陸に上がりたい人魚は捕食者を求める

くろぬか

第1話 私を食べて?


 一つ、話をしよう。

 暑い日が続く今、プールだ海だと行きたくなるくらいだね。

 私はあまり賑やかな所に行かないんだが、全身水に浸かりたくなる程の熱気が続いているのは確か。

 夏と言えば海、海と言えば水着の美女! なんて所ではあるが、様々な海に纏わる危ない話があるのをご存じかな?

 勿論鮫やらクラゲやら、色々と普通に危ないモノは存在するが。

 今からお話するのはまた違った“類”だ。

 幽霊、妖怪。

 色々あるね、海の話なんて数えきれない程ある。

 しかし誰しも知っていて、尚且つ“怪異”と見られていない存在をご存じだろうか?

 語られるお話は美談であったり、ラブストーリーだったりと案外悪いイメージが無いお話。

 だが間違いなく存在し、“害”を与えて来る怪異。

 怪異とは、語り継がれる程“生まれる”のだと知っているだろうか?

 ある日突然湧いて出た様なネットの怖い話、TV番組の作り話。

 そんなモノからでも、“発生”するのだ。

 元々の確たる存在が居なくとも、人々が周知する事で“もしかしたら”という想いが集まり、実際にその怪異が現れる。

 本来は居なかった筈の存在、空想上のお伽噺だった筈の彼等は。

 ある日突然、牙を向いて来るのだ。

 ソレを作ったのは“自身の想像”だと気付けるのは、恐らく最初に語った人間だけだろうね。

 他の人間からすれば“やはり実在したのか”となり、新たな噂を生む。

 そうする事で怪異は増え、より確かなモノとなってゆく。

 要は噂が独り歩きしてしまう訳だ。

 あぁすまない、話が逸れてしまったね。

 私が話すのは“人魚”のお話だ。

 マーメイド、子供にも人気の物語。

 その姿を想像しようとすれば、きっと誰もが美しく幻想的な女性の姿を思い描くと予想出来る。

 だが“もし”、ソレが歪な形をしていたら?

 “もしも”見るに堪えない醜悪な姿で襲ってきたら?

 そんな体験をした上で、貴方は“人魚”を美しく想像できるだろうか?

 人魚の肉を喰らえば、不老不死になれるなんて話もあるくらいだ。

 本当に美しい女性の姿だった場合、何故人は“食べよう”と思ったんでしょうね?

