにはロアとの交渉で、相手に不快感を与えたという自覚があった。そのためロアの知り合いという人間に、自分たちの代わりに報酬を渡してもらおうと考えた。その彼らの代理人として選ばれたのがカラナだった。
「素直に感心したんだよ。それで、その報酬ってなんだ?」
「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らして、カラナはそばの机にそれを投げ出すように置いた。軽い音を立てて置かれたそれを、ロアは首を傾げながら手に取った。
「なんだこれ? 中に何が……」
置かれた紙の包みを開けて中に入っているものを覗いたロアは、その中身を確認して絶句した。数秒間驚きで言葉が出なかったロアは、なんとか気を取り直すと疑問を絞り出した。
「……なんだよこれ?」
「見てわからんのか? どう見ても金だろう。それとも別の物が入っていたか?」
「そう言うことじゃねえよ……」
自分の内心の衝撃が伝わっていないことに、ロアは不満を吐いた。その反応を確認して、カラナは小さな声で呟く。
「どうやらその額を見慣れている、というわけではなさそうだな……」
聞き取れた内容にロアは小さく首を傾げる。こんな大金を自分が見慣れていることなどあるわけがない。そんなことは、他ならぬカラナならよく知っている筈なのにと。ただそれほど気にする内容でもないためそれは聞き流した。それより目の前にある事実の方が重要であった。
「俺が言いたいのは、この金が何なのかってことだよ。救援の報酬って話だったのに、どう考えても多すぎだろこれ」
渡された紙包み。その中には紙幣が束となって入っていた。紙の一万ローグ紙幣はすでに見慣れたと言ってもよかったが、それが大量に纏められた束となると話は別である。これだけの金額を生で見るのは初めての経験だった。
「そこには救援に加えて治療薬の分も入ってるようだ。だからその額なんだろう」
ロアの疑問にカラナは聞いていた話を答える。その話を聞きロアも納得した。確かにあの高い再生剤の使用分も含まれているのなら、この額は妥当と言えるかもしれない。
「そうか……ところでこれっていくらあるんだ?」
「100万だそうだ。四人で持ち寄って捻出したそうだ。半分以上はリーダーであるロディンの持ち出しらしいがな」
「そうなのか」
実際の額を聞いても、ロアにはもうそれほどの驚きはない。紙幣の厚みから、それくらいはあるだろうなと予想していた。それよりも負傷した人物がリーダーであると聞いて、それは初耳だと少しだけ意外に思った。
「それじゃ、これは遠慮なく受け取っておくよ。あいつらにも……あー、なんかそれっぽいこと言っといてくれ。それとカラナもわざわざありがとう。手間賃とかいるか?」
「いらん」
この件に直接の関係はないのに、ここまで報酬を届けに来てくれた彼女へ礼をしようとする。しかしその申し出はにべもなく断れてしまう。無理に受け取らせることはないかと考えるロアへ、カラナは「その代わりに」と続けた。
「お前に聞きたいことがある。いくつか質問させろ」
質問する立場なのに、居丈高な態度で命令口調のカラナに、ロアは相変わらずだなと仕方なく了承する。
「……まあいいけど。それで何を聞きたいんだ? 言っとくけど、俺が答えられる質問だけな」
「ああ。お前が答えられる質問だ。ロディンに使った治療薬。あれをお前はどうやって手に入れた?」
質問の内容に思わず閉口する。いきなり答えにくい質問がきたと思った。
どう答えるかべきかロアが迷っていると、それに構わず彼女は言葉を続けた。
「ロディンもあいつの仲間も言っていた。お前が使ったのはかなり高い効果の治療薬だったとな。買えば最低でも100万はくだらないという代物だ。そのせいか、あいつらはお前がかなり上位の探索者だと勘違いしていた。私もしつこくお前について聞かれたよ。そんな筈はないのにな」
「……」
「お前が使っていた武器もそうだ。お前は魔導装備を持っているそうだな。そしてそれを使いもした。魔力がない筈のお前がだ。先日お前が言っていた言葉。あれは事実だったというわけだ。……なあ、いったいどんなカラクリがある? 魔力、治療薬、魔導装備。どれか一つなら偶然か何かだと私も思った。お前に何か幸運が訪れたのだと。だが、これら全てが重なるとなると話は違ってくる。根本になにかがあるのを感じずにはいられない」
核心を突いた鋭い洞察に、ロアは内心の動揺が漏れないよう普段の態度を意識した。
