第17話 面倒な交渉

「いやいいよ。俺はこれだけ貰っていくから。後はお前らの好きにしてくれ」

「それは悪いって! 助けてもらった分も全然返せてないのに、ロディンの治療までしてもらって。いくらなんでも、それは借りが大きすぎるよ!」


 ペロから脅しの効いた忠告を聞いたロアは、それは頭の片隅に留めておくとして、今は倒したモンスターの解体を優先することにした。例のごとくペロから適切な指示を受け、価値の高い機械部品を避けつつ中枢装置や動力球の取り出しを行なっていた。その解体の最中に彼らは現れた。


 ロアが助けた探索者たちは、まず助けられた事に対しての礼を述べた。そして当然のごとくと言うべきか、救援に対する対価を支払うかどうかの話に移行した。

 初めロアは対価を受け取ることを辞退した。自分が勝手にやった事であるし、見た限り彼らに十分な対価を支払うだけの余裕がないと思ったためだ。モンスターとの戦闘で銃弾を使い果たし魔術符も使い切った。彼らのうちの一人は結構な怪我まで負っている。その治療費に更に謝礼を積み重ねたら、彼らが探索者として活動するのが困難になってしまうかもしれない。それが危惧された。


 助けた側が報酬の受け取りを拒否したことで、助けられた探索者たちもその話に乗ることに決めた。ロアは確かに彼らを助けたが、見方を変えれば、強力なモンスターを共同で討伐したと言えなくもない。敵の半分近くを一人で倒し、本体にトドメを刺したのもロアであるが、彼らが先に戦いモンスターを消耗させていたという事実もある。そのような理由から、謝礼には共同討伐したモンスターの、優先所有権の譲渡だけで充分だった。

 そんな認識が助けられた側にもあり、交渉はこれで流れるかに思われた。しかし、話はそれだけでは終わらなかった。負傷した一人の状態が急激に悪化したのだ。負傷者はモンスターの攻撃により内臓を痛めていたようで、急に血反吐を吐き出し始めた。それを見た他の四人が慌てだし、すぐに前線基地へ運ぼうとした。だが余計なことをしても状態が悪化するだけだと分かり、結局それは断念された。

 お通夜気分の四人に居心地の悪さを感じたロアは、仕方なくその負傷者に対して、先ほど手に入れた再生剤の使用を決めた。正直に言って、推定500万ローグもする薬を見ず知らずの相手に使うのは、ロアもかなり惜しいと感じていた。しかし、せっかく助けたのに死なれては意味がないと、異論を挟んだペロに構わず、再生剤を使用することを決断した。


 再生剤の使用に関して異論を唱えたペロであるが、内心では手に入れた薬の治験役が手に入って幸運だと思っていた。どれだけ効果が高く希少な薬であっても、あくまでそれは当時の人間用に調整された物である。この薬が現在を生きる人間にも同様の効果が得られるかは、ペロにとっても未知数だった。仮にロアが使って拒否反応が起きたとしても、自分の力ならば効果の抑制や体外への強制排出も可能である。命の危険を心配するには及ばない。

 ペロはそう考えていたが、しないで済むならそれに越したことはないとも思っていた。支援対象を実験台にするような行為は、己の存在意義として極力避けたかった。

 仮に再生剤を投与された人物が死んだとしても、ロアさえ無事ならペロにとっては無問題だ。わざわざロアの行為を止める理由は、人道的見地以外には存在しない。その反面、止めないで得られるメリットは大きい。これらの理由から、ペロは積極的に止めることはしなかった。


 この場の誰にとっても幸運な事に、再生剤は無事その効果を発揮した。再生剤の高い回復効果は、瀕死の人間を瞬く間に危機から脱却させた。負傷者だった人物は、見る見る間に血の気を取り戻した。

 最早そう呼べないほどに回復したと判断したロアは、自分のするべきことはもうないとして、ようやくこの場を離れようとした。その行動を五人のうちの一人が呼び止めた。

 助けられたと恩と仲間の命を救ってもらった恩。それをまとめて返すために、ロアが倒したモンスターの残骸を自分たちで運ぶと言い出したのだ。

 それに対して悪くない提案だとロアも少し思った。しかし一度はそれを辞退した自分である。いくら恩が上積みされたとしても、それを撤回して礼を受け取るのはどうかと考えた。だからその提案はまたも断った。