 これは、そういうお話です。


 ――――


 大学最後の夏休みという事もあり、皆で海に行く予定を立てた。

 これだけ言えば夏と大学生活を満喫している様にも思えるだろうが、実の所そうではない。

 俺は“足”として呼ばれただけ。

 レンタカーを借り、行きも帰りも運転手は俺のみ。

 思わずため息を溢してしまいたくなるような状況の中、ルームミラーを覗けば皆楽しそうに笑っている。

 男女問わず酒を呷り、借り物車だからなのかボロボロとお菓子を溢しながら旅行を楽しんでいる様子だった。

 あまり汚すと、清掃代が取られそうだ……返す前には、一人でも掃除をしようと心に決めて視線を戻すと。


 「ごめんね、任せっぱなしで。私も代われれば良かったんだけど、免許持ってなくて……」


 助手席に座る女の子だけは、申し訳なさそうに言葉を紡いでくれた。

 正直、その気持ちだけでもありがたい。

 こっちとしても救われる想いなのだが。


 「えっと、ずっと助手席に居てもつまらないでしょ? 俺、話すの苦手だし。次止まった時にでも後ろに行く? なんというかその……盛り上がってるみたいだし」


 「ううん、大丈夫。私はその、人数合わせと言うか。そう言うのだから、後ろに行っても気まずいだけだよ」


 そんな風に会話しながら、彼女は微笑みを見せてくれた。

 後ろに乗っている様な派手な女の子って訳じゃなくて、こう言ってはアレかも知れないけど“地味”な部類に入る子だと思う。

 しかしながら、俺としてはそっちの方がありがたい。

 なので、ポツリポツリと会話をしながら現地まで向かったのだが。

 その後、事件が起きた。

 海に行ったのだ、当然皆水着になる。

 俺の隣に座っていた地味なあの子も、当たり前だが水着になる訳だ。

 ダボッとした服を着ていたのであまり意識していなかったのだが……結論から言おう、スタイルが凄まじかった。


 「ねぇねぇ、車の中じゃあまり話せなかったけどさ。せっかく海に来たんだし――」


 「もっと色々聞きたいな、どう? 俺等と一緒に――」


 車内でずっと他の女の子を口説いていた二人が、海に着いた途端彼女を口説き始めてしまった。

 ソレを止められる度胸も無く、ボケッと眺めていれば。

 困り顔を浮かべながらも、最終的には笑って二人と去っていく彼女を見送った所までは良かったのだが。


 「ねぇ、あり得ないんですけど」


 「海に来て放置とかどういう事? ナンパ待ちでもしろっていうの? 普通に嫌なんですけど」


 残るお二方から、物凄く責められてしまった。

 楽しそうにアイツ等と話してたじゃん! 自分達でどうにかしてくれよ!

 とは思うモノの、遠征して放置されるというのは俺も同じ気持ちな訳で。


 「あぁ~えっと、男避けになれるくらいには頑張るんで、お二人とも海で遊びます? 全然俺に気とか使わなくて良いんで、迷惑じゃなければ近くで滞在してますから」


 自分でもどうかと思う様な提案をしてみれば、二人は意外にもすぐさまOKを出してくれた。

 男友達と海に遊びに来るというイベントを楽しみにしていただけであって、男女のどうこうを期待していた訳ではないらしい。

 なので、俺と女性二人で遊び始めてみれば。


 「あれ?」


 浅い浜辺で水を掛け合ったり、ちょっと泳いだりして遊んでいる時だった思う。

 俺は遠慮がちに、二人から少しだけ距離を置いていたので気付けたのだろう。


 「どした?」


 ポツリと呟いた台詞は二人の耳にも届いたらしく、両者は不思議そうにこちらを眺めている。

 おかしいな、俺の目が変なのか?