こういう事があるのを全く予期していなかったわけではない。以前の自分を知る者ならば、自分の急激な変化に気づいてもおかしくはないはない筈だ。そしてその変化に真っ先に気づくのは、親しい位置にいたレイアやカラナであろうと思っていた。だからその時が来ても一応の心構えは済ませていたのだが、予想以上に心の乱れは激しかった。
ロアの緊張を知ってか知らずか、カラナは自らの見解を述べる。
「一月以上前にあった時、私が見た限りお前はまだ普通だった。いや、普通だと思っていた。だが改めて思い返せば、その時既にお前は変わっていたように思える。モンスターを倒して自信をつけただけかと思ったが、それにしても前向きに過ぎた。それはあの時以来のお前だと思った。魔力に目覚めた。それは嘘ではない。状況証拠からもそれは明らかだ。だが、それならどうやって目覚めた? 魔力のないお前が突然そうなるなど信じられん。お前に一体なにがあった?」
その言葉と同時に、カラナは鋭い視線で見据えてくる。鼓動を早める自分の心臓の音を聞きながら、ロアはその視線を正面から受け止めた。目を逸らせば、それは何かを認めることになるかもしれないと思った。
そのままの姿勢で二人は数十秒の間睨み合う。どう答えるか、あるいは答えないべきか。ロアが胸中でそんな逡巡をしていると、カラナが一度視線を切って言葉を変えた。
「……質問を変えよう。お前はなぜ未だに探索者など続けている?」
「は? え? それってどういう……」
「──仲間を裏切り、友を見限り、ただ一人で逃げ去った。そんなお前が、どうして今でもまだそれを続けていると、そう聞いたんだ」
強い感情の込もった視線が、再びロアを捉える。
その視線と質問が意味する内容に、ロアは気まずさから今度こそ顔を背けた。
「…………お前には関係ないだろ」
迷いながらもなんとか拒絶の言葉を吐き出した。その答えをカラナは嘲笑う。
「ふっ、関係ないときたか。確かにそうだ。お前と私はもとより他人だ。それはレイアもあいつらにしても同じだろう。だからそんな奴らと過ごした時間の長さなどは関係ない。育んだ関係も、積み重ねた信頼なんかも存在しない。仲間を置いて平気で逃げた貴様は、そう言うのだろう?」
ロアは逸らした顔で横目にカラナの顔を見やった。その表情は笑ってこそいたが、そこには確かな怒りと、そして失望が混在していた。それが意味することに、思わず顔を歪めた。
罪悪感から目を合わせられないロアに、床に目を落としたカラナが小さな声で何事かを呟いた。
「……何故今なんだ。どうして今更になって……」
小さく震える声音の呟きに、何を言ったのかを気になり、気まずさも忘れてそちらへ振り返った。
ロアが振り返るのと同時に、カラナは勢いよく顔を上げた。その目元には僅かの滴を湛えていた。
「関係ないと言うなら……だったらなんで今でもあいつと関わる。拒絶すればいいだろ。お前は他人だ。だから俺と関わるなって、そう言えばいいだろ。なのに……どうしてお前はあいつの前に現れる……! そんな力を見せつけるんだ! レイアを置き去りにしたお前が!!」
段々と熱がこもっていくような叫びの声に、ロアは呆然としてなにも言えなかった。どう反応していいかも分からなかった。
何かを口に出す前に、カラナはさらに自身の内心の思いを吐き出すように語った。
「レイアは、あいつはずっと私たちのために気を張って、苦しんで、それでもいつも私たちの前で笑っていて、心配かけないように気遣って……。なのにお前は何だ! 私たちの前からは逃げ出して! あいつの側にもいてやらない! そんなお前がどうして今もあいつと関わる! 今更夢を見させるような事をする!」
その激情に、嘆きの声に、ロアはひたすら飲み込まれた。
「──まだあいつを苦しめたいのか!」
その一言を吐き出し切って、カラナは小さく肩で息をした。息を乱した彼女に何を言うべきか、言わないべきか。思考も言葉もまとまらなかった。
頭の中で考えを空回りさせ続けるロアに、呼吸を落ち着かせたカラナが冷めた視線で告げる。
「オルディンがお前に会いたがっている。建前上はメンバーの命を救ってくれたからという話だったが、狙いはおそらくお前の力だ。ロディンたちを助ける際に随分と暴れたそうだな。それが奴の気を引いた。オルディンはお前と直接会って、それを見極めるつもりなんだろう」
唐突に告げられた内容に、ロアは空回りさせていた思考を止める。再び正常に動き出した頭で、弾き出された問いを反射的に述べた。
「……なんでそれを俺に教える?」
教えることで生じるグループとしての不利益と、自身に対するカラナからの印象。二つの意味で教えるべきでない情報だと思ったロアは、率直にそう聞いた。
その問いに、彼女は憮然とした様子で答える。