 実のところ、ロアとしてもそこまで頑なに謝礼を辞する気はなかった。戦う前に嘯いたように、貰えるものなら貰っておく気はあった。ただなんとなく、彼らから見返りは受け取りたくないと心変わりしていた。


 頑固に謝礼を固辞しても、しつこくそれを勧めてくる相手にロアがうんざりとしていると、彼女の仲間のうちの一人が見兼ねて口を挟んだ。


「なあサラ。そいつがいいって言ってんだからそれでいいじゃないか。なにも無理に恩を受け取らせることもないだろ。無理やりに押し付けたって逆に迷惑なだけだぞ」

「それは……そうだけど」


 ずっとロアに迫っていたサラと呼ばれた少女は、仲間からそう窘められて、ようやく諦めた雰囲気を出した。サラが口を閉ざしたことで、これ以上ロアに恩を返そうと主張する声は上がらなくなった。

 実は、ロアが謝礼を受け取りたくないと思っていた理由はこれだった。負傷者だった人物を除いた四人の中で、サラ以外に積極的に恩返しをしようとする意気が、ロアにはほとんど感じられなかった。それだけでなく、特に四人のうちの一人からは、視線や態度にそれを拒否したいという意思が如実に表れていた。それを見て取ったからこそ、ロアは借りを返される気になれなかった。

 ロアが態度に嫌なものを感じた人物と、サラに口出しした人物は同一だった。名をダーロというその青年は、ロアが見透かした通り、内心では助けを呼んでないのに救援に来た相手に対して、報酬を支払う義理は無いと考えていた。だが、それを口に出すことはしなかった。

 ダーロもロアの戦いぶりは目にしている。最初こそ見た目から格下と侮った相手であったが、戦闘後には自分よりもずっと上の実力者だと認識を改めていた。だから内心では不満を抱いても、相手の実力の高さからその感情を表に出しはしなかった。

 しかし、相手が報酬の受け取りを拒否すると言うなら話は別である。貴重な治療薬を使って仲間の命を助けてもらった恩人であっても、払わなくていいものを払いたくはない。モンスターの残骸を渡すだけなら、自分たちの持ち出しがないので許容範囲だと思っていたが、それも躊躇いたい行為ではあった。

 生産機能を有したモンスターは、その内部機構により協会やそれを研究する企業に高く買い取ってもらえる。それの価値は、モンスターの部位で特に高いとされる拡錬石や動力部よりも上だ。戦闘の影響によりボディは激しく損壊しているが、買い取ってもらうのに大した問題はない。これを持ち帰れれば、銃の弾薬費や使用した魔術符の補填をしても、十分な利益が見込める。ダーロはそう考えていた。

 相手が捨てると言うなら捨てさせればいい。見返りを求めないなら借りを返す必要もない。ダーロは一貫してそういうスタンスでおり、それがロアにはっきりと伝わっていた。


 白けた気分になったロアは、いよいよこの場にいる意義を感じなくなった。そして一言すら告げずにさっさとここから立ち去ろうとする。

 そんなロアの行動を、何者かが言葉で遮った。


「──ならせめて、名前だけでも教えてもらえないか?」

「ロディン……!」


 ロアが使用した再生剤により、あっという間に回復した青年ことロディン。彼はまだ万全とはいかない体をのろのろと起こし、立ち上がってから言葉を続けた。


「意識だけはあったから、話は把握している。礼を必要としないなら、せめて命の恩人であるあなたの名前を教えてくれないか?」

「……それを教える意味はなんだ?」


 警戒した素振りを見せるロアに、ロディンは変わらぬ態度で言う。


「名前と容姿を知っていれば、都市に戻った後でも、あなたを探して謝礼をすることができる。この場での受け取りが気に入らないと言うなら、せめて後でそうさせて欲しい。モンスターの換金をこちらで済ませて、直接報酬として渡すなら、差し障りはないだろう?」


 自分にとって都合のいい話ばかりを述べる目の前の青年に、ロアは警戒をより強くして聞き返した。


「……なんでそんな事を言う? そっちのメリットがないだろ」


 ロアの返しに、一瞬キョトンと目を丸くさせたロディンは、苦笑気味に相好を崩した。


「メリットも何も、それは順番が逆だろう。命を救ってもらった。だから恩を返したい。こっちはただそれだけの気持ちだ。メリットと言うなら、それはもう先払いしてもらった。だからこれは普通に感謝の気持ちだ」