 片方の女性の足元に何か居る気がするのだ。

 水面は波に揺られ、ゆらゆらと揺れる視界の中。

 彼女の足に、黒い……なんだろう? 布切れの様なモノが纏わりついている様に見える。


 「あの、急にごめんなさい。一度こっちに来てもらっても良いですか?」


 何となく不安を感じて、二人を呼び戻してみれば。


 「なんかあったの?」


 「すっげぇ尻見てるけど、何? どしたの?」


 変な誤解を受けてしまったが、戻って来た二人には一度浜辺まで上がって貰い……失礼ながらジロジロと眺めさせていただいた。

 結果、コレと言って黒い何かは絡みついたりはしていなかった。

 しかし。


 「えっと、物凄く不躾な事言う様で申し訳ありません。この赤いの、どうしました? 太ももの上あたり、何か記憶あります?」


 丁度そこは、先程黒い何かが巻き付いていた辺り。

 だからこそ余計に心配になってしまった。

 なんたって、ちょっと普通ではない跡が残っていたのだ。


 「え、なにこれ? 気持ち悪っ!」


 「こんなの海に入る前は無かったよね? クラゲにでも刺された? もしくはアレルギー?」


 そこには、くっきりと“何かに巻き付かれた”様な跡が残っており、ココまで跡が残る程なら気付かない筈はないと思うのだが……二人は、特に記憶にないと言う。

 先程の黒い何かの話をしようかとも思ったのだが、今の空気を更に悪くしそうなので口を噤んでおいた。

 実際、太ももに赤く跡が付いた方の女性は「あぁもう、最悪。なんなの」とか言いながら非常に不機嫌な様子だし。

 とはいえこれで終われば良かったのだが、悪い事とは続くモノで。


 「ちょっと何それ!」


 もう片方の女性が、急に悲鳴の様な声を上げた。

 事態が把握出来ず首を傾げていれば、彼女は赤い痕が残った女性の背中を指差している。

 そして。


 「ちょっ、え!? 何々!? コレ何!? 何かくっ付いてるんだけど!」


 言われてから気が付いたのか、彼女は背中に手を回しながらバタバタと暴れはじめた。

 そして、此方に背中を向けてみせれば。


 「お願い取って! 何かくっ付いている!」


 叫びたくなるのも分かる。

 なんたって彼女の水着には、“束”と言える程の長い髪の毛が絡みついていたのだから。

 数本の髪の毛を水着に挟んだとか、自分の髪の毛が挟まったというのならまだ理解出来る。

 しかしながら、茶髪の彼女の背中には“真っ黒”の髪の毛が、“意図的に絡めた”としか言えない程絡みついていた。

 今思えばこの時点で他の連中を探し、帰り支度を始めた方が良かったのかもしれない。


 ――――


 日は沈み始め、昼間の事もあり車内にはあまり良くない空気が漂っていた。

 だというのに男友達二人と、助手席に座っていた彼女だけが戻ってこない。

 そろそろ帰らないと、本当にホテルでも取らなければいけない時間になってしまうのだが……なんて、思っていれば。


 「あのさ、連絡も取れないし……いい加減探しに行った方が良いじゃね?」


 「これでその辺りで盛ってた、とか言ったらマジでコロスけどねアイツ等……」


 苛立った様子の二人の御言葉を聞きながら、アハハッと乾いた笑い声を洩らしてからスマホを覗き込む。

 二人の言う通り、連絡はなし。

 此方から連絡しても、反応なし。

 これ、本当にどうすれば良いんだよ……なんて、思わずハンドルに額を乗せていると。


 『別れた先の、尖った岩場』


 ポンッという間抜けな音と共に、そんなメッセージが送られて来た。

 送り主は、男友達の一人。

 だからこそ、何を言っているんだ? と首を傾げてしまった訳だが。


 「そこに居るって事なんじゃないの?」


 後ろから覗き込んで来た一人に、そんな声を掛けられてしまった。

 思わずスマホの画面を隠そうとしたが、今更か……と思い直してそのまま返事を返す。


 『そろそろ帰るよ。早く戻って来て』


 『別れた先、尖った岩場。そこで待ってる』


 返事を返せば、すぐさま相手からもメッセージが届いた。

 これはつまり、迎えに来いって事?


 「えっと、もしかしたら、怪我して動けないとか……」


 「いや、無いでしょ。こんな人の多い観光地で遭難まがいとか、完全馬鹿じゃん」


 「というか、速攻返事が返って来る辺り君も誘われてるんじゃない? 皆で盛ろうぜぇみたいな」


 二人からえらく冷たい眼差しを向けられ、乾いた笑いを溢す他なかった。

 結局、待っていても仕方ないという結果になり迎えに行くことに。

 本当、何やってんだアイツ等。

 そこまで仲が良い訳ではないから、心配とかはあまりしていなかったが。

 それでも、何となく嫌な雰囲気はこの辺りから漂っていたのだ。


 ――――


 その岩場にたどり着いた時、嫌な予想は現実に変わった。

 岩場の奥、まるで湧き水の様に海水が流れ込んでいる場所に。

 男友達二人は倒れていた。

 間抜けに海パンを下ろした状態で、世間にはとてもお見せできる状況じゃなかったが。

 そして更にもっと奥。

 良く分からない社があったのだ。

 そこに寄りかかる様に、助手席に座っていた女の子がぼうっとした瞳を彼方に向けていた。

 膝くらいまで、海水に浸かりながら。


 「あの、さ。そろそろ帰らない?」


 どう考えても、今発するべき言葉ではない事は分かったが。

 しかしそれ以外の言葉が浮かばなかった。

 すると彼女はゆっくりとコチラに視線を向けてから、ニコリと口を歪める程微笑んで見せた。

 それはもう嬉しそうに。


 「私を食べて?」


 確かに、そう言い放ったのだ。

 訳が分からず固まっていれば、彼女は社を離れ俺の体に絡み付いて来る。

 後ろに居た女性二人なんか、訳も分からず悲鳴を上げた。

 そんな状況だと言うのに、彼女は。


 「食べて、引き継いで? それとも、食べる気にならない? だったらもっと綺麗になるから。美しい女を食べて、もっと綺麗になるから。だから、食べて? 私の肉を、血を。貴方の糧にして?」