「私にとってもロディンたちは仲間だ。仲間を助けてもらったのに、騙し討ちを仕掛けるような真似は性に合わん。それに今のは私の推測に過ぎない。話したとて何の問題もない。だから勘違いするなよ。お前への心配はこれっぽっちも存在しない。されても不愉快なだけだ」
「……そうか。……ありがとう」
嫌う相手からの感謝の言葉に、露骨に舌打ちをしたカラナは、ここに来た用はもう済んだと部屋の入り口へ向かう。見送るつもりで付いてきたロアに、不快げに表情を歪ませて、ドアノブに手をかけた。
「……忌々しいことだが、あいつを開放してやれるのは、良くも悪くも外側にいるお前だけだ。だから……っ……チッ!」
睨みつけながらそんな置き台詞を残した彼女は、叩きつけるようにドアを閉めて部屋から立ち去った。
それを唖然と呆然が混ざった気分でロアは見送った。
『──結局ロアって、あの二人とどういう関係なんですか?』
カラナがこの場から立ち去り、また静けさを取り戻した室内で、これまで黙っていたペロが質問をぶつけた。
『どうもこうも……昔一緒にいた仲ってだけだよ』
『それなのにあんなに嫌われるんですか? ですがレイアは違いましたよね。二人のロアに対する印象はどうしてこうも正反対なんですかね』
それはロアにも不思議だった。カラナに嫌われるだけの理由はある。他でもない自分が仕出かした事が原因だ。その自覚がない筈はない。しかしレイアの方は分からない。彼女にも嫌われるだけの理由はある筈なのだ。それはカラナが自分を嫌うのと同じものだ。なのにレイアは変わらずロアに友好的なままでいる。二人の感情の違いはなんなのか。先ほどカラナが叫んだ言葉の中に、その答えがあるような気がした。
頭のいい相棒なら何か思いつくかと考え、そうでなくても誰かに聞いてもらいたい気分だったので、ロアは二人との関係について聞かせることにした。
『別に大した話でもないけど──』
ロアの生まれはネイガルシティではない。正確に言うならばどこが生まれかは不明だった。明確にそうだという根拠は皆無であったため、ネイガルシティを生まれとは言えなかった。それだけの話である。
そんなロアは物心つく頃には既に一人であり、両親の顔も名前も思い出せなかった。自分に名付けられた名前。それだけが、自身の存在を規定するものだった。
境域に存在する各都市で、ロアのような子供は珍しくはない。都市の外を当たり前にモンスターが闊歩する世界だ。それを倒すために、そして成り上がるために、人々は探索者となり武器を片手に日々怪物退治に勤しんでいる。
そしてそうなれば、当然死ぬ者は現れる。探索者となる人間が多いほどに、その数は積み上がる。そんな人とモンスターの殺し殺されの関係により、探索者の子供として生まれた者たちは孤児となる。
親が死に孤児となった子供の中には、その遺産を継いで生活に不自由しない者もいる。ただそれは極一部の者だけで、多くはろくな遺産も残せず、また残しても十分とは言えない額を残して死んでいく。管理体制の不備による放置や、受け取り申請がされずに相続人に遺産が渡らないという事もままある。そうして探索者である親を亡くし孤児になる者や、普通に生活苦などから捨てられた者たちなどが、この境域には掃いて捨てるほど存在している。
そんな孤児たちであるが、生きるのに関してはそれほど絶望的というわけではない。境域指定都市連合に属する都市は、連合の方針として食料の無料配給を義務付けられているからだ。これには主に人道的見地からという理由があるが、本命の理由は別にある。
指定都市連合の実質的な上位組織、境域の支配者である六大統轄は、常にどこも強力な探索者を求めている。遺跡に挑み、モンスターを打ち倒し、遺物を持ち帰る。それを高いレベルでこなせる探索者を生み出そうと、手に入れようと躍起になっている。強力な探索者の数と貴重な遺物の数が、組織としての力と地位を決定付ける。そのため将来的な投資の意味も込めて、探索者を増やすための政策に余念がない。食料の無料配給はその一環である。
境域の一都市に生まれた一人として、ロアも孤児として普通に生きてきた。都市の壁外にはある暗黙の了解が存在する。それは子供にはなるべく手を出さないというものだ。上記の理由のように、都市もその支配者も強い探索者を求めている。だから探索者として成長する前に死なれては困る。
もちろんそれはあらゆる行為を許容するものではない。盗みや傷害を働く者には、子供であっても当たり前に報復が認められている。せいぜい死なない程度に強く成長してくれればいい。仮に死んでも淘汰の流れであると気にしない。誰にとってもその程度の認識でしかなく、同時にこの不文律こそが孤児の命を守っていた。