 相手の雰囲気から、その言葉に打算や悪意がないと判断したロアは、警戒を解き体の力を抜いた。それを見て、外見には表さないよう取り繕っていたロディンも、若干空気を柔らげさせる。胸の内では、露骨に警戒感を見せるロアの対応にヒヤヒヤしていた。


「俺の名前はロアだ。そっちがそれで気が済むなら、勝手にそうしてくれ」

「ロア……? それって確かエルドが言ってた……お前がそうなのか?」


 意外なことに、ロディンはロアの名前を知っていた。そしてロアも、ロディンが口にした名前により、相手が何者かを悟り色々な意味で顔を顰めた。


「……そうも何も俺の名前はロアだ。他に同じ名前の奴がいても知らねえよ」

「いや、悪い。他意はないんだ。──ロアだな。おそらくこっちの知り合いがお前を知っている。都市へ戻ったらすぐに借りを返せそうだ」


 言いながら笑うロディンに、ロアは素っ気なく「そうか」と返した。ロアの予想が正しければ、彼らはレイアとカラナ、ついでにエルドが所属している、オルディンという男をリーダーとするグループに所属している筈である。そうでなかったとしても、ロアが好印象を持っているとは言い難い人物と交友があるのだ。これまでの態度に加え、彼らの交友関係を知り、最早これ以上顔を付き合わせていたい相手ではなくなった。

 最低限の礼儀として、最後に一言「じゃあな」とだけ告げて、足早にそこを立ち去った。


『まさかあいつと知り合いとはな。世の中は意外と狭いもんだ』

『同じ都市で生活を営めばそういうこともあるでしょう。それより相手がそうと知っていたら助けませんでしたか?』

『……意地の悪いことを言うなよ』


 相棒の発言に、ロアは思わず苦笑した。

 ペロの言葉には二つの意味が込められていた。相手の性格と素性である。それを正確に読み取ったロアは、少しもそういう思いを抱かなかったと言えば、嘘になると思った。比重としては前者が大きいが、二つが合わさった結果によりその思いは一層強くなった。人助けをしたというのに苦々しい思いを感じているのが、何よりの証拠と言えた。それはそれとして、ペロの言葉通り相手の性格や素性を知った上で、それでも助けることを決断したかどうかを考えた。

 出した答えは、『それでも助ける』だった。特別何かをされていない。悪意も害意も抱かれていない。そんな相手を理由をつけて見殺しにするのは、ロアにも心苦しかった。その場合助け方は選んだかもしれないが、助けないという選択肢はなかった。それに何より、相手を選んだ人助けなどしたくなかった。




 ロアが立ち去り、その姿が完全に見えなくなるのを確認した後で、その場に残されたうちの一人であるダーロが、大きく舌打ちをした。


「さっきのはどういうつもりだよロディン。どうしてあんな事を言った?」

「あんな事っていうのは、彼への報酬の話か?」

「それ以外にないだろ!」


 白々しく聞き返してくるロディンに、苛立ちを溜め込んでいたダーロは怒鳴るように言った。


「なに勝手に決めてんだよ。あいつとの交渉はもう済んだ後だったろ。なのにそれをひっくり返すよな真似をして、報酬を渡すような約束までしやがって。お前何考えてんだよ」

「何と聞かれても言った通りだ。助けられた恩を返すのは不思議じゃないだろ?」

「そういうことじゃねえって言ってんだよ……」


 自分の発言の意図は伝わっている筈なのに、善意を理由とした正論を返してくるロディンに対し、ダーロは不機嫌に顔を歪ませる。そして話の切り口を変えて責め立てた。


「だいたいなぁ、助けられる羽目になったのはお前がヘマこいたせいだろ。リーダーのくせに真っ先にやられやがって。お前がやられなきゃ、少なくとも余裕を持って逃げることくらいはできたんだぞ」

「ちょっと! それはいくらなんでも言いすぎだって! あれは私たちも悪いから!」


 ダーロの非難をサナが即座に言い咎める。実際問題リーダーであるロディンが撤退の判断を誤り、負傷したことで追い詰められたという事実はある。しかしそれはメンバーの意見を聞いた上での判断であり、責任の所在を語るなら全員にそれがあった。