 彼女の“食べて”という言葉。

 それが直接的な、物理的な意味だと理解した瞬間。

 ゾッと背筋が冷えたのを感じた。

 更には。


 「アレ! アレ何!? 奥に変なのが居る!」


 一人が叫び声を上げ、思わず視線を向けてみると。

 社の向こう。

 水面から顔を出した岩場に、“ソレ”は座っていた。

 長い黒髪、魚の様な半身。

 それだけなら、まごう事無き“人魚”と言えるその姿。

 だというのに。


 『私ヲ、食ベテ? ソレデ、繋ガルカラ』


 彼女は、醜かった。

 人としての容姿がではなく、生物として。

 腐り果てたような、どす黒い素肌。

 水死体の様な、膨れ上がった体。

 そして何より、眼球が無くなってポッカリ開いた暗闇が、此方をジッと見つめているのだ。


 「逃げるぞ!」


 それだけ叫んで、俺は男友達二人を担いでその場を走り出した。

 助手席に座っていた子は女の子二人に担がれた状態で運ばれ、皆してバタバタと車に引き返した。

 火事場の馬鹿力ってヤツだろう。

 普段なら、こんな事出来る気がしない。

 でも、そのまま車を走らせ海から離れようとアクセルを踏み込んでいる時だった。


 『私ハ、“足”ヲ手ニ入レタワ』


 そんな言葉が、車内に鳴り響くのであった。

 この時は訳が分からなかった。

 でも、その数か月後意味を理解する事になったのだ。

 俺と一緒に遊んでいてた、足に黒い物が巻き付いていた女性は事故で足を失ったと聞いた。

 そして助手席に座ってた女性は、どうやらあの日の出来事で身籠ってしまったらしい。

 それだけなら、まだ普通の話だったのだが。


 「やっと、陸に上がれるね。今度は“足”があるからね」


 彼女は大きくなったお腹を撫でながら、毎日そんな事を呟いているらしい。

 俺達は、海から一体何を連れ帰ってしまったのだろうか?


 ――――


 いかがだったでしょう?

 中途半端? でしょうね。

 ソレが怪異のお話というモノです。

 彼女は一体何に憑りつかれ、何を連れ帰ってしまったのでしょう?

 その結果がどうなるか、それは未だ語られていません。

 訳の分からない話、オチの無い話。

 そんなモノはそこら中に転がっています。

 しかしながら、“そう言う類”の方がもしかしたら怖いのかもしれませんよ?

 なんたって、解決していないお話なのですから。

 まだその物語は続いていて、ふとした瞬間アナタの身の回りに訪れるかもしれない。

 関係のない話、“盛った”話。

 そう考えるのは自由です。

 だが、事実経験した人間は“どう語れば良いのか”分からないという方も多い様ですから。

 中途半端に語られる怪異、それを聞いた人間が続きを想像する。

 そう言ったモノが世間に広がれば、先に言った通り“新しい怪異”が生れる可能性がある。

 足を失った女性は、事故だったのか必然だったのか。

 “人魚”に魅入られた女性はその後どうなったのか。

 その状態で性交してしまった男性達はどうなったのか。

 更には、一体何が“生れるのか”。

 これもまた世界の生み出した“怪異”であり、語り継がれる内容の一つなのかもしれない。

 そもそも人魚の肉を喰らうと“不死”になるという話は何処から来たんですかね?

 もしかしたら、人魚が“不死”になる為に他人を食らっていた。

 なんて話が原因なのかもしれません。

 実際に、あるんですよ?

 夜な夜な、人魚が若い女性を攫ってその肉を喰らうと言うお話は。

 まぁこれも、人伝に聞いた“与太話”に過ぎませんが。

 だからこそ、お気をつけ下さいませ。

 女なら、“食われぬ様に”。

 男なら、“招かれぬ様に”。

 海というのは、色々と怖い噂が蔓延っていますから。

 “人魚姫”は泡となって消えましたが。

 もしも消えずに現世に残った場合、一体どうなっているのでしょうね?

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