孤児には主に二つの生き方がある。そのまま孤児として暮らすか、グループの下働きとして所属するか、どちらかである。
孤児として暮らすのはそのままの意味だ。都市の食料配給で腹を満たし、暗黙の了解の一つとして寝床を得る。ただ生きていくだけなら、病気にでもならなければ問題のない生き方である。
グループの下働きというのは、既存の集団に所属して生きていくということだ。グループには所属する子供の数に応じて都市から支援が入る。それは微々たるものだが、所属した子供が成長して探索者になれば、それはそのまま組織としての力となる。将来的な構成員の確保としても、グループ側には十分なメリットが見込める。実質無料で手に入る雑用係と考えても意味は大きい。
ただ、子供を酷使させ多くを死なせれば、そのグループは強制的に排除されることになる。ある日唐突に、グループの主要な構成員が皆殺しにされるという事件が起きるのも、境域では珍しくない出来事だった。
主要な二つの生き方のうち、ロアは前者の生き方を選んだ。孤児として都市からの恩恵を享受し、グループや同じ孤児の縄張りなどを意識しながら恙無く生きてきた。
そんな時に、レイアとカラナの二人と出会った。同じ生き方を選んだもの同士、また特に集団に属さなかったもの同士、互いに気が合った。子供ながら世間を知らないからと言うべきか、その頃のロアは今よりずっとやんちゃであった。同年代の子供と喧嘩をする事や、大人たちから盗みを働くなど、勝ち気で度胸もあった。流石に盗みを働いた時は殴られて反省したが、そんな生き方により、ロアは自然と二人を引っ張る存在になっていた。
それからしばらく三人で行動を共にしていたロアたちであるが、途中から仲間と呼べる人間が増え始めた。自分たちと同じような境遇の孤児たちを集めて、擬似的なグループを作ったのだ。グループとしては規模が小さく数も十に満たない程度であったが、彼らは確かに仲間意識を持っていた。将来は探索者になり成り上がろうと、お互いに誓い合った。
そうしてロアたちが独立した集団として生きていく中で、擬似グループの中である事実が判明した。それは、リーダーであるロアにほとんど魔力が無いというものだった。
世の中には魔力と呼ばれる力でしか動かせない、魔道具という物が存在した。魔道具は魔術を発動するための媒体となる物であり、一流の探索者は魔力を用いて魔術や魔導装備を自在に操り、強力なモンスターを倒すとされていた。そのため魔力とは、探索者になるに至り必須とも言える能力だった。
誰でも受けられる簡易的な検査でそれが判明したロアは、その事実に衝撃を受け落胆した。しかし持ち前の性格とある情報により、すぐに気を持ち直した。実際の探索者はそれほど魔力を使う機会は多くなく、使わなくても普通にモンスターを倒せると知ったのだ。魔力を使わない武器、銃や魔術符を使えば自分でも探索者としてやっていける、その時のロアはそう信じて疑わなかった。
やがて歳が二桁を超えて、もう幼いだけの子供とは呼べない年齢に差し掛かった頃、ロアたちはある決断をした。探索者になったのである。この歳になるまでにせっせと貯めた金で、最低限の装備を整えそのための資格を手に入れた。
実はこの頃既に、リーダーとしてロアの求心力は落ちていた。金を稼ぐ手段の一つに、魔道具への魔力の注入作業というものがある。魔道具は魔力でしか動かせない。しかし魔力は物理的に生み出すのは困難である。一部のモンスターの遺骸や、体内から取れる拡錬石からも魔力は取り出せるが、拡錬石は装備の強化にも使われる。そのため魔道具を動かすための魔力は、境域では当たり前に売買されていた。
ただ誰でも持つ魔力はそれほど高くは売れない。個人が持つ魔力もそれほど多くはないため、それだけで生きていくことは実質不可能だ。だが食料や飲み水を無料で手に入れられる孤児にとってはいい稼ぎとなる。実際それで金銭を得る子供は多かった。そしてそれはロアたちにとっても例外ではなく、それが集団の主な収入源になっていた。これにより探索者としての装備を揃えることができた。しかし、それにロアだけは全く貢献できなかった。一応できる範囲で貢献はしたがそれだけであり、リーダーとしての力も立場も自然と失っていった。
それでも、モンスターを倒せば現状は変わると思った。そう思っていた。
装備を整え揚々と遺跡に乗り込んだ彼らを待っていたのは、人を殺す怪物、モンスターだった。彼らのうちの一人はあっという間に殺された。まともに武器を構える余裕も、覚悟を済ませる時間も、言葉が通じぬ怪物には与えてもらえなかった。