 その事実を思い出したのと、ロディンへの非難に誰も迎合しないことで、ダーロはまた小さく舌打ちした。


「……だけど、そいつが判断を間違えたのは事実だろ。それで負傷したのもだ。それを助けられて礼がしたいって言うなら、それはお前一人でしろよ。俺たちを巻き込むんじゃねえ」


 その一線だけは決して譲らなかった。ダーロの中では、相手が見返りを拒否した時点で話は終わっていた。それをまた蒸し返して、更に自分の取り分を持っていくような真似は、チームのリーダーであるロディンにも許す気はなかった。

 ダーロの身勝手な言い分にも、ロディンは当然だという風に頷いた。


「ああ、もちろんそのつもりだ。お前の言う通り、俺がやられなきゃ払う必要のなかった礼だ。それに治療に対する借りは、俺一人が返すべきものだ。元からお前たちに負担させる気はない」


 リーダー然とした雰囲気で、ロディンはそう言い切った。

 言った通り、ロディンは元から他のメンバーに報酬の支払いを要求するつもりはなかった。というより、今回に関しては自分を死んだものとして考えていた。ロディンには負傷していた時、もう自分は助からないという自覚があった。負った傷は甚大であり、今いる場所は遺跡である。運良く生還できたとしても死ぬ可能性は高い。だからダーロの言った言葉も事実として捉えており、今回の責任の大部分は自分にあると認識していた。


「今回の俺の取り分と口座の金、それと装備を売れば謝礼には十分な額になる筈だ。だからお前たちがそれを気にする必要はない」

「……マジかよ」


 ロディンの決意した内容に、ダーロの口から驚きの言葉が漏れる。他のメンバーも声には出さなかったが、心境は全く同じであった。

 探索者のいるグループやチームにおいて、組織内での装備の貸し出しというのはよくあることだ。メンバーが上位の装備を手に入れたことで使わなくなった不用品や、組織としての資金を使い貸出目的で買い揃えたものを、所属するメンバーに貸し与える。これにより効率よく自組織の探索者を養成している。

 ロディンたちのグループでも同じことをしている。ただ各探索者チームのリーダーになれるのは、貸し出された装備の買い切りか、自分の所持金で一定ランク以上の装備を揃えた者だけである。そのためロディンが自らの装備を売るというのは、チームリーダーとしての地位を捨てるのと同義であった。


「わ、私も払うから! 貯金はあんまないけど……今回の成果は全部渡すから!」


 ロディンの決意に触発されて、元々礼をしたいと考えていたサラが追随した。


「いや、それは」

「ぼ、僕も払います……!」

「……リックまで」


 これまでずっと黙っていた少年リックも、自信なさげな口調に力を込めてそう言った。


「も、元はと言えば、ロディンさんが僕をかばった所為ですから……これくらいはさせてください」


 申し訳なさを感じさせる口調で、伏し目がちにリックは主張する。確かに彼のサポートに回った事がきっかけで、ロディンが負傷する要因を生み出すことにはなったが、リーダーとして未熟なメンバーに気を使うのは当然の話である。

 しかしロディンはその申し出を断らず、リックの気持ちを素直に受け取ることにした。


「ああ。ありがとうリック」

「は、はい……!」

「ちょっとー。ロディン、私にはー?」


 ロディンはサラにも礼を言うと、彼女は上機嫌に笑って「こちらこそー」と返した。


「あー、俺も今回の半分くらいなら払ってもいいかも……借金あるし」


 そこに、最後の一人であるマッシュも便乗する。

 成果の内の三割は所属するグループに納めなければならない。そのためこのチームでの成果分配の内訳は、リーダーのロディンが二割五分。新人のリックが五分。サラが一割。残りの三割を二人で分け合うという事になっている。つまりこれで、今回の成果の半分近い額がロアへの報酬として支払われることになった。


「チッ、俺は一ローグだって払わねえからな!」


 綺麗事を平気で口にして実行しようする四人に、忌々しい思いを抱きながらダーロは舌打ちして叫んだ。そんなダーロに、他の四人から呆れや嫌悪といった視線が向けられる。

 チームとしての信頼関係に若干のヒビが入ったが、それでも五人は利益という共通の目的のため、協力してモンスターの残骸を前線基地へと運ぶのだった。

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