よく知った人物が目の前で死体に変わる。それを間近で目撃したロアは、恐怖という感情から生存本能を刺激され、ほとんど反射的にその場から逃げ出した。仲間の叫びや悲鳴が背後に聞こえるのにも耳を塞いで、一心不乱に背中を向けた。
ロアが無我夢中で走り、やがて疲労から足を止めると、そこはとっくに遺跡を抜け出した後だった。それをロアは他の探索者がいるのを見て気づいた。その後呆然とした気分で、一人都市へと帰還した。
『──その後は、俺は一人で探索者を続けて、レイアとカラナの二人はグループに入った。話はこれで終わりだ』
『後半は随分と省きましたね。まあいいですけど。それじゃあロアが裏切ったという仲間たちは、レイアとカラナ以外全員死んだって事ですか? 薄情な人間ですねあなたは』
相棒から悪しざまな言い方をされても、全くの事実であったため言い返せなかった。
自己嫌悪から気分を落としたロアは、自分の知っている内容を捕捉するように伝えた。
『……いや、死んだのはダナックだけだ。後のメンツは生きてるらしい。俺は会ってないけど、レイアがそう言ってた』
『へー、ということは案外全員逃げ出したのかもしれませんね。あなただけを悪く言ったみたいですみませんでした』
『…………あいつらはモンスターを倒して生還したらしい。だから逃げたわけじゃないと思う』
一瞬黙っていようかと思ったが、かつて仲間だった者たちの名誉のため、自分の知る真実を口にした。
『なら逃げたのはロアだけですか。カラナが怒るのも無理ないですね。人が怒るのには正当な理由があると知れて良かったです』
何が良いのか。少なくともロアにとっては良くないことだった。
『まっ……俺はこういう人間だってことだ。……幻滅したか?』
自分の過去を語ったロアは、ただ一人の相棒に向かって自虐を込めてそう聞いた。
『今更幻滅なんてしませんよ。もともとロアってそういう人間じゃないですか』
『……』
予想の斜め下の言葉が返ってきたせいで、ロアは言葉に詰まった。
『そこは補いますから。相棒ってそういうものでしょう。だから魔力がなくても気にしませんよ』
『……俺が言いたいのはそういうことじゃないんだが』
理解していない相棒の反応に思わず嘆息する。惚けているのかとも思ったが、雰囲気からなんとなく本気だということは伝わってきた。仕方がないので、改めて言葉を変えて聞き直す。
『俺は仲間を置いて逃げる最低な人間で、お前はそんな俺に幻滅しないのかって。そう聞いたんだ』
『ロアが薄情で最低でも幻滅しませんよ。どうしてそう思うんですか?』
『なんでって……だって俺は、仲間を置いて逃げたんだぞ?』
『逃げるのは普通のことでは?』
『いや、そういうことじゃなくて』
『そういうことですよ』
言葉を遮りペロは言う。
『当時の状況は知りませんが、ろくな力も武器も知識も経験も足りない子供がモンスターと対峙して、そんなんで生き残れる筈がないでしょう。いえ、実際には生き残ったんでしたっけ。それはともかく、仲間が死んだのはその者の運が悪かったからです。死なせたのは全員の責任です。そしてロアが逃げたのは仲間が死んだからです。つまり死んだ本人と死なせた全員に原因があります。それでロアが逃げるのは普通のことです』
『でも俺だけ先に逃げて……』
『それは褒められたことではありません。しかしその時のロアはもうリーダーではなかったのでしょう? なら仕方ありません。まともに訓練も受けていないのですから、仲間が死んで平静でいられないのは当然です。即座に逃亡を選べただけでも大したものです。仲間の敵討ちを果たした者たちに比べれば情けないと言わざるを得ませんが、それほど気に病むことでもないでしょう』
ペロの言葉に、ロアは何を言い返すこともできなかった。
ペロは相棒である。ロアにとって唯一絶対の味方だ。
だからこの意見は偏向なのかもしれない。自分にとって都合のいい擁護なのかもしれない。本当はカラナのように、怒りや失望を抱くのが正しいのかもしれない。
相変わらず後悔はある。自己への嫌悪も失意もある。それは変わらない。変わっていない。
それでも……少しだけ、ほんの少しだけでも、それを聞けて救われた気がした。
「……ありがとう」
その感謝を、言わずにはいられなかった。
『どういたしまして?』
自分の感謝が伝わっているのかいないのか、そんな様子を見せる相棒に、ロアは曖昧に苦笑するのだった。
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